第57話 真夜中の襲撃

 就寝間近を襲った爆発。衛兵や官吏かんりが招集され、爆撃を受けた庭園に朱鷺ときが現われた。すでに水影みなかげ安孫あそんもおり、三人が事の次第を伺う。

「被害が甚大じんだい過ぎまするな」

 水影が顔をしかめ、荒れ果てた庭園に、ぐっと奥歯を噛み締める。

「よもや、あの御仁ごじんの逃走劇ではあるまいな」

「あの御仁とは……」

 呆けている安孫の隣から、「いいえ、父ではありませんよ」とセライが顔を出した。

「せらい殿っ! これは一体……」

「詳細はまだ分かっておりません。ですが、何者かの襲撃を受けているのは確かです」

「何者かとな? またもや反乱者の仕業か?」

「いえ、父ハクレイが投獄された今、反乱を企てる者などいないでしょう」

「であらば、の敵襲は……」

 庭園の四人の頭上に、突如として轟音と共に大戦艦が現れた。

「なっ……! 斯様かようなことが、うつつとしてあるのかっ……」

「か、かっこいい……」

 安孫の空気を読まない発言に、「何を仰せになられる?」と、水影が呆れた表情で言った。

「ち、ちごう! これもすべて貴殿が呪いのせいですぞ!」

 心とは裏腹の言葉が出る呪いを掛けられた安孫に、「今は言い争っておる場合にあらぬぞ」と朱鷺が釘を刺す。

「されど、れは危機的状況よ。最早他所から来た兎に、どうこう出来る話にあらず」

 幾つもの大戦艦が、次々と月の都を襲撃していく。朱鷺ら目の前に現れたそれも、戦艦の先一点に光を集めていく。

「よもや、此処ここまでか」

 覚悟を決めた朱鷺らと戦艦の間に、突如として一人の青年が、ゆっくりと天から降り立った。意識があるのかないのか、男は目を瞑り、戦艦の先、今にも襲撃されそうな近距離から、光に向かって手をかざす。

「誰ぞ、あの男は」

「一体どこから……?」

 セライが月の都を囲むドームを見上げても、そこに亀裂は見られない。大戦艦も青年も、一体どこから現れたのか。

 長い白髪を一つに束ねた褐色肌の青年が、ゆっくりと瞼を開けた。朱色の瞳。その直後、人型であった青年の姿形が、異形いぎょう——翼を大きく広げ、黄金に輝く、鳥のような生き物——に変化した。

「あれは……雷鳥か?」

「らいちょう……?」

 朱鷺の見立てに、安孫の視線が水影に向く。その脇差に、帝の瑞獣ずいじゅうの証——鳳凰ほうおう紋が刻まれている。

「ほう? 雷鳥殿が我らをお救いくださるか」

 水影の言葉通り、異形がくちばしを開き、そこから雷のような電撃が放たれた。戦艦を直撃し、異形が次々と他の戦艦を襲っていく。あっという間に蹴散らされ、月の都を襲った大戦艦は、黎明の照明へと切り替わるころには、露と消えるように、どこかへと退散していった。

此度こたびの救世主は、彼の雷鳥殿よのう」

 何も出来なかった朱鷺が、朝の照明を背に受ける異形に、称賛の拍手を送った。

「されど、昨晩の敵襲……の者らは一体どこから現れたのか? 月が民か、それもと……」

「——宇宙人」

「うちゅうじん?」

 突如として上がったセライの言葉を、水影が復唱する。庭園の瓦礫や割れたガラスを片付けるセライに、三人の視線が向いた。「ふむ」と、朱鷺が顎に手を寄せ、言った。

「うちゅうじんとは、あの宙飛ぶ巨船のことを、操っておった者ですかな?」

「ええ。今の月にあのような宙飛ぶ大戦艦を開発する技術はありませんからね。我が月よりも更なる文明力を持つ者——恐らくは、他所の星から来た、宇宙人の襲来でしょう」 

「他所の星……」

 安孫がドームを照らす照明を見上げた。今は明るく、夜空に輝く星々の姿は見えないが、幼いころに父——道久みちひさと見上げたその景色が、不意によみがえった。あの頃はまだ下級武士の父ではあったが、その胸に秘めた希望は、幼い安孫に憧れなるものを抱かせた。

「父上……」

「それにしても、美しき王宮が、斯様かような有様になろうとはな」

 朱鷺の言葉にはっとして、安孫は現実に引き戻された。窓ガラスが割れ、半壊状態にある王宮を見上げ、

「るくなん王女殿下や、他の王族の方々は、ご無事にありましょうか?」と、ゴクリと息を呑む。

「ええ。問題ないですわ」

 衛兵に守られながら、エトリア王妃以下三人の王女が姿を現した。四人とも衛兵に守られ、安全な場所で一夜を過ごしていた。

「ソンソン!」

 ルクナンに飛び込まれ、「ご無事で何よりにございまする」と安孫が、そっと胸を撫で下ろした。

「大事ないか、天女中てんじょちゅう

「ええ。エルヴァが、しっかりと守ってくれたわ」

「左様か。感謝申し上げる、えるば殿」

 朱鷺に微笑まれ、「おうよ」とエルヴァも笑った。

「して、月が都の状況は、如何いかばかりにございましょうや?」

 水影があちらこちらから上がる黒煙に、ぐっと顔を顰めた。

「我々王族特務課は、王宮内の復旧を第一に、王族の皆様方の安全を確保せねばなりません。エルヴァ達衛兵もまた同じです。なので、至急王宮外の状況を確認するためにも、貴方方に町の様子を窺って来ていただきたいのですが、よろしいですか?」

 セライからの要請に、「御意」と朱鷺ら三人が頷いた。宙を駆ける異形が、遠い地へと飛び去って行く。

「さてさて、の雷鳥殿は、我らが味方か、はたまた敵か……」

 朱鷺の見つめる先に、異形——雷鳥の黄金に輝く羽が、ひらひらと落ちていった。


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