第112話 ハクレイ裁判第二回公判:ロゼッタとの日々

 ハクレイ裁判、第二回公判——。

 検事がハクレイの次なる罪を暴く。特別傍聴席から、朱鷺ときが、じっとハクレイを見つめる。今日もセライの姿はなく、水影みなかげ安孫あそんの二人も、その気持ちに寄り添った。原告側で、衛士えじ大臣、シュレムが意見陳述に立った。

「——宰相になったハクレイは、ことごとく政敵を粛清しゅくせいしていきました。ある時は罪をでっちあげ、またある時は、自分の罪を月暈院つきがさいんの議員らに、なすりつけたのです」

 シュレムの告発に、傍聴席からハクレイに向けて、やじが飛ばされた。

「そうだ! こいつのせいで、おれの息子は無実の罪で殺されたんだ!」

「大罪人、ハクレイに極刑を! 死刑にしろ!」

「——静粛に!」

 裁判長から制止され、傍聴席から、ぐっと堪える声が漏れた。

「被告人ハクレイは、弁明があれば、今この場での発言を許可します。あなたはこの国の宰相だった人物。事実上、弾劾となる今回の裁判では、あなたに弁護人はつきません。よって、弁明があれば、今この場で言わなければ、今後の判決で不利になるのは、あなたです」

 裁判長の重たい言葉にも、ハクレイは沈黙したままでいる。目を瞑り、その意識は、過去へと遡った——。


 十八歳となったハクレイは、月暈院での宰相の地位を確立させ、その政治手腕をいかんなく発揮していた。対外的にはバルサム国王の信認厚く、国の要職を務めるハクレイであったが、実際は、政治に興味がない国王がすべてを放棄し、すべての責任をハクレイに押し付けているに過ぎなかった。それでもハクレイは、キーレ前国王に託された希望を胸に、国民全員の幸せのため、日夜仕事に励んだ。それでも、ふとした時に、虚しさや寂しさが込み上がってくる。そういう時は決まって、専属メイドのロゼッタに甘えるのであった。

「——ああ~、ロゼッタ~。今日も疲れたよ~」

 仕事を終えたロゼッタに抱き着き、これでもかと言わんばかりに、後ろから、ぎゅうっと抱き着く。

「うふふ。ハクレイ様は今日も良くがんばりましたね。えらいえらい」

 メイドという立場であっても、二人の時は、思いっきりハクレイを甘えさせてあげよう、そういう気持ちで、ロゼッタは若き宰相——ハクレイと接した。その真が分かるからこそ、ハクレイも、ロゼッタに素の自分を見せることが出来たのである。

「ねえ、ロゼッタ。僕達、あれから何度もデートを重ねてきただろう? そろそろ……」

 そこまで言って、ハクレイが急に口ごもった。言葉に出来ない願望を、ぎゅうっと抱きしめることで、愛するロゼッタに伝える。

「ハクレイさま……。はい。ロゼッタは、ハクレイ様のものです。ハクレイ様の、お好きなように」

「本当かい? じゃ、じゃあ……」

 赤面するハクレイが、そっとロゼッタをベッドに誘う。ベッドの中でもその体を抱き締め、「ふふふ。幸せだな~」と、笑った。

「あの……ハクレイさま?」

「ずっと、ずっと夢だったんだ。大好きな人と一緒に眠ることが」

「そう、ですか……」

 思っていた展開とは違ったことに、ロゼッタは急に恥ずかしくなった。ブランケットを顔までかぶり、紅潮する頬を隠した。

「どうしたの、ロゼッタ! 熱でもあるのかい?」

 ばっと上体を起こしたハクレイが、ロゼッタの額に手を乗せた。

「うーん、熱はないみたいだけど……」

「ハクレイさまは純粋なお方です。それなのにロゼッタは……」

 しゅんと落ち込むロゼッタに、「ど、どうしたの、急に? ロゼッタ……?」とハクレイが、その顔をまじまじと見つめる。

「ま、まさか……! そ、そうだよね、普通はそういうことするって、思うよねっ……」

 ロゼッタの真意に気づいたハクレイも、ぼっと頬を赤く染めた。

「で、でもね、そういうことは、ちゃんと結婚が決まってからというか、本当に僕で良いのか、君の気持ちが固まってからというかっ……」

 あたふたするハクレイに、ロゼッタが、ぎゅっと抱き着いた。

「ロ、ロゼッタ……!」

「……ロゼッタは、ハクレイさまが大好きです。ハクレイさまのお傍に、ずっとずっといたいです」

「ロゼッタ……」

 胸の中の愛しい存在に、ハクレイもその体を抱き締める。

「僕も君が大好きだよ。これから先も僕が君を守ってみせる。君と幸せになるんだ。だから、僕のお嫁さんになってください」

「ハ、ハクレイさまっ……! はい! よろこんでっ……」

 顔を上げたロゼッタの前で、ぐうっと寝息を掻くハクレイ。

「あ、あれ? ハクレイさま……?」

 日頃の激務が重なり、更にはロゼッタの温もりも相まったことで、あろうことかハクレイは寝落ちした。それからも同じやりとりが何度も繰り返され、ハクレイとロゼッタがその後も結ばれることはなかった。正直、ハクレイ自身、ロゼッタと深い関係になることを心の底から望んでいたが、ここまで登り詰めるまでに、幾度となく体を穢してきた分、純粋無垢なロゼッタを抱くことで、彼女すらも穢すのではないかと恐れた結果であった。



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