第60話 雷鳥狩り

 復旧した王宮から、稲光が走る月の森の様子に、三人の王女が朱鷺ときらの無事を祈願する。

 森一帯に、雷鳴が轟く。雷撃に遭い、その爆風から木々に身を隠し、上空の雷鳥目掛けて、朱鷺と水影みなかげの矢が放たれる。

「っち、やはり弓矢では、あの距離は届かぬか。安孫あそんっ……」

「御意!」

 狩猟用の銃をさっと構え、雷鳥目掛けて引き金を引く。

「ぐうっ……」

 一発目は命中せず。ドベルト銃とは段違いの威力にも、安孫はどうにか堪え、次こそはと、二発目を撃った。ひょいと雷鳥が避ける。

「闇雲に撃っていても弾の無駄ですよ、春日さん! ちゃんと雷鳥の急所を狙ってください!」

 木の幹に隠れ、セライが指示を飛ばす。自らも雷鳥の気を引き付けるため、ドベルト銃で攻撃する。小賢しい攻撃に、雷鳥がセライ目掛けて雷撃を飛ばした。セライが身を隠す木から逃げるも、爆風により折れた枝が背中に直撃する。

「がはっ……」

「せらい殿っ……」

 慌てて駆け寄ろうとした安孫に、瞳孔が開いたセライが言い放つ。

「俺のことは気にするな! お前は雷鳥を仕留めろ!」

 いつもとは違う物言いのセライに奮起され、安孫が次こそはっ……と銃を構える。三発目——ようやく雷鳥の脇腹当たりを掠めたが、更なる怒りを買った様子で、安孫に電撃が飛ぶ。間一髪避けるも、流血する体では、狩猟用の大きな銃を構える力が抜けていく。

「くそうっ、それがしは、春日八幡神の庇護を受けし、日の本一の武人であるはずっ……! それが斯様かようなことで、主上しゅじょうの力に、なれぬとはっ……」

 ポタポタと血がしたたり落ちていく。瀕死の安孫に、雷鳥が近づいていく。

「春日さんっ……」

 セライもまた重症を負い、ドベルト銃を構える力も残っていない。ぜえぜえと虫の息である安孫の近距離から、昨晩同様、雷鳥がくちばしを開け、大戦艦を蹴散らした光を集めていく。

「よもや、これまでか……」

 安孫が深く目を瞑った。

「父上……」

「——まぶたを開けよ、安孫。そなたは我が瑞獣ずいじゅう、九尾の狐ぞ」

 そう声がしたかと思うと、雷鳥が雄叫びに似た悲鳴を上げた。見ると、その背後に矢を放った主が、弓を構え、不敵に笑っていた。

 背中を矢で射抜かれ、ぎゃあぎゃあと雷鳥が上空へと逃げていく。

「ああっ……今が好機であるのにっ……」

「なあに。我が瑞獣は、一人に在らぬであろう? ——水影」

 朱鷺のしたり顔に、「御意」と木の枝に登り、じっと好機を探っていた水影が矢を構える。

「ちきうが文明において、我らが貴殿に一泡を吹かせてしんぜよう。お覚悟召され」

 待ち伏せていた水影の矢に射貫かれ、ついに雷鳥が地に落ちていった。

 どさっと雷鳥が地に落ち、辺りがその血で溢れていく。

「雷鳥……昨晩は我らを救うてくれたのに、何故なにゆえ今日、我らにあだなした? 本意か? それとも……」

 朱鷺の言葉の前で、雷鳥がまばゆい光に包まれたかと思うと、その姿が青年のものへと変わっていった。 

「はて。雷鳥がの御仁なのか、はたまた彼の御仁ごじんが雷鳥なのか」

「彼の特別な白兎同様、興味が尽きませぬなぁ」

 宰相との戦いの中で切り札となった白兎。ミーナ王妃があの白兎なのか、それとも白兎がミーナ王妃なのか、その謎は未だ解けていない。

「して、殺めてはおらぬであろうのう、水影」

「無論にございますれば。彼の者を殺めては、うちゅうじんとはやり合えませぬでなぁ。ああされど、どこかの御仁は、急所を狙うよう、安孫殿に指示されておいででしたが」

 うっとセライが視線を外した。

「ま、まあ、良いではありませぬか。こうして命長らえたのですから」

 無理して笑う安孫に励まされ、ううんとセライが咳払いした。

「ひとまず、この男をどこかへと、連行しなければなりませんね」

「おや? 王宮で宜しいのでは?」

 水影が当然のように言った。

「まさか! 得体のしれない生命体を、王族がいらっしゃる王宮になど、置いておかれませんよ。どんな危険生物かも、分かりませんから」

 セライもまた、意識が飛びそうになりながらも、気丈に言う。

「……ならば、かつてえるば殿、反乱者が隠れ家としておった、彼の場所で良いのではないか?」

「わかりました。ではそこに連れていきましょう」

 どうにか四人は青年を車まで運び、セライの運転で、かつての反乱者の隠れ家へと向かった。そのうち、元より瀕死の状態にあった安孫の意識が飛び、朱鷺、水影と反応を見せなくなった。そうして終いには、運転手であったセライもまた、怪我の影響甚はなはだしく、その場に気絶したのである。

 停まった車の中で、一人瞼を開けた男。むくりと上体を起こし、そっと口角を上げた。


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