第78話 月の宝の在り処

 数日後、月の民と火の国の民が協力し、損壊した大戦艦の修理が終わった。少女を先頭に、フードを外した火の国の民らが、朱鷺ときらの前で感謝の気持ちを示す。

「ワタシタチ ハ ヒノクニ ヘト モドリマス イロイロ ト タスケテ イタダキ アリガトウ」

「またいつかお会い出来る日を楽しみにしておりますぞ。侵略以外であらば、ちきうのヘイアンにて、お待ちしておりまする」

 紳士的な態度で、朱鷺が笑って言った。安孫あそんが辺りをきょろきょろとする。

「いよいよ出立の時と言うに、かみ殿は何処いずこへ消えられたか」

 あれ以来、いつの間にか姿を消した救世主の姿がないことに、火の国の民らも悲痛な思いが湧き上がる。それでも、力強く前を向いた。

「カミサマ ハ ワタシタチ ヲ ミチビク トキ ニ トリ ノ スガタ デ アラワレル カミサマ ハ シナナイ ヒノクニ ニ モドッタ ワタシタチ ヲ キット マタ ミチビイテ クレル」

「ええ。きっとそうなりましょうぞ」

 別れの挨拶が済み、火の国の民らが乗る大戦艦が、ドームの天井へと昇っていく。すっと消え、ドームをすり抜けていく。名残惜しそうな月の民の前に、一羽の鳥が羽ばたいた。黄金に輝く鳥が、大戦艦の後を追っていく。ひらひらと舞い落ちてきた黄金の羽を掴み、満足気な朱鷺が言う。

「おお! 流石は雷鳥、正しく不死鳥よ。火の国で貴殿らが再興するのを、我ら一同、祈願しておりまするぞ。神として、我が民を正しく導きなされ」

 朱鷺が雷鳥の羽を手に、水影みなかげ安孫あそんをぐいっと引き寄せた。

「朱鷺様?」

「しゅ……朱鷺様、如何いかがされたので?」

「いや、我が瑞獣ずいじゅうがそなたらで良かったと思うてな。真、地獄の底より見つけし、最高の仲間ぞ。そなたらと月に来られて良かった」

 主の態度に、恐れ多くも、安孫は心の中がすっと軽くなった。地球にいる父に向け、晴れ晴れとした心持ちで、もうしばし主上と水影殿と月が世を楽しみまする、と報告する。水影も同じ想いでいた。

 二人が主に向かい、「ようございました」と笑った。


 地下牢獄の階段を下って近づいてくる足音に、ハクレイは、ふっと笑った。

「どうやら、宇宙人との戦いに勝利したようだね」

「ええ。すべて私の功績ですよ、ハクレイ元宰相」

「君の功績? 姑息な手段しかしらない君に、平和的に火星人を追い払う手段があるとは思えないんだけどな。ねえ、僕に嘘が通じないことくらい、君も知っているよね、シュレム」

 名前を呼ばれ、一気に無表情となったシュレムが、ハクレイをじっと見下ろす。

「言っておくけど、君は宰相になどなれないよ。僕には視えるもの。君ではなく、僕の息子が宰相として、この月を統治することがね」

「……っふ。息子、だと? 本当に自分の子かも分からないくせに、よく我が子だと言えたものだ。私も言っておくが、お前の裁判を始めないのは、今なおお前を生かす理由があるからだ。裁判が始まれば、お前などすぐに極刑——死刑であの世行きだからな」

 そう言うと、シュレムがハクレイの手首を繋ぐ鎖を、ぐっと引っ張った。

「……っ」

「薄汚いスラム街出身のお前が、宰相にまで登り詰めたことは誉めてやろう。だが、お前が月の宝を隠した張本人だろう? そろそろ吐いてもらおうか。……ミーナ王妃は今どこにいる? なぜ前国王崩御後、ミーナ王妃を僻地へと追放した? そのことに、月の宝の秘密が隠されているのだろう?」

 非道なまでに手首を締め付けるシュレムに、「っふ」とハクレイが笑う。

「僕は月の宝のことなんて知らないよ。でも、本当にあるのだとしたら、それは月ではなく、地球にあるんじゃない? なぜなら、かつて地球に降り立ったミーナ王妃が、月の宝を愛する時の帝に渡していても、おかしくはないからね」

 強気な態度で今なお反抗するハクレイに、シュレムが鎖を手放した。立ち上がり、「興が冷めた」と言って、ハクレイに背を向ける。

「お前を拷問して吐かせることも出来るが、それではつまらぬからな。お前にとって、最高の舞台を用意してやる。それが、お前によって粛清された、我が政友の弔いになるだろう」

 シュレムが階段を上っていく。

「その時、お前の息子だとか言う、あの男の素性も分かるだろう。お前に似ても似つかないセライの本当の父親が誰だか分かった時、お前がどんな顔をするのか楽しみだよ、ハクレイ」

 去り際の捨て台詞に、ぐっとハクレイが鉄格子を掴んだ。


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