第91話 ハクレイ裁判第一回公判:出会い

 十日後、ついにハクレイの裁判が始まった。傍聴席を求め、多くの国民が押し寄せるも、抽選によって入廷出来たのは、五十名程である。すでに宰相という地位は剥奪されているものの、事実上の弾劾裁判であることから、五人の裁判官の他に、各地の王族から選ばれた六人の王太子らも、判決に加わることとなった。当然、エトリア王妃や三人の王女、朱鷺とき水影みなかげ安孫あそんの姿も、特別傍聴席にある。だが法廷に、セライの姿はなかった。

「——これより、前宰相ハクレイの、第一回公判を始めます」

 裁判長の号令により、裁判が開始された。検事によって、ハクレイの罪状が明らかになっていく。

「——ハクレイはスラム街出身であり、初めて罪を犯したのは、七歳の頃……」

 検事が調べ上げた罪状が、法廷の中で明らかになっていく。被告人席で鎖に繋がれたハクレイは、じっとその声を聞きながら、ただ前だけを見据えている――。


 スラム街に生まれたハクレイは、貧しい生活の中で、実の父親からの虐待の日々に耐えながら生きてきた。七歳の時、空腹に喘ぐ弟妹らのためにパンを盗んだ。その都度、自分はそのパンを食べずに、幼い弟妹や近所の子らに分け与え、パンを盗んだ罪は一人、店主に突き出された官吏によって、折檻されて帰って来た。そのあとは父からも殴られ、蹴られ、罵倒され、外に放り出された。いつも傷だらけで、体には殴られた痕を残し、ふらふらであった。

