第113話 ハクレイ裁判第二回公判:粛清

 政治の中枢を担う月暈院つきがさいんの議員らは、その多くが世襲制で引き継いできたような者らであり、父や祖父、曾祖父から続く特権を傘に、志を高く持つ議員は皆無であった。何よりも面倒ごとを嫌い、国民の幸せを第一に願う宰相の政治活動を、忌々しく見る議員らが大半であった。それでもただ一人、ハクレイの十歳年上のシュレムは違った。

「——私は君を評価するよ、ハクレイ宰相」

 地方担当大臣として、僻地視察を重視するシュレムが、その問題点をハクレイと話し合う場にて、そう発言した。

「ありがとうございます、シュレム大臣」

 淡々と話すハクレイの横顔をじっと見つめ、シュレムは白色のガウンに触れた。その瞬間、びくっと体が跳ねたハクレイに、「っふ」とシュレムが嘲笑を浮かべる。

「なにをそんなに怯えることがあるのだ、ハクレイ宰相」

 ぐっと喉の奥を鳴らし、沈黙するハクレイに、「本当に白が似合うな、お前は」と、ねぶるように、その耳元で囁く。

「やめっ……」

 席を立ったハクレイの肩に手を乗せ、更にシュレムは続けた。

「……男娼だったお前が、まさか宰相にまで登り詰めるとは驚きだよ。だが、体が疼くときは、いつでも言いたまえ。私はお前のことは、誰よりも知っているからな」

 ハクレイの忌まわしい過去を知っているシュレムは、いつでもその地位を陥落させる術を握っていた。それに耐えがたい屈辱を募らせていくハクレイ。志高く、希望を胸に、誰に対しても誠実でありたいと願うも、次第にそれだけでは生き残れないことに気が付いていた——。

 

 親友のドベルトの前で、ハクレイが、その苦しい想いを吐露した。

「……もっと非道にならなければ、理想を叶えることなど、出来やしないんだ」

「ハクレイ……? お前さん、何を言って……」

 じっと前を見据えるハクレイに、科学実験棟で研究に勤しんでいたドベルトが、顕微鏡から目を離し、思い詰める親友を見上げた。

「何かあったのか?」

「いや……。でも、僕の敵は、今も昔も月暈院の議員達なんだ。あいつらの中に、キーレ国王を暗殺した奴がいる。そして、今も僕の理想を邪魔する奴らが、多く息をひそめているんだ」

「だが、俺の銃の専買権を持つお前さんが本気を出せば、アイツらクズどもを一掃することなんて容易いだろう? そろそろ、あぶり出すか?」

「ああ。僕は、シュレムが怪しいと思っている。あいつは地方担当大臣という立場を利用し、僻地に住まう人々の前じゃ、善人面でカミサマ扱いされている。裏じゃ、あくどいことに手を染めているくせに、そのしっぽがなかなか掴めないんだ」

「シュレムね。確かに他の議員らが腐りきっているせいで、さも国民のために働いていますオーラを出すアイツは、少しはマシに見えるからな。国民からの支持も高いし、理想と言う名のもとに、金でアサシンを雇うくらい、朝飯前だろうからな」

「黒幕は絶対にシュレムだ。あいつを抹殺しなければ、僕の理想も叶わない」

 只ならぬ情念で、シュレムを失脚させたいハクレイの真意を、ドベルトは分かっていた。

「……あんまり踏み込み過ぎんなよ。過去がどうあれ、今のお前が素晴らしい人間であることに変わりないんだからな。みんな宰相のお前を支持しているんだ。お前の白に、みんなが希望を見出している」

 ドベルトが、ハクレイが羽織る白色のガウンに触れた。

「俺だって、お前と同じ理想を掲げているんだ。みんなが幸せになる世界を作るために、俺もお前もここにいるんだろ?」

「ドベルト……」

「だから二人で……キーレ国王を殺した奴を、ハチの巣にしてやろうぜ」

 ハクレイ同様、ドベルトも並々ならぬ執念を持って、キーレ前国王暗殺の首謀者のあぶり出しに着手した。


 シュレム以外にも、怪しい議員らは多くいた。その一人一人を追い詰め、尋問していくことは途方もなく、一気に片を付けるために、汚職にまみれた腐りきった議員らを、粛清しゅくせいという名のもとに、追放または処刑していくことにした。

「——君は法外な利息で貸し付けた金の回収のために、債務者である友人に保険をかけさせ、自殺に追い込んだ。月暈院の議員としてあるまじき犯罪行為だ。よって、本日正午をもって、死刑とする」

「なっ……! 待ってください! わたしは——」

「証拠ならいくつもある。弁明があれば、残り僅かな時間を、地下牢獄にて喚けばいい」

 その多くの証拠は、ドベルトが独自のルートで集めたものだ。

「そんなっ……! わたしは月暈院の議員ですよ! 裁判もなく即日死刑だなんて、そんな横暴は認められないっ……!」

「バルサム国王は、僕にすべてを委ねると仰った。死刑を承認し、国王信認の下、刑を執行する権利のすべてを、僕が担っている。だから、裁判も審議もなく、僕は君を処刑出来るんだよ」

