第72話 エルヴァ、走る

 夜もすがら続けられている大戦艦の復旧作業を、衛兵の一人、エルヴァが銃を構え、監視している。秘密裏に火の国との交渉を行ったシュレムの意図は、分かっていた。火の国の脅威にさらされた月を守るべく、身代わりとして地球を売ったのだ。月と地球は兄弟星であり、繰り返されてきた争いの歴史の中では、月上位の考えを持つ者も少なくない。そのような状況の中で、月と地球の交換視察が行われている。元々地球に対して強硬派であったシュレムが、目障りな朱鷺ときらを追放するために、今回の火の国との条件は結ばれたことも容易に想像出来た。

 エルヴァはかつて、他所よそから来た兎である地球人が、月の世界をひっくり返した事実を知っている。冷酷非道な宰相——ハクレイを追い詰め、失脚させ、メイドに落ちたルーアンを第二王女の地位に戻したのも、朱鷺ら地球人の功績あってのことだ。正しく、月の英雄。エルヴァや彼らに関わった者らは、ことごとくそう彼らを表現した。そんな英雄の母星である地球が今、火の国の脅威にさらされようとしている。大戦艦の修理が済み次第、火の国の民らは地球へと出立し、その地を月同様、火の海へと変えようとしているのだ。

 火星人による地球の侵攻まで、残りわずか――。

 エルヴァはゴクリと息を呑むと、意を決し、持ち場から姿を消した。急いで朱鷺らの下へと向かう。風雲急を告げるエルヴァの行動が、地球の運命を大きく変えようとしていた。


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