第84話 シュレムの画策

 翌朝、月暈院つきがさいんに緊急招集されたセライが、急ぎ足で講堂へと向かう。宰相不在の中、月暈院の政治家らの前に、王族特務課課長のセライが、険阻けんそな表情で立った。火の国の襲来後、月暈院の政治家らの荒廃ぶりに、ほとほと呆れたセライが嫌悪を向ける先に、衛士えじ大臣のシュレムがいる。

「火星の襲来で、我が月は大損失を受けた。それもこれも、国王不在による、新宰相の信認なき現状が原因であると考えられる。よって、然るべき指導者を立てるためにも、新国王の即位を急務とすべく、王族特務課の課長である君が、次期国王の戴冠式に向け、全精力を注いでほしい」

 月暈院を代表して、腹に一物を抱えるシュレムが言う。セライの眉間が動いた。

「宰相は月暈院の指名の下、国王の信認を以って決まります。貴方方は新国王の即位などどうでもよく、その実は、次期宰相の座を奪いたい、そういうことですよね?」

 遠慮なく、セライが言い放つ。

「君とて、前宰相の息子だ。宰相の重要性はよく分かっているだろう? ああだが、君の父親は、今や大罪人。極端すぎる理想を掲げたばかりに、他所よそから来た地球人によって、宰相の座を奪われたのだろう? まあ、遅かれ早かれ、君の父——ハクレイは、国家反逆罪で、訴追される運命にあったのだがね」

 嘲笑を浮かべるシュレムに、ふっとセライが鼻で笑う。

「……そのハクレイが恐ろしくて、お仲間である政友を裏切ったのは、どこのどなたでしょう? 父は汚職にまみれた、腐った政治家達を粛清しゅくせいしていった。己の私利私欲しか興味がない政治家より、父に方が、よっぽど大義があったはずです」

「なっ! 貴様っ……」

 いきり立つ政治家らを、シュレムが制止する。

「何とでも言ってくれて構わないよ。君が次期宰相に立候補するつもりでいることも知っている。何なら、月暈院として、君を宰相候補として指名しても構わない。まあ、その際は、私も立候補させていただくがな。選挙は、フェアでなければならない。宰相戦、楽しみにしているよ。ただ、新国王の即位は急を要する。四人の王女の内、次期国王を婿として迎える王女の選定に入りたまえ。まあ我らとしては、第三王女のスザリノ殿下こそが、次期王妃に相応しいと思っているがね。さて、君はどう思うかな? セライ課長」

 ぐっと喉の奥が鳴ったセライに、ふっとシュレムが笑う。

「極端な理想家という点では、君達親子はよく似ているね。まあ、その親子関係が本物かどうかも、あと少しで分かることだが」

 シュレムからは見えないところで、セライが、ぐっと拳を握る。それでも取り乱すことなく、「……承知いたしました」と、王族特務課への命令を受けた。


 セライは中央管理棟へは戻らず、その足で地下牢獄へと向かった。手足を鎖に繋がれる父の姿を見るのは忍びなく、投獄されて以降、セライが面会に訪れることはなかった。それでも意を決し、地下牢獄へと降りていく。監視に事情を話し、セライが父——ハクレイと向かい合った。

「……やあ、久しぶりだね、セライ君」

「息子を君付けするのはおやめくださいと、何度も申し上げたはずですよ」

「そうだったね。ごめんね、セライ君」

「だからっ……! ううん。お元気そうで、何よりです」

「君も良い友人達に囲まれて、幸せそうで何よりだよ」

「……っ」

 思わず沈黙したセライに、「どうしたの?」とハクレイが息子を見上げる。

「……月暈院は、国王の即位を急務とし、動き始めました。それに伴い、次期宰相戦が始まります」

「シュレムの画策だろうね。最後まであの男を粛清出来なかったのは、僕の責任さ。君にも余計なストレスをかけさせてしまって、申し訳ないよ」

「……いえ、こうなることは、予想していましたので。それよりも……」

 目を伏せ、思い詰めたようなセライの表情に、ハクレイが笑う。

「君の言いたいことは分かるよ。昔君が秘密裏に行った、DNA鑑定のことだろう?」

 思わず顔を上げたセライが、過去の記憶を呼び起こした――。


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