第93話 ハクレイ裁判第一回公判:希望の証と鮮血

 結論から言うと、少女の助っ人に入った二人は、暴漢らから、殴る蹴るの暴行を受けた。

「あの……ごめんなさい。わたしのせいで……」

 花売りの風体で、暴漢らに襲われていた少女が、ボロボロの姿で倒れている二人に謝った。

「ぼくたちは、だいじょうぶだよ……」

 ハハハと弱弱しく笑うハクレイが、それでも少女を気遣う。

「くっそー、まじで許さねー、あいつら。いつかぶっ殺してやるっ……」

 ドベルトは恨みつらみを重ね、いつか復讐することを固く誓った。

「イテテ……顔を殴られたのは、初めてだよ。こんなに痛いんだね」

 頬を殴られ、唇が切れたハクレイが、流血を拭いながら、ふらふらと立ち上がる。そんなハクレイを補助するように、ドベルトも立ち上がった。

「俺はこれくらい平気だぜ? あーあ。きれーな顔してるのに、もったいなねーな、ハクレイ。ったく、少しくらい国王に認められたからって、調子こくもんじゃねーな。ま、可愛い子ちゃんを助けられたのなら、いーけどさ」

「うん。君はだいじょうぶ?」

「うん! 助けてくれてありがとう」

 少女の可憐な笑顔に、ハクレイは体中から痛みが消えていく気がした。

「おい、なんだよ、その顔。惚れたのか?」

「ちょ、何言ってんの、ドベルト! そんなんじゃないってば!」

「うそつけ。顔が真っ赤だぜ?」

「うそっ」

 慌ててハクレイが頬を隠す。

「うそだよ、ばか。顔が赤いのは、殴られたせいだろ」

「もう! からかわないでよね、ドベルト」

「うっせー。本当は惚れたくせに。素直になれよな」

「だから違うってばっ」

 二人のやり取りに、少女がクスクスと笑いだした。そんな少女の笑顔に、二人も顔を見合わせて、笑い合った。


「——んで? なんでアイツらに襲われてたんだ?」

「えっと……ここでお花を売っていたら、誰の許可を得てここで商売なんかしているんだと、絡まれてしまって……」

「あー……まあ、ここら辺はスラム街の入り口だしな。ガラの悪い連中が多いから、花売りなら、王宮周辺の街中でした方がいいぜ?」

 ドベルトにアドバイスされ、少女が俯く。

「最初はそこでお花を売っていたんですが、だんだんと売れなくなってしまって……。病気のお母さんの薬代のためにも、違うところなら、売れるんじゃないかと思って……」

 紺碧こんぺき色の花が摘まれたカゴを、少女は、ぎゅっと掴んだ。

「そっか……君も苦労しているんだね。辛いのは僕達だけじゃないよ、ドベルト」

「ああ、そうだな。でもま、あの国王が名君に変わると言ったんだ。ちょっとくれー信じてもイイかもな。けど、もうこの街には近づかない方がいいぜ?」

「は、はい……」

 しゅんと少女が俯く。その姿に居たたまれない気持ちになったハクレイが、思い出したように、ズボンのポケットを探った。そこに入っていた紙幣を取り出し、くしゃくしゃになった1マン紙幣を少女に差し出す。

