第39話 対抗

 ルナフェス後、朱鷺ときの自室で、水影みなかげ安孫あそんが顔を付き合わせていた。そこに、昼食を運んできたメイドが入ってきた。羽衣装束ではなく、メイド服姿の女中に気づき、「何故なにゆえ、装束を改められたのか?」と朱鷺が呆然と訊ねた。

「申し訳ございません。宰相様のご命令で、王宮内では、羽衣装束を着てはならないと……!」

 そう口早に言って、逃げるように、メイドが部屋から立ち去っていった。

如何どうやら、宰相殿を怒らせてしまわれたようで」

 冷静に物事を捉える水影が言った。

「……うか」

「されど、あれしきのことで法度はっとを出されるなど、宰相殿は、器の小さき御方にございまするな」

 半ば呆れるように、安孫が言った。  

おおよそ、これ以上我が神経を逆撫でること無きようにとの、戒めのつもりにございましょう。郷に入れば郷に従え、こちらが世に於いては、宰相殿こそ世がいただきに君臨する御方。大人しくしておくが賢明かと」

「……俺は、の者に喧嘩を売ったか?」

「朱鷺様……?」

 じっと昼食を見つめる朱鷺に、安孫が首を傾げる。

「真に喧嘩を売ったは、彼奴きゃつではないか」

「さ、されど、我らが態度に気に喰わぬ点があったならば、それを正すのも礼儀。二つが世の安穏の為にも、此処ここ何卒なにとぞ御鎮おしずまり下さいませ」

 懸命に安孫が朱鷺を抑え込むも、その黒い瞳は、じっと先を見据えていた。

「水影」

「は」

「今すぐ天女中を連れて参れ。如何いかなる立場の男であろうとも、我が目的を邪魔立てする者は許さぬっ……!」

 朱鷺の怒りは凄まじく、主を抑えられない非力な自分に、安孫がぐっと喉の奥を鳴らした。

 水影によって、ルーアンが無理やり朱鷺の自室に連れ込まれた。朱鷺が扉の前で暴れるルーアンの腕を掴み、その体を扉に押し付けた。

「久し振りよのう、天女中。我が女中にも関わらず、散々主を避けてくれたようで、今にも気が狂いそうであったぞ?」

 朱鷺がメイド服姿のルーアンの顔布を取った。さっと顔を背けたルーアンが、強気な口調で言う。

「何が気が狂いそうよ! アンタはただの色狂いの帝でしょ! 散々酒池肉林って言っていたくせに、カーヤ姉様が現れた途端、目的なんてどうでもよくなったくせに!」

「左様。そなたの申す通りぞ。俺はかあや王女を前に、本来の天女らとの酒池肉林三昧の日々を送るという目的を見失みうしのうてしもうた。それは真だ。だがな、それでそなたの望み云々うんぬんの約束を反故ほごにするつもりなど、毛頭なかった。何故なにゆえか分かるか?」

「し、しらないわよ、そんなことっ……!」

 朱鷺は感情が昂るルーアンの頬に触れ、すぐ目の前に顔を合わせた。

「真に愛する者との約束であらば、守らぬ男などおらぬからだ」

 その真っ直ぐな言葉に、ルーアンは唇を噛み締めた。頬は紅潮し、その瞳には薄らと涙が浮かんでいる。そっと朱鷺が笑った。

「今一度、俺に機会を与えてはくれぬか? 再度そなたに信じてもらえるよう、一層の努力をしよう」

「……っ、バッカじゃないの!」

 恥ずかしさから再び顔を反らすも、ルーアンの心内では、喜びが湧き起こる。ようやく意思が通じ、朱鷺もまた、ほっと安堵した。

 王宮内では羽衣装束の宣伝ポスターが外され、通告令が張り出されていた。そこには、王宮内に於ける羽衣装束の着用を禁ずる内容が記され、広く女官やメイドらに触れ渡っていた。その通告令の前で、朱鷺がじっと考察の構えを見せる。

「宰相の命令は絶対よ。どんなことがあっても、覆すことなんて出来ないわ?」

 ルーアンの心配を他所に、「天女中……」と、朱鷺が決意固く呼んだ。

「そなた、王女に戻りたいか?」

「え? そ、それは……戻れるなら、戻りたいけど」

「左様か。ならば、れしかあるまいな」

 朱鷺の中で、ハクレイに対抗する策が、練り上がった瞬間だった。

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