第92話 ハクレイ裁判第一回公判:武器商人
「——辺境の地にて、武器一式の開発、売買をしております、ドベルトと申します」
「同じく、ハクレイでございます」
武器商人だと言う二人の少年に、暴君と名高いキーレ国王は、一切の笑みを浮かべることなく、無表情で片肘をついている。銀髪オールバックで、長い髪を、金の装飾が施された髪留めで束ねている。青年と呼べるほどの若さだが、畏怖を感じさせるほど、静かだ。その様子に、側近らはビクビクしながらも、二人の武器商人に、新型回転式銃の威力を試すよう促した。
「では早速、こちらで用意した的を撃ち抜いてみせます」
二人は庭園に出ると、人型に模った木の板を、離れた場所に置いた。王宮のテラスから庭園を見下ろすキーレ国王に向かい、ドベルトが合図を送る。
「では、デモンストレーションを始めます」
ドベルトが銃を構え、遠い的を狙う。緊張から、なかなか照準が定まらない。
「……大丈夫だよ、ドベルト。君は天才科学者なんだ。君の銃なら、きっと国王も喜んで買うよ」
ドベルトの隣で、ハクレイがそっと勇気づける。ゴーグルを掴んだドベルトが、「おうよ!」と頷き、一発撃ちこんだ。ちょうど頭部分を打ち抜いた銃の威力に、「おおっ……!」と国王の側近らから、どよめきが起こる。
「やった! さすがだよ、ドベルト!」
喜ぶハクレイに、「あたったー……」と今更ながら、ドベルトからどっと力が抜けた。
「なに? そんなに自信がなかったの?」
「そりゃあ、あの暴君の前でデモンストレーションするなんざぁ、失敗すりゃ、処刑もんだろ?」
「たしかに……。超至近距離から撃たれて、ハチの巣にされそう……」
二人がこそこそと話しているところに、キーレ国王が側近や衛兵を伴い、やってきた。さっと二人がその場に
「……これが、銃か」
冷淡な口調で、キーレ国王が訊ねた。
「はい。古代の文献から閃きを得て、おれ、じゃなく……わたしが造りました」
「そうか。この銃は、月の技術か? それとも、地球の技術か?」
「え……? も、もうしわけございませんっ! おれっ……わたしはただ、文献に描かれていた絵を見て、その通り組み立てたもので、その……字が、読めなくて……」
ドベルトが、ぎゅっと唇を噛み締め、俯く。
「そうか。いや、これが失われた月の技術の復活なら、大金をはたいてでも、お前達を国王御用達の武器商人にしようと思ったのだが。……万一、これが地球の技術の復活ならば、今この場にて、お前達を消さなければならない」
「えっ……?」
二人同時に声が出た。恐る恐る国王を見上げる。
「消す……? って、どういうー……」
意味なのか、何となく二人は分かっていたが、言葉に出来ない。じっと無表情で、淡々とキーレ国王が言葉を紡ぐ。
「お前達が何の文献を見たかは知らないが、我が月の宿敵である、地球の文献を見たのであれば、生かしてはおけぬ。——この者らを捕らえよ」
国王の命により、二人が衛兵らに捕らえられた。
「……え? どういう状況?」
予期せぬ急展開に、木に括り付けられたハクレイが、首をかしげる。その隣で、ドベルトが「いやだー! 死にたくねー!」と喚き散らす。
「ふむ。確かに良く出来ている銃だ。その
キーレ国王が、ドベルトが開発した銃を手に取り、それを隈なく見る。
「あ、過去形だ。すでに僕達は、過去の人間なんだ」
「もう終わりだ。ハチの巣にされて死ぬんだ……」
悲観するドベルトに向け、国王が銃を構える。ぐっと目を瞑ったドベルトの隣で、必死にハクレイが考えをめぐらす。
(何かあるはずだ。国王が思いとどまる何かがっ……)
「地球の文献にさえ目を通さなければ、あるいは大成したであろうに」
「お、おれは、地球の文献なんか見ちゃいねーよ! 神に誓って、これは月の技術の復活だー!」
「それも証明出来ぬであろう? 疑わしきは、罰する。それが我が信条だ」
「クソ暴君! お前なんか誰も支持してねーよ! お前が政治に無関心なせいで、俺らスラム街の連中が、もっと貧しくなったんだろーが!」
