第110話 帝と四人の瑞獣

 正式に時宮ときのみやが帝に即位し、自らを朱鷺ときと名乗るようになった。鷲尾わしお院及び烏丸衆からすましゅう一派は隠岐おきへと流罪となり、道久が監視役を名乗りでるも、「主上はまだお若い。御前おまえが太政大臣として、主上がまつりごとをお助けせよ」という晴政の申し出により、二人はたもとを分かつこととなった。隠岐にて鷲尾院と鳥籠に入った晴政であったが、幽閉から半年経たずして、病にて亡くなった。

「——大事ないか、水影みなかげ

 父の最期に立ち会えなかった水影に、朱鷺の案ずる瞳が向けられる。

「何となしにございまする」

 気丈に振る舞う水影だったが、その瞳の奥には、悲しみが浮かんでいた。

 

 己が世となり、朱鷺は民の暮らしを何よりも重視した。都の視察で、橋が必要な場所を見つけると、即座に道久に命じた。

「ここに橋を掛けよ。三日でな」

「は? 三日?」

 また、都の浮浪児らを集め、庇護する施設の建設にあたっては、

「ここに養護院を建てよ。明日までにな」

「は? 明日?」

 あまりの無理難題に、道久は、ぐっと苛立ちを押さえ、自室にて国の財政書類を見ながら、項垂れる。人件費、建設費、材料費、建設許可費……云云うんぬんが道久の肩に重く圧し掛かった。

「あーもう、ちゃんと財務諸表見て~。民の血税を何だと思うとるん? ほんまかなわんわ~」

 晴政を失った今、道久は無茶を通そうとする帝のストレスに耐え兼ね、太政大臣とは思えぬ言葉遣いで、どうにか正気を保った。

 

 その後、朱鷺は、愛した女人らが悉く処刑された過去を引きずり、鷲尾院存命時においては、女人を愛することにトラウマを抱いた。元々女好きでもあったことから、この国で酒池肉林に興ずることが出来ないと悟った朱鷺は、羽衣伝説が描かれた巻物の天女を欲するがあまり、かつて親交があったとされる月に昇ることを望んだ。それにも莫大な費用が掛かることを道久は説明したが、聞き入れない朱鷺に苛立ち、思わず側近の公卿らに愚痴をこぼした。

「——今代の主上は融通が利かぬのう。何とも目障りなことじゃ」

 それを安孫が影から聞いていたとは露にも思わず、朱鷺による月との交換視察の話が進められていった。

 水影から瑞獣ずいじゅうの話を聞いた朱鷺は、それになぞらえ、各々に命じた。

「——水影、そなたを優れた知恵にて主を導く“鳳凰”とする」

「御意。身命を賭して、鳳凰が務めに邁進致しまする」

「安孫、そなたは、主を守護する“九尾の狐”ぞ。されど、徳なき主には牙をむくともされておる。俺に徳なきと判断した折は、容赦なくその牙をむけ」

「ぎょ、ぎょい……! されど、主上に徳なきとは思えませぬが」

「なに。俺も一人の人間。いつ心が蝕まれるとも分からぬでな。頼むぞ、水影、安孫!」

「御意」

 二人が主に向かい、平伏した。その後、都にて麒麟きりんを拾い上げ、己が影とした。さらには天才陰陽師——不動院満仲を霊亀れいきとし、帝と四人の瑞獣が揃うこととなった。

 宮中を、帝と四人の瑞獣が騒がしく歩いていく。朱鷺を筆頭に水影が続き、その後ろを安孫と麒麟、満仲が横並びに続く。

「——主上! 瑞獣が中で、わたくしめが一等可愛らしゅうございましょ!」

 一際騒々しい満仲が、朱鷺に同意を求める。

「そうさなぁ。我が瑞獣は、賢明で、勇猛で、聡明で、愛らしいのう」

 その言葉が瑞獣になった順番であると確信した満仲が、水影、安孫、麒麟と指さし、

「となると、わしが一等愛らしい、そういうことじゃな! ははははは!」

 自信家の満仲が、満足いく回答に上機嫌となった。

「貴殿のどこが愛らしいのか? 聡明と愛らしいは、どう考えても、麒麟がことにございましょう?」

「なっ、三条のは黙っておれ! 主上がわしを評価せぬはずがなかろう! のう、安孫のすけ!」

「うむむ。まんちゅうが愛らしい……?」

御前おまえまで何を申すか! わしこそ一等愛らしかろう! のう麒麟」

「うーん……霊亀様はどちらかと言うと、いやらしい、ですかね?」

「ぶふっ」

 水影と安孫が抑えきれず、吹いた。

「ななっ! 麒麟までわしを馬鹿にするか! わーん、しゅじょー、こやつらがわしをいじめまする~!」

「ははは、満仲。そなたはちと黙れ」

「わーん! 主上までー!」

 騒々しい五人組に、道久が顔を出す。どうにか財政をやりくりする道久が、やれやれと吐息を漏らす。

「主上が正しいかは分からぬが、息子らが付きしたごうておるのじゃ。此度こたびこそ、安穏が世となろう。……御前もそう思うじゃろう? 晴政」

 亡き盟友、晴政を想う道久が、笑い声の絶えない若者らに、安穏たる未来を託した。


「——とまぁ、これが俺の昔語りぞ」

 薄暗い過去すべてを話した朱鷺に、ルーアンの怒りのパンチが飛ぶ。

朔良さくら式部って誰よ!」

「いやはやごもっとも!」

 左頬を殴られた朱鷺が、過去の朔良式部との恋愛話を掘り返したことを悔いた。薄暗い過去に、朱鷺が目を伏せる。項垂れる朱鷺を抱き締めたルーアンが、「……ちょっと妬いちゃったじゃないのよ」と、気恥ずかしそうに本音を告げた。

天女中てんじょちゅう……!」

 顔を上げた朱鷺の目に、優しく笑うルーアンが映る。

「つらい過去を教えてくれてありがとう。アンタと出逢えて、私は幸せよ」

 その言葉に、朱鷺は曇天どんてん模様だった心が、晴れていくような気がした。朱鷺もまた安らかに笑い、立ち上がった。ルーアンを抱き締め、心のままに話す。

「過去の哀しみがあるからこそ、今が愛おしいのよ。何を恐れることがあろうか。当たり前の日常を、取り戻さねばな」

 じっと先を見据える朱鷺。愛おしい者らがずっと幸せであるために、朱鷺は自分が帝であることを、再認識した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る