第42話 月が地球の上にある理由
『――良いか、
『心得ておりまする、父上』
縁側、父の前で頭を垂れた安孫の肩に、出家前の道久が手を乗せた。
『そなたはわしの自慢の嫡男ぞ。そなたが月が世に於いても、主上の
『は』
偉大なる父に期待され、誇らしく思う。
『……じゃが、万一月が世に於いて、主上に徳なきと判断した折は、そなたが九尾の狐としての務めを果たせ』
思わず目を丸めて、立ち上がった父を見上げた。望月の宵、月見酒をぐいっと飲み干す父が、思惑宜しく笑った。
『九尾の狐は護り神ではあるが、同時に、徳なき君主には牙を剥くとされておる。良いな、安孫。わしは、君主に牙を剥くそなたを信じておるぞ』
「――春日さん? 大丈夫ですか?」
セライに顔を覗かれ、安孫は慌てて目を擦った。
「申し訳ございませぬ。昨夜あまり寝付けず、
「そうですか……地球との交信の件は周波数を調整して、しっかりと交信出来るようになれば、またお声を掛けますよ」
「かたじけのうございます」
「いえ、友人として、当然のことですから」
セライに微笑まれ、安孫も思い出した父との会話を払拭するように微笑んだ。
自室へと戻った安孫は、懐の中で眠る白兎に癒された。寝所に兎を寝かせた。太刀をテーブルに置き、自分もまたひと眠りしようとした瞬間、何者かに薬を嗅がされ、そのまま気を失った。
目が覚めた安孫の前に、微笑みを浮かべるハクレイの姿があった。
「宰相殿……?」
椅子に座らされていた安孫が慌てて立ち上がった。が、薬の影響か、その体がふらつき、安孫はハクレイの座る執務席に倒れ込んだ。
「やあ、安孫君。僕の息子のお友達になってくれたんだってね。あの子、昔からスザリノ王女以外のことには興味を示さないから、友人なんて、ずっといなかったんだけど、君みたいな芯の強そうな子が友人になってくれて、父として嬉しく思うよ」
「……
警戒心を前面に出し、安孫が息を呑む。
「いやね、昨夜の件については、僕も反省しているんだよ。この国の宰相として、あるまじき言動だったとね。だから
そう言って、ハクレイは執務席の上にドベルト銃を置いた。セライと同じ物に安孫の目が見開く。
「望みは自力で叶えるものだと、朱鷺君は言っていたね。時に援者も必要だとも言った。ならば、僕が君の望みを叶えるお手伝いをしてあげる。両星間の平和を守り、安穏の日々を送る為には、これが必要になる時が必ず訪れるよ。当然、この銃の引き金を引くのは、君だ。望みは、自力で叶えるものだろう?」
ゴクリと安孫は唾を飲み込んだ。銃を前に、手が震える。
「ずっとこれに触りたかったんだよね? 地球にはまだない武器だもの。武将としては憧れるよね。君も、この銃の威力は十分分かっただろう? これで人を殺すのは一瞬だよ? あっという間に片が付く」
躊躇いながらも、安孫は、ゆっくりと銃に触れた。あの見合いの席で構えた時よりも、ずっと重く感じられた。それに慄き、慌てて銃を捨てた。
「あやや、怖気づいちゃった? でも本当に怖いのは、月から地球への攻撃だよ? ねえ、安孫君。どうして月は地球の上にあるんだと思う? どうして君達地球人は、月を不吉と恐れているんだろうね?」
笑みを浮かべるハクレイが、ガタガタと震える安孫の耳元で、囁いた。
「それはね、月は常に地球を監視し、いつでも滅ぼせる力を持っているからだよ」
血の気が引いた安孫に、ハクレイはドベルト銃を握らせた。
「もしも君の主が暴走し、月との関係を壊すようなことがあれば、容赦なく地球を滅ぼすよ? ……分かるよね、安孫君。主の暴走を止め、地球を守る為に臣下がすべきこと。これが一番有効な手段だよ?」
呆然とするも、やがて小さく頷いた安孫に、「良い子だね、安孫君」と、ハクレイが思惑宜しく笑った。
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