ここぞと喚き散らすドベルトに、「ふん」と、キーレ国王が冷笑を浮かべた。
「国王はただの国のシンボル。政治を行うは、
「つきがさいん……?」
その時初めて、ハクレイは月暈院という言葉を知った。
(国王はシンボル。政治は、つきがさいん……)
はっとハクレイが閃いた。ぎゃあぎゃあ喚くドベルトの隣から、「王様!」と叫ぶ。
「なんだ? お前の方は命乞いか?」
「いえ、ちがいます。ただこれだけ、教えてくれませんか? ……王様は、政治がしたいのですか?」
ハクレイの問いかけに、無表情だったキーレ国王の眉間が動いた。
「……そのようなことを聞いて、どうする?」
ごくりと息を呑んだハクレイが、自らの運命を賭け、言葉を紡いでいく。
「王様を暴君と呼ぶ人たちもいますが、本当は、違うのではないですか?」
「おまっ、何言ってっ……」
ドベルトに向けられていた銃が、ハクレイに向く。
「……何故、そう思う?」
「分かりません。ただ……貴方を見ていると、国のシンボルであるご自分を、嘆いているように見えたものですから。本当は自らの手で、国の政治を行いたい。地球よりもずっと強い月の国を作りたい。そう、お思いなのではないですか?」
「ハクレイ……? おまえ、何言ってんだ? 何でそんなこと分かるんだよ?」
ドベルトにそう聞かれても、ハクレイは自分でも分からなかった。ただ見たままに、思ったことを口にしているだけだ。
「王様の本当の望みは何ですか? それを叶えるために、僕達が必要なんじゃないですか?」
子供の言うことに国王が翻弄される訳もなく、「……ふん」と鼻で笑う。
「あ……だめだ。ここまでか」
ドベルトが今度こそ諦めた。バンっと銃声が鳴ったと同時に、ハクレイが項垂れたのが分かった。
「ハクレイっ……」
隣で息絶えたハクレイに、ドベルトが覚悟を決めた。……と思いきや、「……生きてる?」というハクレイの声が聞こえ、「え?」とドベルトが目を開けた。
「お前、生きてたのか?」
「うん。撃たれたのは、僕の頭上だね。助かったぁ」
安心したのも束の間、キーレ国王が、銃片手に近づいてきた。
「あ、違った。至近距離から撃たれるやつだ」
「やっぱり改良が足りねーってことね。くそ、あともうちょいなんだけどなー」
二人の前に、無表情のキーレ国王が立った。
「……お前達を今この場で消すのは、
「え? マジっすか?」
「ああ。ここでお前達を消しては、月暈院の腐った議員らを、上手く
キーレ国王の目尻に、ほんの少しばかり、笑みが浮かんだ。
「……ハクレイ、お前の言う通りだ」
「え? 王様?」
「私は、今の月暈院制から、専制君主制に戻したいと思っている。それを見抜いたのは、お前が初めてだ。あらゆる鬱憤から暴君などと呼ばれているが、それは私が望んでいることではない。これからは名君と呼ばれるよう、努力しよう。お前の今後にも、大いに期待しているぞ」
暴君から名君へと変わりゆくキーレ国王の口元に、そっと笑みが浮かんだ。
「それからドベルト。お前は、この銃の改良と量産化に励め。この銃が完成したならば、いくらでも買い取ってやろう」
「マジっすか! あざーっす!」
さきほどまでボロクソ言っていたドベルトだったが、分かり合えた瞬間、態度が180度変わった。
すっかり興奮した様子での王宮からの帰路、二人はスラム街の入り口辺りで、一人の少女が、複数の男らに囲まれているところに出くわした。
「ねえドベルト、あれって……」
明らかに不穏な状況に、ハクレイはいても立ってもいられない。それはドベルトも同じだった。
「ああ。助けに行くぞ、相棒」
「うん! 王様にも認められたんだ。今の僕らなら、何だって出来る気がするよ!」
ハクレイの気概に、ドベルトもすっかり勝気である。そうして二人して、暴漢らにいちゃもんをつけられている、貧しい少女の助っ人に入った。
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