第53話 天女中

 ルーアンは僻地に追放された母、ミーナ王妃の行方を探すが、依然としてその居場所は掴めなかった。拘留中のハクレイも、その行方については、「分からない」の一点張りだった。

「なに、焦ることはない。遠くを探して見つからねば、存外、すぐ傍におられるやもしれぬしな」

 庭園で紅茶を飲む朱鷺ときが、走り回る白兎を見て笑った。水影みなかげ安孫あそんも、羽衣装束を着るルクナンのお茶会に招かれ、ヘイアン装束で紅茶を飲んでいる。そこに、羽衣装束に身を包む、エトリアとスザリノが現れた。二人が朱鷺の両隣に座った。

「おお! ようやく我が想いが通じたか!」

 二人の天女を侍らせ、朱鷺が至福の表情を浮かべる。

「思い描いた酒池肉林それとはちごうが、れはれで良いのう!」

 惚ける朱鷺に、ぷいっとルーアンが顔を背けた。シルクドレス姿の自分に、そっと後悔の表情を浮かべる。

「ほう! そのお顔、如何様いかようなお気持ちで?」

 目を輝かせながら、水影が巻物と筆を持つ。

「水影殿! 女人の御心は複雑にございますれば!」

「チェリーボーイが何を申される?」

「ちぇ、……え?」

 完全に横文字にも慣れた水影との文化格差に、置いてけぼりの安孫。両手に花の中、朱鷺がルーアンを見上げた。

「我らはもう暫し、こちらが世で文化交流を致すことに決めましたぞ。その間、我らが世話をしてもらう女中が欲しいのですが、何方どなたか心当たりはございませぬかな、るうあん王女殿下?」

 ルーアンは頬を赤く染めながら視線を外すと、「ま、まあ、アンタ達の世話なんて、私くらいしか出来ないでしょ……!」と、赤いシルクドレスをぎゅっと握った。

「良う申した! そなたには褒美をくれてやろう!」

「へ……?」

 朱鷺の唇が、ルーアンの顔にそっと近づいた。俄かに鼓動が跳ね上がり、ルーアンは口づけの仕草を取るも、――「水影」

「ひゃあああ! なんでよ……!」

 朱鷺に脇腹をくすぐられた。予想していた展開とは異なることに、ルーアンは声を荒げた。

「ほれ、さっさと羽衣装束に着替えて参れ。そなたは、俺の天女中ぞ」

 朱鷺は、酒池肉林の他に、新たな目的をその腹に宿らせていた。それは、月での交換視察のついでに、最愛の女であり王であり女である天女中を、妃として地球へと連れ帰る――という目的だった。


 第一章「天女中の凱旋」 完

 第二章「火の国の襲来」へと続く。


 地球の存亡を賭けて、月と火星の戦が始まる——。

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