第83話 公達と王女の恋模様
「——ダンス、格好良かったですわよ、ソンソン」
夜の照明が落ちる庭園。ルクナンが
「
ハハと照れ臭そうに笑う安孫に、「貴方が一番格好良かったですわ」と、ブランコに座るルクナンが穏やかに笑う。そんな王女に心躍るものを感じ、安孫はその傍らに
「本日はご誕生祭、誠に
堅苦しい挨拶であっても、「ええ、ありがとう」と、ルクナンは王女らしい態度を示している。
「何かご誕生祭のお祝いを差し上げたいのですが、何が宜しゅうございましょうや?」
「そうですわねぇ……。何もいりませんわ」
「え……」
思いがけない返答に、安孫の表情が固まった。寂しそうな表情を浮かべる安孫に、ルクナンがクスリと笑う。
「言葉が足りませんでしたわね。貴方がいるのなら、何もいりませんわ」
ルクナンが満足気に言った。その表情は安孫に惚れていて、安孫もまた、ルクナンへの想いを募らせていく。
「
安孫がルクナンに手を差し伸べた。ルクナンの小さな手に触れ、細く可憐な指を、無骨なそれで撫でる。
「某が月が世におります間は、貴方様の御命は、必ず某がお守り致しまする」
「ええ。その働き、大いに期待しておりますわ、ソンソン」
ルクナンが安孫の指を、ぎゅっと握った。表面上では穏やかな笑みを浮かべるルクナンが、内心では、月にいる間は……と、その言葉に泣きそうになっていることに、安孫は気づかない。それでもルクナンは、王女としてのプライドを取り、安孫から手を離した。両手を胸に寄せ、「まだまだ貴方達を、地球に返したりしませんわよ?」と、悪戯に笑う。
「ずっと月で、ルーナの
「これはこれは……参りましたな」
照れ臭そうに笑う安孫に、「……本当に」とルクナンが呟く。
「へ? るくなん王女?」
「何にもありませんわ。それよりもソンソン、もう一度ルーナのために踊ってくださらない? まだまだ写真も撮り足りないことですし」
「
安孫が胸に手を寄せ、紳士的な態度で促す。
「ええ。貴方との素敵な日々を、これからもたくさん残していきましょう」
ルクナンの手拍子に合わせ、安孫が再び踊り始めた。
時同じくして、
「——ほう。
朱鷺が興味深そうに、ルーアンの爪にマニキュアを塗る。
「我が故郷に咲き誇る、美しい桜色よ。そなたの爪も桜の花びらがごとく、可憐よのう」
「そうでしょう? 王女の爪にマニキュアを塗るなんて、そんじょそこらの男性には出来ないんだから、光栄に思いなさいよ」
「ぬかせ。そなたの方こそ、ヘイアンの帝直々に爪紅を塗ってもらう栄誉を、有難く噛み締めよ」
お互いに傲慢ではあるものの、それが可笑しくて、見つめ合った二人が笑い合う。朱鷺がルーアンの手を握り、塗りたての爪に、ふうっと息を掛けた。
「帝サマにも塗ってあげましょうか?」
「そうだのう……。俺は爪よりも、ここに塗って欲しいのだがな」
そう言って、意味深く自分の唇に触れる朱鷺の色っぽさに、思わずルーアンは顔を赤らめた。
「性格はアレだけど、顔はまあまあなのよね」と呟いたルーアンに、「……ほう?」と、朱鷺が苛立つ表情を見せる。
「顔は、まあまあ、だと? 何を言う、俺は顔も性格も完璧な男ぞ? 月にもちきうにも、俺以上の男などおるものか」
自信満々な朱鷺の表情に、「自意識過剰じゃない?」とルーアンが笑う。
「なっ、俺は完璧なみか——」と言ったところで、ルーアンが朱鷺の頬に朱色のマニキュアを塗った。
「てんじょちゅうっ……俺の顔に紅を塗るとは、良い度胸だな。お返しぞ」
すかさず、朱鷺がルーアンの鼻先に桃色のマニキュアを塗る。
「ちょっ……! やったわね!」
「先にふざけたは、そなたの方ぞ?」
「お返しよ!」
「何を
ああだこうだとお互いの顔にマニキュアを走らせていく二人の様子を、朱鷺の部屋を訪れた
「なっ、水影そなた、
「そうよ! こんな恥ずかしい写真、撮らないでよね!」
顔中マニキュアだらけの朱鷺とルーアンが、水影に、ガッと抗議する。
「いやなに、あちらが世では決して拝見出来ぬ、朱鷺様のめんよ……否、御戯れ。是が非でも、写し絵にて残しとうございまして」
「今、
「我が主に向かい、滅相もございませぬ。帝と天女の
さっと水影が身を引き、朱鷺の部屋から出ていった。
「……まったく、文官の好奇心も考えものよのう。……っぷ。そなた、随分色っぽくなったのう、
「なっ、アンタだって……ぷぷ、何よその顔、帝の威厳もメンツもないじゃない! 少しは帝らしく、眉間にしわを寄せて、難しい顔でもしてみなさいよ」
「俺は左様な
「自分で言ってちゃ、ざまぁないわね。でも、アンタらしいと言えば、アンタらしいわ」
ルーアンが、そっと朱鷺の頬に触れた。その表情は、朱鷺への恋心に溢れている。
「アンタにとって、私が一番の天女よね?」
「天女中……」
真っ直ぐなルーアンの気持ちに、ふっと朱鷺が笑った。
「左様。俺にとって、そなたが一等愛らしい天女よ。此れより後も、共に生きて参ろう」
朱鷺がそっと、ルーアンの唇に触れた。
「ええ。どこまでも一緒に」
瞼を閉じたルーアンの唇に、朱鷺の唇が優しく重なった。
部屋へと戻った水影が、朱鷺や安孫の日常を切り取った写真を机に広げ、感慨深く見つめる。それぞれに想い人との逢瀬を楽しみ、恋心を募らせていく日々に、水影もそっと、地球のヘイアンに残してきた、愛しい存在を想う――。
「……私とて、一人では生きていけぬ身。今時分、そなたは何をしておるのだろう? そなたも我が身を想い、恋焦がれておれば良いが……」
胸に寄せた手を、ぎゅっと掴む。
「……ゆう」
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