「え……?」

「これ……このお金で、お母さんの薬を買いなよ」

「でもっ……」

「いいんだ。こんな元手がなくても、1マン紙幣を百倍にすることなんて、今の僕達からしたら、朝飯前だし。ね? ドベルト」

 格好つけたいハクレイの気持ちを汲み、「まあな」とドベルトも頷く。

「だから、君にこのお金をあげる。もらってくれたら、嬉しいな」

 あげる、もらう、という言葉を、ハクレイは初めて使った。それでも気持ちがブレることはなかった。

「ありがとう」

 少女が泣きながら1マン紙幣を受け取った。

「いつか絶対に返しにきます!」

 そう言って二人に頭を下げると、自分の家へと帰っていった。

「……本当に良かったのか?」

 少女の背中を見送りながら、ドベルトがハクレイに訊く。

「うん。さっきも言ったでしょ。僕と君なら、大金を稼ぐことなんて、朝飯前でしょ?」

「ったく。ほんっと、調子がイイ相棒だぜ」

「でも、君だって、そう信じているだろ?」

「まあな。よっしゃ、ここは一つ、月で一番の金持ちになってやろーじゃねーの。んでもって、二人でこの国の連中全員、幸せにしてやろーぜ?」

「うん! 君は科学者に」

「違う! 天才科学者だ!」

「あ、うん……。君は天才科学者になって、僕は……」

 夕方の照明へと切り替わるドームの天井を見上げ、ハクレイが笑う。

「僕は……政治家になりたい。月暈院つきがさいんの議員になって、キーレ国王の政治の手伝いをしたい。今のキーレ国王なら、きっと良い政治をしてくれると思うから」

「政治家かぁ。うん、お前さんなら、きっと良い政治家になれるよ。そのために、お互い勉強しねーとな」

「うん! これからたくさん勉強しよう!」

 希望を胸に抱き、二人が新たな一歩を踏み出した。それから二人は、キーレ国王に直訴し、王立図書館で勉学に励む許可を得た。毎日のように王立図書館に通い、文字の読み書きを独学で覚え、基礎知識を身に着けていった。たまにキーレ国王が二人の様子を見に来ては、それぞれの勉学にアドバイスを与えた。特にハクレイに対しては、政治の基礎や国の状況、王族と月暈院の関係など、徹底して教え込んだのである。国王には、一人娘のミーナ王女がいた。まだ幼女であったが、たまに国王について、王立図書館で勉強する二人の間に割って入っては、一緒に勉強した。そのミーナ王女に、ドベルトはいつもドキマギしていた。キーレ国王は、二人にとっての恩人であり、恩師であった。そして、何があっても国王の悲願を達成させるべく、専制君主制に戻すための勉学を積んでいった。

 それから五年後、ハクレイ十五歳の時、名君となったキーレ国王による、専制君主制の復活が提案された。国民選挙を経て、月暈院の承認を持って法案が可決されれば、ついにキーレ国王の悲願が達成される。


「——ハクレイよ、我が悲願が達成されたらば、僻地にも足を運びたい。そして、国民の声を聞き、皆が幸せな国を作りたいのだ」

 王宮のテラスで、夜空を見上げるキーレ国王が、ハクレイに言った。

「ええ。キーレ国王なら、それも叶いましょう。僕も微力ながら、お手伝いさせていただきます」

「ああ。国王による政治の下、月暈院には宰相を置く。そして、国王と国民の相互理解の下、良き政治体制を敷くのだ」

「宰相を……」

「私の政治を助ける者として、お前に宰相になってもらいたい。お前は、他者の真の願いを読み解く力に秀でている。それをより一層磨けば、国民が願う良き政治にも繋がろう。これを……」

 国王から手渡された、白色のガウン。

「お前が宰相になった暁には、これを着て、国民のために生きよ。我がグレイスヒル王家にとって、白兎は希望の証。白は、私にとって、希望の証なのだ」

 キーレ国王が、純白の肌であるハクレイの頬に触れた。

「お前は、私の希望だ、ハクレイ」と、優しく微笑む。

「国王……。はい。僕にとっても、貴方は希望の証です、キーレ国王」

 その期待に応えるかのように、ハクレイも力強く頷いた。いつか宰相となり、このガウンを羽織れる日を、強く待ち望んだ。……しかし、現実は、甘くはなかった。国王の専制君主制が復活することはなく、ハクレイに希望を託した翌日に、キーレ国王は、スラム街の視察中に、何者かによって、銃で暗殺されたのである。その鮮血を、ハクレイはまざまざと見たのであった。


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