第102話 男前な恋人

 朱鷺ときは自室で自分の掌を見つめていた。己が世であるヘイアンの惨状に、記憶が遠く遡る。それでも必死に振り払い、現実と向き合おうと、恋人であるルーアンの下へと向かった。その部屋の前には、エルヴァら数人の衛兵がいたが、王女の自室に入る許可証などなくとも、朱鷺はすんなりとルーアンの部屋に入れた。

 迎え入れたルーアンを、何も言わずに抱き寄せる。

「朱鷺? どうしたのよ?」

 いつもとは違う様子の朱鷺に、心配するルーアンの金瞳が向く。そのままの態勢で、朱鷺は口を開いた。

「……俺は、真の帝か?」

「は? 何言っているのよ? アンタはヘイアンの帝なんでしょ? まさか私に嘘ついていたわけ?」

「……否。左様な意味で言うた訳ではない。俺はただ、己が帝に相応しい男なのか、良う分からのうなった……」

「帝に相応しい男かどうかなんて、アンタが一番分かっているはずでしょ? アンタ以上に、民の幸せを祈っている完璧な帝はいないんじゃなかったの?」

「民の幸せ……? そうだ。そうであったのう。俺は、民が幸せに暮らせる世を作らんと、左様な志を持って、帝となったのであった」

 朱鷺がルーアンから身体からだを離した。

「どうしたの? アンタらしくないわね。何かあったの?」

 愛らしく見上げてくるルーアンに、ふっと朱鷺が笑う。

「否。ほんのちいとばかり、不安に襲われただけぞ。すまぬのう。極力臣下には、弱みを見せとうなくてな。そなたであれば、素直に弱音を吐けると思うたのだ」

 しおらしく本音で話す朱鷺に、ルーアンは心臓が高鳴った。

「ま、まあ、アンタのダサいところも、弱いところも、このルーアン王女なら、どんなアンタでも受け入れてあげるわ? けど、アンタが辛い思いをしているのなら、何も言わずに寄り添ってあげる。だから、何かあるんだったら、いつでも私を頼りなさいよ」

 心強い恋人の、男前な発言に、「はは」と朱鷺が笑う。

「まこと、我が最愛なる天女は、強き王女よのう。どれ、天女中てんじょちゅうよ、俺の昔話にでも付きうてくれんか?」

 ベッドに腰かけた朱鷺が、隣に座るよう、ルーアンを誘う。

「その昔話に、私は出てくるんでしょうね?」

「さあて、如何どうであろうのう」

 愉快そうに話す朱鷺であったが、その瞳は、薄暗い過去へと遡った。

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