第二章「火の国の襲来」
第54話 罰と呪い
地球の交換視察団として月に降り立ち、一年が過ぎた。
「——いやぁ、流石はすざりの王女。その香も実に芳しくいらっしゃる」
朱鷺は第三王女スザリノの自室でアフターヌーンティーを楽しんでいる最中で、スザリノも「ありがとうございます、朱鷺殿」と微笑んでいる。
「香も良いですが、その衣装……羽衣装束も良うお似合いにございますよ。ああされど、本来の羽衣装束の正しき着方、
スザリノの羽衣装束の胸元に、朱鷺の手が延ばされた直後、バシッと朱鷺が頭を叩かれた。
「っつぅ……!」
「何をされていらっしゃるのです? 都造さん」
笑顔を向けるも、背中からゴオオオ!と怒りのオーラを出すセライに、「貴殿は相も変わらずっ……」と、朱鷺もまた怒りを募らせていく。
「いやぁ、スーツ姿でいらっしゃったので、実に叩きやすかったですよ? 都造さん」
ヘイアン装束であれば冠をつけていたため、ここまでコケにされることもなかったであろうが、スザリノとのアフターヌーンティーのため、格好つけようとしたのが裏目に出た。
「貴殿は相も変わらず、男のろまんの共有に欠ける
「
「おお恐ろしいっ。ご自分はその恋人のあられもない御姿を、一人堪能されておいでだと言うに。我が国の神は、
「ふっ。地球の神に許していただけなくとも結構。わたくしは……俺はスザリノさえいれば良いからな」
「セライっ……! 朱鷺殿の前で恥ずかしいですわ!」
スザリノが紅潮し、その顔を隠した。王族特務課の課長としてではなく、一人の男としてそう宣言したセライに、「左様ですか」と、朱鷺は友の幸せを人知れず喜んだ。
「ところで、ルーアン殿下の御姿が見えないようですが。あの方は本日、貴方と昼食会に出られていたのですよね?」
「……
急に白けた様子の朱鷺に、「まーた喧嘩されたのですか?」と、セライの冷ややかな眼差しが向けられる。
「悪いのは彼の分からず屋にございますれば!」
「あらあら朱鷺殿、そのようにムキになられて……ルーアン様と朱鷺殿は恋仲でいらっしゃるのでしょう? それこそ先日のルナフェスで、特別な贈り物をされたと伺いましたよ?」
「左様なこと、存じ上げませぬ。
クシュン——。王立図書館にて一人読み物をしていた
「
「よもやあの巨漢が私の噂を……? 許すまじ、春日安孫。末代まで呪い続けてしんぜよう」
完全なるとばっちりを受けているとは露にも思わず、安孫はルクナンと共に、庭園の兎らと戯れている。
「ほらソンソン! そちらに行きましたわ!」
ルクナンが指さす茶色の兎が、安孫の股下を、ぴょんぴょんと飛び跳ねていった。
「ははは。真、小さき生き物は可愛らしいですなぁ!」
「あらソンソン、兎以上に、ルーナの方が可愛らしくてよ?」
「え? ええ。左様に、ございまするなぁ」
小さな王女からの好意に、安孫も照れ臭く笑う。
「——ほう? 小さき者が、左様に可愛らしゅう思われまするか」
唐突に背後から声がして、驚いたように安孫が振り返った。
「み、みなかげ殿っ……い、いや、
「ロリコンは黙っておられよ!」
「みなまで言わずともっ……」
「お黙りあれ、安孫殿。
「いえその……るくなん王女殿下の前で、左様なことを口に出さないでいただきたく……」
「誰もルクナン王女殿下がことを話してはおりませぬ。私は小さき者とだけ申したはず」
「へ? であらば、
ぽっと水影の頬が赤く染まった。
「え? もしや水影殿……?」
水影と安孫では、頭二つ分、水影の方が小さい。
「あら、ついに告白なさるのかしら。けれども、このルーナ以上にソンソンを愛している存在もおりませんわー?」
声高らかに上から目線のルクナンに、ふっと水影が笑った。
「すでにこの者には、思いの
「ああ、昨年の
どっと疲れてきた安孫が、あの時の水影の告白を思い出した。すっかり驚かされたが、あれのお陰で吃逆が止まったのも事実だ。すぐに真意ではないと否定されたが。
「それに私には、この者との幼馴染というステータスもあるのですよ、ルクナン王女殿下。幼き頃よりの間柄、あーんなことや、こーんなことがありましたなぁ、安孫殿」
「貴殿は常に某を無き者と視ておられたように感ぜられましたが……」
安孫には、水影とのあんなことやこんなことの記憶などなかった。あるとすれば、三条家に遊びに行った際に、双六盤上で唐突にキレられた記憶である。
「否! あれはただのツンデレにございまする! ルーアン王女と同じにございますれば」
つーんとそっぽを向く水影に、「貴殿には、つんしか見受けられませぬ」と安孫が言う。
「もう結構ですわ。つまるところ、貴方もまたソンソンを愛している、そういうことですわね、カゲ」
安孫人形をぎゅっと抱きしめ、ルクナンが強気に笑う。
「……左様。然るに、その巨漢をお返し願えますかな、ルクナン王女殿下」
「水影殿……」
「今すぐに末代まで呪う儀式をせねば、私の気が済みませぬでなぁ」
「何とっ? 水影殿?」
水影が安孫のヘイアン装束の袖を掴み、ずんずんと図書館へと
「み、みなかげ殿っ? 末代まで呪うとは、某が貴殿に何をしたとっ……」
「
「嘲笑う? 某がいつ貴殿を嘲笑うたか! 理不尽にございまする、水影どのおおお」
図書館の中へと消えていった二人の公達に、「本当、こじらせていますわねぇ」とルクナンが一人、余裕の笑みを浮かべて、紅茶を飲んだ。
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