「——出て行けっ」

 十歳の時、ハクレイが父から家を追い出された。戸を閉めた父に、必死に縋る。

「待って父さん! いやだっ! 僕には弟妹きょうだい達がいるんだっ……」

「うるさい! お前はもう邪魔なんだよ! その金を百倍にするまで、帰ってくるな!」

 1マン紙幣と共に家を追い出されたハクレイは、その金を握り締め、「どうやって……」と絶望する。

「お前は顔だけは綺麗だからな。フン、男にでも女にでも体を売って生きていけ」

 冷酷すぎる父の言葉に、「体を……」と、ハクレイが痣だらけの腕を握る。

「顔を殴ることだけは勘弁してやっていたんだ。ありがたく思えよ」

 その言葉を最後に、父が応えることはなかった。とぼとぼと町へと歩くハクレイが、1マン紙幣片手に、どうしたものかと考える。

「このお金を百倍にするまでは、家には帰れない。そうなれば、父さんから暴力を受けるのは、弟達だ……。くそう、どうにかして元手もとでを増やさないとっ……」

 力なく考えている隙を見計らったように、突如、一人の少年が、ハクレイから1マン紙幣をかすめていった。

「なっ……!」

「へへん! この金はオレのもんだっ……!」

 走り去っていく少年に、「ちょ、待ってっ……!」と、ハクレイもその後を必死に追いかける。

「こんなスラム街で、金をひらひらさせてるお前が悪いんだよ、バーカ!」

「それは大切なお金なんだっ……! そのお金を百倍に増やさないと、弟達がひどい目にあってしまうっ……」

「そんなの、オレの知ったこっちゃねーよ!」

 どんどん少年との間に距離ができ、元々体力のないハクレイは、「まってっ……」と、とうとうその場に立ち止まった。

「どうしよ……ぼくのせいでっ……」

 その場に崩れ落ちたハクレイが、泣きながら砂利を掴む。そこに、一人の足音が近づいてきた。

「……おい」

 先程とは違う少年の声が落ちてきた。ビクビクしながらも顔を上げたハクレイの目に、ゴーグルを掛けた少年が映った。

「ほら、この金、お前さんのだろ?」

 1マン紙幣を差し出した少年に、ハクレイが首をかしげる。

「俺の仲間がパクって悪かったな。あいつも生きるために必死なんだ。許してやってほしい」

 見ると、木の幹から忌々しくこちらを見る、先程の少年がいた。頭には大きなタンコブがあって、目に涙を浮かべている。

「……取り返してくれたの?」

「ああ。大切な金なんだろ?」

「うん。ありがとう……」

 ハクレイが1マン紙幣を受取り、それをズボンのポケットにしまいこんだ。

「お前さん、ハクレイだろ?」

「えっ? どうして僕の名前を知っているの?」

「まあ、ここいらじゃ有名だからな。DV親父から身を挺して弟妹を守る、健気な兄貴だってな。弟達のために、盗みもするんだろ?」

「うん……。そうしなきゃ、生きていけないからね」

「DV親父なんていらないだろ? さっさと殺せば、お前さん達も楽だろうに」

「それは出来ないよ。父親だもの」

「ふん! 俺なんて、そのクソ親父を殺すために、自分で武器を作ったんだぜ?」

「え? 君が……?」

 ハクレイの目には、自分と同い年くらいの少年にしか見えない。

「おうよ! 興味があるなら、見せてやろうか? なんなら、その金を増やす手段も、教えてやらねーことも、ねーよ?」

「本当に? お願い、教えてっ……」

「よし。じゃあ、決して仲間を裏切らねーって約束できるなら、今日から俺らの仲間に入れてやるよ。どうする? ハクレイ」

「うん。絶対に君達を裏切ったりしないよ。だから、僕を君達の仲間に入れて欲しい」

 ハクレイが藁にも縋る気持ちで、少年に手を伸ばした。その手を、少年がしっかりと掴む。

「よし。俺はドベルト。後の天才科学者だ。俺にかかれば、1マン紙幣を百倍どころか、百万倍にだって出来る!」

「すごいよ、ドベルト! 尊敬するー」

 ハクレイの純粋な眼差しが、自信満々なドベルトに向けられた。

 それからハクレイは、ドベルトに隠れ家まで案内された。そこには、仲間となるスラム街のギャング集団がいた。誰も彼も貧しい家に育ち、同じような境遇で生きてきた、ハクレイと同じくらいの少年達だった。

「——ほら、これが俺が発明した、回転式銃だ」

 地下室で二人きり。ドベルトに見せられた銃を手に取り、ハクレイが息を呑む。

「これが、銃……」

「ああ。弾には鉄屑を使っているが、殺傷能力は高いぞ。みんな、みんなこれを使って、親元から逃げて来たんだ」

「……そう。みんな、大変な思いをして生きてきたんだね」

 ここに集う少年らを想い、ハクレイが、そっと目を瞑る。

「これを売れば、大金が手に入る。問題は、どこに売るかだが」

 ドベルトが眉間にしわを寄せ、うーんと項垂れる。

「どこって、国王に売るのが、一番高く売れるんじゃない?」

「は……?」

 思いがけない提案に、ドベルトが目を丸める。だがすぐに、面白おかしく笑いだした。

「ひひひ! 国王って、お前さんっ……、見かけによらず大胆な奴だなー!」

「え? だって、一番強い武器なんだから、一番偉い人が欲するのは、当たり前じゃないか?」

「ひひっ! いやー、ほんと、お前さんの言う通りだと思うぜ? でもな、国王が、こんな不完全な銃を買うもんかね!」

「そうかなー?」

 ハクレイが本気で疑問に思う。

「確かに、この銃はまだ不完全かもしれない。でも、その不完全さを感じさせなければ、国王は、これが最高の武器だと思い込むと思うけどなー?」

 その言葉に、ドベルトは面喰った。それでもふっと笑い、ハクレイの肩に手をまわした。

「わわ! どうしたの、ドベルト」

「いやー、ハクレイ。お前さん、さいっこうだぜ! よし、今日からお前さんは俺の相棒だ。この銃を、国王に最高値で売り付けてやろうぜ」

 それから五日後、不完全な回転式銃であったが、ドベルトの手によって、何とか国王に商談出来るレベルの改良を施した。二人で武器商人に扮し、国王への謁見を求めた。


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