第三章「月の王の戴冠」
第82話 ヘイアン公達のダンス
火の国の脅威が去り、月の世は、穏やかな日常を取り戻しつつあった。王宮では晩餐会が開かれ、今まさに余興として、ヘイアンよりの交換視察団である、
「——ふふ。まさかセライのダンスが見られる日が訪れるとは」
スザリノが、微笑ましく恋人であるセライを見つめる。
「いつも優雅なあいつらも、あんな風に激しいダンスが踊れるなんて、驚きよね。まあ、この日の為に、ひとつき近く練習していたし。良かったわね、ルクナン。あなたの誕生日パーティの余興で、二世達があんなにも一生懸命踊っている姿なんて、かなりレアだと思うわよ」
ルーアンに言われ、「当然ですわ!」と、ルクナンが興奮気味に安孫のダンスシーンを写真に収めていく。
「素敵ですわぁ、ソンソン! あんなにも乱れた格好で踊る姿、腹チラがさいっこーうにセクシーですわぁ、ソンソーン!」
パシャパシャと連写するルクナンに、「ねえルクナン、ついでにセライも撮ってくださらない?」とスザリノがお願いする。
「良いですわよ、お姉さま。ルーアン、あなたはよろしくて?」
「え?」
「今なら、あなたの恋人であるトッキーの写真も、撮って差し上げてよろしくてよ?」
「わ、わたしはっ……! お、おねがい、するわ……」
キレッキレに踊る朱鷺の写真欲しさに、ルーアンも素直にお願いする。
「あらあら、うふふ」
王女らの恋模様を、エトリア王妃も微笑ましく見守った。
無事にルクナンの誕生日祝賀会が終わり、業務を終えたセライが、「はあ」とベッドの上で、深い溜息を吐いた。
「ダンス、とても上手でしたわ、セライ」
隣にはスザリノがいて、現像を終えた写真のセライに、「すごく格好良かったわ」と、惚れ直したように頬を赤らめている。
「まったく、ルクナン王女の誕生日祝賀会の余興で、地球人達とダンスを踊る羽目になるとは……。しかも、俺より上達が早いなんてな。途中から、調子づいたあいつらに、いじられまくったし……」
ダンス練習の最中、調子づいた朱鷺と水影がニヤニヤしながら、
『おや、せらい殿は、だんすがお下手かな?』
『ご存じですかな、セライ殿。ダンスが苦手な殿方は、床下手でもあるとの統計があることを』と、散々いじられまくった。
「……んなわけあるかっ」
今思い出しても腹立たしく、セライは項垂れながら、二人に対して怒りをこみ上げる。
「まあまあセライ。それでもあの方達と踊れて、楽しかったのでしょう?」
スザリノに本音を言い当てられ、「ま、まあな」とセライが前髪を掻き、恥ずかしそうに視線を外す。
「あの方達と出会って、貴方は変わりましたもの。それまでの貴方に友人と呼べる方はいなかったけれど、あの方達のことは、そう思っているのでしょう? 憎まれ口を叩き合う貴方達も、お互いの幸せを願っている――。私には、そう見えているのよ、セライ」
「スウ……」
スザリノの優しい笑顔に、セライが絆されていく。
「そうだな」と頷き、「ムカつく奴らだけど、いい奴らだよ」と、ベッドに体重をかける。そのまま天井を見上げ、そっと微笑んだ。
「俺達が恋人に戻れたのも、あいつらのお陰だしな。いつか地球に戻るんだとしても、これからもずっと、お互いの星の交流が続けばいいな」
「そうね。大昔に起きた月と地球の争いも、私たちの代で友好的な関係に戻すことが出来たなら、誰もがお互いの星を行き来する、素敵な世界になるわ。それこそ昔、ミーナ王妃が仰っていた、理想の世界となるの」
「ミーナ王妃が、そのようなことを?」
「ええ。まだ御心を病まれる前だったけれど……」
セライが沈黙した。スザリノもミーナから受けた暴言を思い出し、「あの方も、色々と抱えていらっしゃったから……」と、その心に寄り添った。
「だからと言って、エトリア王妃の流れを汲むお前達への仕打ちを、俺は許すことは出来ない」
「セライ……」
「正直、父に僻地へと追放されたミーナ王妃の罰は、正当だったと思う」
セライの険しい表情に、スザリノは俯くも、そっと口元を隠し、微笑んだ。
「しかしそのせいで、私は第一王女となり、貴方との結婚の夢も断ち切られそうだったのを、セライ課長はお忘れかしら?」
「うっ……それはもう、言うな」
「朱鷺殿達には、感謝してもしきれないですわね」
「そうだな。だが、……今ここで俺以外の男の名前を呼ぶことは、例え王女殿下であろうとも、許しませんよ……?」
急に王族特務課の課長らしく話したと思った矢先、スザリノがベッドに押し倒された。
「セ、セライ……?」
「これからもずっと、お前は俺の王女だし、何があっても守りきる。たとえ俺が、大罪人の息子として、世の中から恨まれようとも……」
「セライ……」
思い詰めたようなセライの宣言にも、スザリノは微笑みを浮かべ、その体を抱き締めた。
「何があっても、ずっと貴方の傍におりますわ。王女である私の隣に、宰相である貴方がいる。そうして、夫婦としての私達が、ずっと寄り添って生きていくのよ。それが、私達の理想——」
スザリノがセライの頬に手を寄せ、そっと目を瞑った。思わず面喰ったセライだったが、「……ずっと、ずっと愛している」と言って、ネクタイを緩めた。
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