第58話 「地球産の万能薬」再び!

 三人は動きやすい狩装束かりしょうぞくに着替えると、町の状況を確認していった。建物が崩れ、家々が壊され、大戦艦から受けた攻撃で、そこに住む人々は怪我を負い、死傷者の数は、予想を遥かに上回っていた。

斯様かような有様、えるば殿ら反乱者のてろ行為の時分とは、比べるに値せぬな。かんばしゅうない状況よ」

「左様にございまするな。すぐに怪我人の手当を致しまする。安孫あそん殿、重症者からお運びくだされ」

 水影みなかげに促されるも、黙ったままでいる安孫に、「安孫?」と朱鷺ときが声を掛ける。それでも何の反応も見せない安孫に、「おいこら」と、どすの利いた声で、水影がその胸元を掴んだ。

「はっ……それがし、一体何を……? うだ、怪我人の手当でしたな!」

 我に返った安孫が、急いで重症人の下へと駆けて行った。その背中をじっと目で追う水影に、「如何いかがしたのであろうのう、安孫の奴は」と朱鷺が訊く。

おおよそ、ホームシック、なのでございましょう?」

「ほーむしっく、とな? そなた、一段とこちらが世の言葉を習得しておるようだが……、よもや、安孫に掛けたとかいう呪い、そのほーむしっくとやらが、原因か?」

「ふっ……、何となし、にございますれば」

「まあたれか。真、そなたは安孫を一等好いておるのだなぁ?」

「左様にございまする。其れこそ、このうちゅうとやらの、一等にございますれば」

「ふっ、何処どこかの亀が聞いたら、嫉妬で其の身を喰われそうだわ」

 朱鷺に冷やかされ、「怖や怖や」と、水影も冗談を言った。

 

 安孫が重症人を運び、朱鷺と水影が次々と治療していく。そこに、大方王宮内の復旧を終えたエルヴァら衛兵らも応援に駆けつけ、何とか怪我人の手当に終わりが見えてきた。そうしてすべてが片付いた後、朱鷺らは、ようやく一息つけた。

「ようやっと怪我人の手当が済んだのう。朝から何も食べてはおらぬゆえ、腹が減ってならぬ」

「おうあんちゃん、お疲れのようだねい」

 そこに姿を現したのは、ボロボロの作業服姿の中年男。羽衣商売で財を成した、下町の仕立て屋社長。昨晩の襲撃でケガをし、腕に包帯を巻いている。

「おお、れは此れは、しゃちょう殿ではありませぬか。お怪我の具合は如何様いかようにございましょうや?」

「なあに。日頃から食っているコレのお陰で、骨折せずに済んだんでねぇ。かすり傷程度さね」

 社長が手に持っていた小壺を、そっと朱鷺に差し出した。

「おお! それは我が故郷の梅干しですなぁ! いやぁ、懐かしゅう!」

 それは、羽衣装束三十着の工程代と引き換えに渡した、ヘイアンより持参した薬。

「あれから梅の木は、芽を出しましたかな?」

「少しずつな。それよりも、疲れてるんだろう? アンタらもこいつを食って、英気を養ってくれ。それから、怪我人にもコイツを食わせてやってくれ」

「ありがたき、お恵み」

 そう言って、朱鷺が梅干しを一つ口に運んだ。

「ふうう。懐かしゅう酸味。されど、疲れは飛びまするな」

 安孫や水影、衛兵らも口にし、それを怪我人にも渡していく。

「なぁに。この『地球産の万能薬』の効能を分からせ、新たな商売で儲けようという腹さね」

「流石は商売人! 危機的状況にいても、金儲けに勤しむとは……天晴あっぱれですぞ!」

 嫌味ではなく、清々しい表情で朱鷺が言った。

「とまぁ、冗談はここまでにして。……宇宙人なんざ、本当にいるんだねい」

「ああ。SFの世界だけだと思っていたが」

 エルヴァも神妙な面持ちで言う。

「されど、月が世に於いて、壊滅寸でのところまで追いやられた今、如何いかにして、うちゅうじんとやらを追い払うか……」

 朱鷺が水影に視線を送る。

「……肝となるは、昨晩我らの前に現れし、一人の御仁ごじん。其の御仁こそが、の雷鳥に変化したのでございまするからな」

「あの御仁、何者にございましょうや?」

 安孫が腕を組んで、うーんと考察する構えを見せる。

「さっぱり分からぬ!」

 そう言って「がはは!」と豪快に笑った安孫が、ずーんと落ち込んだ。

ちごうのです……すべては、我が真意とするところにあらず……」

「どうしたんだい、あんちゃん。こんな男だったか?」

「放っておいてくだされ、社長殿。ただの巨漢が、呪いに抗っておるだけゆえ」

「貴殿のせいですぞ、水影どのおおおお!」

 夕暮れの照明下、安孫の悲痛の叫びがこだました。


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