第77話 天晴!

 白龍、鳳凰ほうおう、九尾の狐に変化へんげした三人は、それぞれに火をき、強風を巻き起こし、鋭い爪にて、大戦艦を操縦する火の国の指揮官を追い詰めていく。

 その姿を、火の国の民に搬送されながら、救世主は、途切れていく意識の中で見つめていた。大戦艦の尾翼が九尾の狐によって破壊され、爆発、炎上を繰り返していく。その手は、最期を迎えようとする、火の国の民へと伸ばされた。

「……ユルセ ワ ガ コ ヨ……」

 涙が一筋、流れていった。その後、救世主の手は虚しく、力を失っていった。同時に、朱鷺ときらを変化させていた力も消え、元の姿へと戻っていく。

「——はあ。れはちと、疲れまするな」

「ああ。疲労困憊ぞ。一歩たりとも動けぬな」

「戦の方がましと思えるほどに……」

 三人がその場に大の字で寝転ぶ。そこに、顔を覗くセライの笑い顔が現われた。

「せらい殿、我らが勝利か?」

「ええ。我々の大勝利です。裏で手を引くような無血条件も、大きな被害の報告もなく、月も地球も無事。そして、火星の方々も自分たちの星へと帰る。まごうことなき、大勝利ですよ」

「それは天晴あっぱれ! ああ。長かった~!」

 三人が、ぐうっと背を伸ばす。

「ソンソーン!」

 ルクナンに飛び込まれ、「ぐふっ……」と安孫あそんが吐血するも、「ご無事で何よりにございまする」と、無理やりにでも笑う。

「すべて、三条さんの立てた作戦通りでしたか?」

 セライに意地悪く訊ねられるも、「さあ? 最早策など、あってなかったようなものかと」と水影みなかげが涼しい顔で答える。

「朱鷺、無事でよかった」

「ああ。そなたもな。どこも怪我はないか?」

「ええ。強い王女様でしょ?」

「っふ。そうあってもらわねば、ちきうに連れて帰れぬでな」

「え? 地球?」

「独り言ぞ。気にするな」

 朱鷺がルーアンを抱き締め、その温もりに、更なる愛情が湧く。

 火の国の指揮官が乗っていた大戦艦は炎上し、中からは誰も出てこない。最早、助けられる火の勢いではなかった。その様子に、そっと安孫が目を伏せる。その隣に、水影が立った。

「……神は見守る者。無慈悲であってはならぬ。そこに助けを求める者がおれば、手を差し伸べるが、神」

 安孫が救世主に言ったことを、今この場にて、水影が復唱する。

「水影殿?」

『——あいつち!』

 幼い時分に手を差し伸べた、小松しょうまつの姿が蘇る。

「存外近くに、神はおりましたな」

「へ? 何のことで……?」

「その頓馬面とんまづらをお改めあれ、安孫殿。私は頓馬面な貴殿は嫌いですぞ」

「なっ……それがしとて、貴殿のことなどっ……」

 そこまで口にして、安孫が俄かに喉元辺りをさすった。

如何いかがされたのです、安孫殿」

「いや……我が呪いは、末代にまで続くのかと思うと……」

 しゅんとする安孫に、ふっと水影が笑う。

「末代まで続くかは、掛けた張本人にお聞きあれ」

「某に呪いを掛けたは、貴殿にございましょう! まったく、麒麟きりんの指南中にまんちゅうより陰陽道を教わっておられたなど、初耳ですぞ!」

「安孫殿に呪いを掛けたは、私にあらず。貴殿はただ、私に掛けられた呪いの、とばっちりを受けたに過ぎませぬ」

「……は? であらば、貴殿に呪いを掛けたは……」

「貴殿を愛してやまぬ、まんちゅう殿ですな」

「なっ……! あやつめ、何たる呪いをっ……」

 いきり立つ安孫の鼻っ柱を、むぎゅっと水影の扇の先がついた。

「この私が、の事態を想定しておらぬとお思いか? の天才陰陽師・不動院満仲に瑞獣ずいじゅうが一体としての命を与えしあの日より、いつか彼の者より呪いを受けることは、とうに想像しておりましたゆえな。幾度も嫌い嫌いなどと言われれば、こちらとて、警戒するは当然。呪い返しなど、習得して当然にございますれば、然るべき時に、この呪いは彼の者へと返しまする」

「今が然るべき時にございましょう! 水影殿、今がの時に!」

「さあ? 何時いつが然るべき時か……?」

 意地悪く安孫を揶揄う水影の様子に、朱鷺も安堵したように、そっと吐息を漏らした。

(そなたが笑えるようになって良かった。俺とて、一歩間違えれば、そなたに身代わりをさせておったやもしれぬ。俺とて、“視えざる者”となり、そなたの手をけがしておったやもしれぬのだ、水影)

 朱鷺が己の手に目を落とした。ぎゅっと握り、ゆっくりと開く。

「我が身があり、愛する天女がおり、傍に大切な仲間がおるのであれば、それ即ち儲けものぞ。何を恐れる必要がある。この先に待つは、大団円のみぞ」

 そう信じてやまない朱鷺が、大団円となるべき未来のため、大きな一歩を踏んだ。

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