第101話 スザリノのケーキ(炭)
王族特務課に向かった
「……分かりました。では、いつでも地球に帰れるように手配しておきます」
「父君の
「気を遣わせてすみません。ですが、あの男にどのような判決が下ろうとも、わたくしには関係ありませんよ」
気丈に振る舞うセライに、水影が言葉を紡ごうとした、その時——。
「あら、水影殿もいらしたのですね」と、背後からスザリノの声が上がった。
「おや、スザリノ王女殿下。ご機嫌麗しゅう」
紳士的に挨拶した水影に、「ちょうど良かったですわ」とスザリノが微笑む。
「どうされたのです、スザリノ殿下」
「ここ最近、色々とあるでしょう? セライがお疲れなのではないかと思って、ケーキを焼いてきたの。水影殿もご一緒にどうぞ」
みれば、スザリノの背後には、大きな箱がある。二人に衝撃が走った。水影が明後日の方角を見ながら、
「あー……そうだ、図書館にて調べ物があるのを忘れておりました。私は
「逃がしませんよ、三条さん」
水影の首根っこを掴んだセライが、その手を離さない。命の危機を感じた水影が、珍しく取り乱す。
「否否否! スザリノ殿下は貴殿にとケーキを焼かれたのですぞ! 貴殿が責任を持ち、すべて平らげるべきにございましょう!」
「せっかくのスザリノ殿下からのお誘いです。
「スザリノ殿下の作られたものは、貴殿が責任を持ち処分されるのであろう! 見合いの席でそう申されたのをお忘れか(ふざけんな! お前の恋人だろ! お前が責任を持って食え!)」
二人の攻防に、「……そんなにお嫌ですの?」と、スザリノがしゅんとする。
「いやいやいや……ちゃんと二人でいただきますよ、殿下。ねえ? 三条さん」
「……さ、さように、ございます……」
観念した水影は、セライとスザリノと共に庭園にて、アフタヌーンティーの席に座った。箱に入れられていたケーキの全貌に、「なっ……」と水影が衝撃を受ける。
「ちょっとだけ焦げてしまいましたが、味は美味しいはずですわ」
純粋無垢に言うスザリノが焼いた、ケーキと言い張るものは、真っ黒を通り過ぎて、炭となっていた。
「召し上がってくださいな」
「は、はあ……」
水影はヘイアンに残してきた、愛しいゆうが作った夕餉をイメージした。どうにかケーキ(炭)に美味しそうな夕餉を投影し、無意識のまま一口食べた水影が、「ぐふっ……」とケーキ(炭)を吐き出す。
「大丈夫ですかっ? 水影殿っ……?」
慌てるスザリノに、一点を見つめる水影が言った。
「うむ……ダークマターは、ダークマターですな」
「ヘイアンの公達がダークマター言うな……」
絶望の眼差しで一点を見つめるセライが言う。
「あら? ちょっとだけ苦かったかしら? ごめんなさい。作り直してきますわね」
そう言って、スザリノが王宮のキッチンへと戻っていく。
「はあ、助かったぁ」
安堵するセライに、「貴殿は真、嫌な
「こればかりは仕方ありませんよ。わたくしとて、スザリノを傷つける訳にはいきませんからね」
「されど、
半笑いの水影に、「なっ……!」とセライがいきり立つ。
「スザリノは確かに料理は下手ですが、それ以外は完璧ですから!」
「ふふ。結婚されるとなると、毎日炭を食べさせられるのですな、セライ殿。ご愁傷様にございまする。その点、私が生涯を共にしたいと願うております女人は、料理上手。真、食卓に憂いがなく、良うございました」
「ぐっ、あなたも十分嫌な男ですね、三条さん」
「セライ殿宅は炭が主食になるのですな。やばぁ」
面白おかしく揶揄する水影に、「なんとでも」とセライがそっぽを向く。その時、水影があることに気が付いた。
「ところでセライ殿、月が世では、王族以外、
「かばね……? ああ、ファミリーネームのことですか? そうですね。大昔には一般人にもファミリーネームはあったようなのですが、王族の民はみな家族であるという理念の下、撤廃されてしまったようです」
「左様ですか……。いえ、ヘイアンもまた、身分階級によって姓の所有を許可されておるのですが、月が世でもそうなのですな。セライ殿宅と口にしたことで、ようやっと気づきました」
「まあ、ファミリーネームなど、一般人からしたら大したことではないのですがね。しかし、ファミリーネームか……」
「セライ殿?
「いえ、我が月では家族の繋がりが薄いもので。まあ、うちだけかもしれませんがね」
「セライ殿……」
自嘲するように目を伏せたセライ。そこでようやく、水影はセライに言おうと思っていたことを口にした。
「セライ殿、私の父はもう、この世にはおりませぬ」
「え? そうなのですか?」
「左様。四年前に、病にて亡くなりました。我が父は、愛情深いのか薄情なのか、よう分からぬ男にございました。腹を割って話したことも、殆どありませぬ。もし生きておれば、今の私を見て
水影の助言に、セライが目を反らす。
「……親の朝裁を見るに堪えない御気持ちは、良う分かります。されど、どのような罪が暴かれようが、ハクレイ殿が人生に触れる機会は、今しかありませぬ。御父上御存命が今の内に、腹を割って話されよ。怒るも、謝るも、感謝するも、生きておるが内ですぞ」
「……あの男は、わたくしの父ではありませんよ」
「セライ殿? なにを……?」
「ずっと、幼い頃にしたDNA鑑定の結果がすべてだと思っていました。反吐が出尽くすほど、あの男とは正真正銘親子なのだと、諦めていたのですがね……。しかし、その結果は虚偽だった。あろうことか、あの男の手によって、わたくしはっ……俺はずっと騙されていたんだっ……」
「親子関係の真偽の結果が、虚偽だったと? ハクレイ殿がそう仰ったのですか?」
「ああ。便宜を図ったとか何とか言ってな。散々息子だなんだ言っていたくせに、この期に及んで、親子じゃないなんてっ……」
泣くのを必死に堪え、憤怒の表情を見せるセライに、「便宜……」と水影が呟く。
「俺とあいつには、親子関係はない。だから、あいつがどれだけ罪を重ねてきたかなど、俺にはどうだっていい。あいつがどうなろうとも、俺には関係ないんだ」
ぐっと拳を固めたセライが、「……仕事が残っているので」と言い残し、去っていった。
「……確かに、セライ殿とハクレイ殿は似ていない。されど、
水影が考察するも、哀愁漂う風が吹く中では、自分もまた、亡き父への想いが募っていく。
「誰も彼もが、悲しみに暮れております、父上……」
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