第61話 不吉な夢
夢の中の
『これ待たぬか、
幼い日の自分を追うように、若かりし父、
「父上っ……!」
夢の中の安孫に気づかず、道久は幼いころの自分——小松を捕まえた。
『こおれ、小松。もう逃がさぬぞ。ほうれ、座学の時間じゃ』
『いやにごじゃいましゅる! しょうまちゅは、弓のけいこがしとうごじゃいましゅる!』
じたばたと暴れる小松に、『だめじゃ。学もしかと身につけなければ、立派な武人になどなれぬのじゃ!』と道久が説得する。そこに、『良いではないですか、小松の好きにさせてあげれば』と、穏やかに笑う、うら若き娘が現われた。
「ははうえっ……」
安孫の目に、突如として涙が浮かんだ。そのうら若き娘こそ、今は亡き、安孫の実母であった。
『うむむ……そなたがそう申すのであらば、仕方ないのう。では小松、父と弓当てにて勝負じゃ。それでそなたが負けたら、大人しゅう座学に励むのじゃぞ』
『はいっ、ちちうえ! えへへ。ありがとうごじゃいましゅ、ははうえ』
可愛らしい小松の手を取り、父母が向こうへと歩いていく。あの時分、まだ父・道久は下級武士で、側室も持たず、弟妹もいない、安穏たる日々。
「父上、母上……
そこで目が覚めた。涙が一筋、零れ落ちていった。安孫はむくりと起き上がると、そこが
「
勢いよく小屋の扉を開けると、すでに朝の照明が辺りを照らし、小動物の姿もあった。そこに、
「遅いではないか、安孫。待ちくたびれたぞ」
「面目次第もありませぬ。
「ああ。そなたが一等、遅かったでな。安孫、そなたが一等、死ぬのが遅かった」
「主上……?」
目の前の朱鷺の口端から血がしたたり落ち、水影やセライも朽ち果てていく。
「なっ……、しゅじょっ……」
ばっと上体を起こした。すべて夢であり、上がる息を整え、周囲を見渡す。そこには、小屋の中で寝息をかく、朱鷺や水影、セライの姿があった。念のため、主の胸に耳を寄せる。その鼓動に、ようやく安堵した。
「左様なことなどせずとも、しかと生きておるわ」
朱鷺が瞼を開け、忌々しく言う。
「ようございました。何分、不吉な夢を見たものにございますれば、ちいとばかし、不安になったのでございまする」
「ほう? 不吉な夢とな?
朱鷺の隣で眠っていた水影が、うっすらと微笑んだ。
「貴殿は、某が死ぬのを、心待ちにしておられるようだが」
「何を仰せになられます。私は貴殿より長く生きとうとは思うておりませぬでなぁ。願わくは、同じ場所、同じ刻限にて、共にあの世へと参りとうございまする」
水影が瞼を開け、安孫を見上げた。
「
最早水影に騙され過ぎて、感涙の思いも湧かない。
「何を申すか、安孫。俺とて、水影と同じ想いぞ。もう二度と、大切なものを失うのは御免だからのう」
「しゅ……、朱鷺さまっ……」
主上と呼びたいところだが、鼻っ柱を叩かれる前に、朱鷺の言葉に感涙の意を見せた。
「お取込み中、失礼します。業務連絡ですが、あの男の姿が見えません」
「というか、どうやってここまで辿り着いたのか、一切の記憶がないのですが。わたくし以外に車の運転が出来る方もいないでしょう。認めたくないですが、どうやらあの男によって、我々は再び窮地を脱したようですよ」
見れば、自分達の怪我の処置も済まされていて、傷跡一つ残っていない。
「これは面妖な……ううむ。ますます敵なのか味方なのか、分からのうなってきた」
四人が青年を取り逃がしたことを後悔していると、小屋の扉が開き、眩い朝の照明が差し込んできた。姿を現した褐色肌の男に、「……え?」と四人の思考が止まる。
「……逃げたのではないのか?」
男は——青年は首を横に振ると、にっこりと笑って、口を開いた。
「ワレハ キュウセイシュ ツキ ヲ マモルタメ オリタッタ」
片言ではあるものの、その言葉の意味は、しっかりと四人に伝わった。パチパチと瞬きを繰り返す四人が、「はああああ?」と驚愕の声を上げた。
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