第41話 金字塔
「流石に通告令を兎に食わせんとしたは、やり過ぎかと……」
朱鷺の自室で、
「なにを! あれ程の威勢がなければ、宣戦布告にはなりますまい!」
「でも本当にあれで良かったのかしら? 私のせいで、お母様にもしものことがあったら……」
「なに、天女中よ。そなたの母御も、必ずや俺が救い出してみせよう。何せ、そなたの母御こそが、俺が理想とした羽衣伝説の天女であられたゆえな」
「お母様が、天女……」
「左様。その天女とかつての帝の子、それがかあや王女であろう?」
「姉様……そうね。だから地球に追放されたのよね。心配だわ。カーヤ姉様は昔から体が弱いから、あっちでもしものことがあったら……」
「不安の種が尽きませぬな」と、筆を止めて水影が言った。
「確かに。あちらが世の情勢も気掛かりであるな」
朱鷺の発言に、腹の底に父の期待を隠す安孫が目を伏せた。
「では再度、あちらが世と交信出来ぬか、明朝、せらい殿に
「ああ。頼むぞ、水影」
一夜明け、水影が中央管理棟へと向かう途中に、安孫が待ち伏せていた。
「
「いえ、せらい殿の下には、
目を伏せる安孫を、水影がじっと見上げる。ヘイアン装束の懐から顔を出す白兎が、いつにも増して水影に威嚇する。
「……左様ですか。では安孫殿に御託し致しまする」
「は……」
水影が一礼し、自室へと帰っていく。目を伏せたままの安孫に、水影が立ち止まった。背を向けたまま、口を開く。
「貴殿は、
はっと安孫が顔を上げた。
「……主上は、徳なき御方にはございませぬぞ?」
そう言って、水影は自室へと帰っていった。安孫は太刀の鞘に目を向けた。そこには瑞獣である証――九尾の狐紋が刻まれている。昨夜、殆ど眠れなかった安孫は、目頭を押さえると、主の希望を叶える為、急ぎセライの下へと向かった。
「――再度、地球との交信をですか?」
「左様にございます。我が主たっての願いにございまして」
「はあ。呑気なものですね。こっちは父を宥めるのに苦労していると言うのに」
「申し訳ございませぬっ」
安孫が深く頭を下げた。ぐっと目を瞑って、セライの言葉を待つ。
「……貴方には、偉大なお父上がいらっしゃるのでしたよね」
意外な言葉に顔を上げた安孫を、セライがテラスへと誘った。そこでいつかと同じく、セライが煙草を吸う。懐に見えたドベルト銃の前で、安孫は目を伏せた。手すりに上半身を委ねるセライが、遠く、未開の地を眺める。ドームの外、地平線の先に、一つのピラミッドが、ぼんやりと見える。
「春日さんのお父上は、どういったお方なのです?」
煙を吐いて訊ねたセライに、安孫は同じ方向を向き、ゆっくりと口を開いた。
「
遠い地に見えるピラミッド――金字塔の頂点を、安孫はぼんやりと見つめた。
「へえ、本当にわたくしの父と似ているのですね。あの男もまた、前国王の信任厚く、腐敗していた
セライが煙草の火を消し、「血も涙もない冷血漢ですよ、わたくしの父は。偉大とは、ほど遠い」と自嘲した。
「お父上が偉大だと、春日さんのプレッシャーも相当なものなのでは?」
「ぷれっしゃあ?」
「重圧、ですよ」
「ああ、重圧……某は
ぽつりぽつりと紡がれる言葉に、安孫の記憶は、自然と月への出発前夜まで遡っていった――。
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