第二章「火の国の襲来」

第54話 罰と呪い

 地球の交換視察団として月に降り立ち、一年が過ぎた。朱鷺ときらヘイアンよりの公達は、それぞれに異文化交流を学び、愉しみ、自らの糧とし、その見聞を深めていた。その中でも並々ならぬ情熱を注ぐ、一人の公達。自らを都造みやこのつくりこ朱鷺と名乗り、月の天女との酒池肉林に興ずるという最大の目的を遂げるべく、本来の帝という地位は周囲に伏せ、今日も今日とて美女の選定に勤しんでいる。

「——いやぁ、流石はすざりの王女。その香も実に芳しくいらっしゃる」

 朱鷺は第三王女スザリノの自室でアフターヌーンティーを楽しんでいる最中で、スザリノも「ありがとうございます、朱鷺殿」と微笑んでいる。

「香も良いですが、その衣装……羽衣装束も良うお似合いにございますよ。ああされど、本来の羽衣装束の正しき着方、うておられるか如何どうか、私が確かめることと——」

 スザリノの羽衣装束の胸元に、朱鷺の手が延ばされた直後、バシッと朱鷺が頭を叩かれた。

「っつぅ……!」

「何をされていらっしゃるのです? 都造さん」

 笑顔を向けるも、背中からゴオオオ!と怒りのオーラを出すセライに、「貴殿は相も変わらずっ……」と、朱鷺もまた怒りを募らせていく。

「いやぁ、スーツ姿でいらっしゃったので、実に叩きやすかったですよ? 都造さん」

 ヘイアン装束であれば冠をつけていたため、ここまでコケにされることもなかったであろうが、スザリノとのアフターヌーンティーのため、格好つけようとしたのが裏目に出た。

「貴殿は相も変わらず、男のろまんの共有に欠ける御仁ごじんよ。その非道さ、今に神仏の罰が下りまするぞ」

生憎あいにく、神は信じていないタチなのでね。それに罰が下るのならば、人の恋人に手を出そうとした不届き者にこそ、最大の天罰が下るのではないですか?」

「おお恐ろしいっ。ご自分はその恋人のあられもない御姿を、一人堪能されておいでだと言うに。我が国の神は、色欲不愛想大仁しきよくぶあいそうだいじんを絶許! にございますよ、せらいかちょう殿?」

「ふっ。地球の神に許していただけなくとも結構。わたくしは……俺はスザリノさえいれば良いからな」

「セライっ……! 朱鷺殿の前で恥ずかしいですわ!」

 スザリノが紅潮し、その顔を隠した。王族特務課の課長としてではなく、一人の男としてそう宣言したセライに、「左様ですか」と、朱鷺は友の幸せを人知れず喜んだ。

「ところで、ルーアン殿下の御姿が見えないようですが。あの方は本日、貴方と昼食会に出られていたのですよね?」

「……の王女の名は、口に出さないでいただきたい」

 急に白けた様子の朱鷺に、「まーた喧嘩されたのですか?」と、セライの冷ややかな眼差しが向けられる。

「悪いのは彼の分からず屋にございますれば!」

「あらあら朱鷺殿、そのようにムキになられて……ルーアン様と朱鷺殿は恋仲でいらっしゃるのでしょう? それこそ先日のルナフェスで、特別な贈り物をされたと伺いましたよ?」

「左様なこと、存じ上げませぬ。おおよそ、何者かが吹聴したのでございましょう?」

 クシュン——。王立図書館にて一人読み物をしていた水影みなかげが、くしゃみをした。

何方どなたかが私の噂でもしておられるのか?」

 硝子がらす張りの窓の外を見ると、楽しそうに笑う安孫あそんが、第四王女のルクナンと紅茶を嗜んでいる。

「よもやあの巨漢が私の噂を……? 許すまじ、春日安孫。末代まで呪い続けてしんぜよう」

 完全なるとばっちりを受けているとは露にも思わず、安孫はルクナンと共に、庭園の兎らと戯れている。

「ほらソンソン! そちらに行きましたわ!」

 ルクナンが指さす茶色の兎が、安孫の股下を、ぴょんぴょんと飛び跳ねていった。

「ははは。真、小さき生き物は可愛らしいですなぁ!」

「あらソンソン、兎以上に、ルーナの方が可愛らしくてよ?」

「え? ええ。左様に、ございまするなぁ」

 小さな王女からの好意に、安孫も照れ臭く笑う。

「——ほう? 小さき者が、左様に可愛らしゅう思われまするか」

 唐突に背後から声がして、驚いたように安孫が振り返った。

「み、みなかげ殿っ……い、いや、それがしに、ろ、ろり、ろりこ……のいわれは——」

「ロリコンは黙っておられよ!」

「みなまで言わずともっ……」

「お黙りあれ、安孫殿。年端としはもいかぬ姫子との結婚など、あちらが世では珍しゅうことでもありませぬでしょう。その性癖、恥じることなどございませぬ」

「いえその……るくなん王女殿下の前で、左様なことを口に出さないでいただきたく……」

「誰もルクナン王女殿下がことを話してはおりませぬ。私は小さき者とだけ申したはず」

「へ? であらば、何方どなたのことを……?」

 ぽっと水影の頬が赤く染まった。

「え? もしや水影殿……?」

 水影と安孫では、頭二つ分、水影の方が小さい。

「あら、ついに告白なさるのかしら。けれども、このルーナ以上にソンソンを愛している存在もおりませんわー?」

 声高らかに上から目線のルクナンに、ふっと水影が笑った。

「すでにこの者には、思いのたけをぶつけておりますでなぁ?」

「ああ、昨年の吃逆しゃっくり騒動の折……」

 どっと疲れてきた安孫が、あの時の水影の告白を思い出した。すっかり驚かされたが、あれのお陰で吃逆が止まったのも事実だ。すぐに真意ではないと否定されたが。

「それに私には、この者との幼馴染というステータスもあるのですよ、ルクナン王女殿下。幼き頃よりの間柄、あーんなことや、こーんなことがありましたなぁ、安孫殿」

「貴殿は常に某を無き者と視ておられたように感ぜられましたが……」

 安孫には、水影とのあんなことやこんなことの記憶などなかった。あるとすれば、三条家に遊びに行った際に、双六盤上で唐突にキレられた記憶である。

「否! あれはただのツンデレにございまする! ルーアン王女と同じにございますれば」

 つーんとそっぽを向く水影に、「貴殿には、つんしか見受けられませぬ」と安孫が言う。

「もう結構ですわ。つまるところ、貴方もまたソンソンを愛している、そういうことですわね、カゲ」

 安孫人形をぎゅっと抱きしめ、ルクナンが強気に笑う。

「……左様。然るに、その巨漢をお返し願えますかな、ルクナン王女殿下」

「水影殿……」

「今すぐに末代まで呪う儀式をせねば、私の気が済みませぬでなぁ」

「何とっ? 水影殿?」

 水影が安孫のヘイアン装束の袖を掴み、ずんずんと図書館へときびすを返していく。

「み、みなかげ殿っ? 末代まで呪うとは、某が貴殿に何をしたとっ……」

うるそうございます。私を嘲笑あざわろうた罪、しかと償っていただかねばっ……」

「嘲笑う? 某がいつ貴殿を嘲笑うたか! 理不尽にございまする、水影どのおおお」

 図書館の中へと消えていった二人の公達に、「本当、こじらせていますわねぇ」とルクナンが一人、余裕の笑みを浮かべて、紅茶を飲んだ。


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