「なっ……! そんなのお前の独裁じゃないか! 宰相は独裁者じゃないぞ!」

「そうだ。宰相は独裁者じゃない。だが、お前達月暈院の議員が、キーレ前国王を暗殺さえしなければ、僕がすべてを担う必要などなかったんだ。すべては、お前達が蒔いた種のせいさ」

「わたしはキーレ前国王を暗殺などしていない! わたしは——」

「犯罪者に聞く耳など持つものか。さっさと地下牢獄へ連れて行け」

 衛兵に命じ、議員が地下牢獄へと連行されていく。銃殺されるまで、ずっと喚き散らしていた。 


「——君は、国民の税金を管理する立場でありながら、今まで着服、横領を繰り返してきた。とても許される行為じゃない。よって、即日死刑」

「おれは税金の着服なんかしちゃいない!」

「うるさいよ。証拠はある。君に弁明の余地はない」

 そうして堂々巡りの末、「——おれはキーレ前国王を暗殺なんかしちゃいない!」で、処刑されていく。


「——死刑、君も死刑、まともな議員が誰もいない。誰も彼もが汚職にまみれた、腐った政治家ばかりっ……。君も死刑、死刑、死刑——」

 結局、どの議員も犯罪に手を染め、追放となるものは皆無。罪に問われた全員が処刑されていった。

 宰相として、非道と無常を貫き、多くの議員らが粛清されていった。残るは、大物議員——シュレムのみ。一筋縄ではいかないことが分かっていたハクレイは、彼に近しい議員——ユージンから徐々に攻めていった。尋問室で二人きり、ハクレイの追及が始まった。

「——さて、ユージン議員。君には、キーレ前国王の暗殺容疑が掛けられている」

「なっ……! 俺はキーレ前国王の暗殺になど関わっちゃいない!」

 想定内の反応を見せたユージンに、ハクレイがほくそ笑む。

「そうかい? ならば、君が知っていることを正直に話してくれたのなら、君への容疑は晴れるだろう。君はシュレム同様、月暈院の議員の中では、古参メンバーだ。三年前、スラム街の視察中に、銃でキーレ国王を暗殺した者の名を、今ここで吐くんだ」

「俺は何も知らない! 本気で月暈院の議員の中に、キーレ前国王を暗殺した犯人がいると思っているのか! ここ最近の粛清は、理由をつけて怪しい議員らを悉く処刑するためのパフォーマンスに過ぎないだろう! そんなことをして、国民がお前についてくると思っているのか!」

「うるさいよ、ユージン。お前はシュレムの罪を吐けばいい。あいつこそ、諸悪の根源だろう?」

「シュレムは現実に沿った信念を持つ男だ! 理想ばかり掲げるお前とは違う!」 

「汚職にまみれ、背任行為を隠ぺいする奴のどこに信念がある? お前たち月暈院は、キーレ国王の理想を阻んだ。専制君主制に戻すことを恐れたお前たち月暈院が、キーレ国王を殺したんだろう!」

「キーレ前国王は、元は暴君として名高かったお方! そんな国王に恨みを抱いていた者など、数えきれないだろう! スラム街で暗殺されたということは、その地に追いやられた者らの仕業と考えるのが普通だ! なのにお前が宰相となり、スラム街でのキーレ前国王暗殺の首謀者の捜査をストップさせたのだろう! スラム街の出身であるお前こそ、仲間を庇って、月暈院に罪をなしつけようとしているのではないか?」

「スラム街出身者に、キーレ前国王暗殺の首謀者などいない。何故なら、犯行に使われた銃は、キーレ前国王の意向により、すべてを国王が買い取ることとなっていた。だから、銃での暗殺が出来るのは、王宮に住まう者たち。その中で月暈院は、王族の予算案の中に、銃の大量購入費を見つけることができる。専制君主制となり、武力を高めたキーレ前国王を恐れたお前たちほど、暗殺の動機に相応しい者たちはいない」

 弁を振るうハクレイに、ユージンは頭を抱えた。

「……俺は本当に何も知らない。シュレムの罪も知らない」

「虚偽の発言は、君を窮地に追いやるだけだよ、ユージン」

「シュレムは俺の親友だ。若い頃から互いに切磋琢磨してきた仲だ」

 ユージンが、ハクレイをじっと見つめる。

「俺が口を割れば、シュレムを粛清出来ると考えているんだろうが、それは有り得ない」

「なに……?」

 動揺を見せるハクレイに、ユージンが、ふっと笑う。

「お前は、シュレムと言う男の恐ろしさを、分かっていないんだよ、ハクレイ」


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