第38話 ルナフェス

 ルナフェス当日の朝、王宮内は光輝く星の飾り付けがされ、それが月の都の照明と同じ電飾が使われていると、すっかり額の傷も癒えたセライが、三人に説明する。

「ほう、これも月が世の技術にございますれば、るなふぇすとは一体、如何様いかような祭りにございますか?」

 巻物に記録を取る水影みなかげが、セライに次々と質問を浴びせる中、朱鷺ときは、メイドの中にルーアンの姿を探す。あれから一度も顔を合わさず、避けられている現状に、そっと息を吐いた。安孫あそんが懐に入れた白兎の頭を擦りながら、幻想的な光景に感嘆の言葉を漏らしていると、そこに赤いシルクドレスに身を包む、二人の王女が現れた。

「おお! これはこれは、色鮮やかな天女様方にございまするなぁ!」

「うふふ。ルナフェスでは王族は赤い衣装に身に包み、国民に対し、慈善活動をするのですわ。毎年の慈善活動は、スープキッチン。私達自らが国民に対し、スープやパンといった料理を、無償で提供するのです」

 大らかに笑うスザリノに、「素晴らしき慈善活動! 是非あちらが世にも、取り入れたき文化にございます」と朱鷺が感心する。セライがゴホンと咳払いした。

「今年のルナフェスは、特別に地球からの視察団の方々も王族に交ざり、その慈善活動に参加しても良いとの、王妃陛下よりのご配慮です。存分に異文化交流を楽しまれて下さい」 

「本当ですの! ではソンソンは、ルーナと一緒にパンを配りますわよ!」

「ぎょ、御意……!」

 喜ぶルクナンが、安孫の手を引いた。

「お待ちなさい、ルクナン。せっかく王族に交ざるのですから……」

 弾んだ笑顔のスザリノが、朱鷺ら三人の前で、赤い小包を取り出した。

 スザリノの提案により、三人の着替えが済んだ。スーツ姿で、スザリノから贈られた、赤いネクタイを結んでいる。

「ルナフェスでは特別な間柄にある者同士、贈り物をし合うのが、習わしになっているのです」

「ほう! 大層な贈り物を頂戴致しまして、感涙にむせぶ想いですな! ……して、特別な間柄とは詰まる所、我らは恋仲と――」

「王女殿下から地球の友人への、友情の表れですよ、都造みやこのつくりこさん」

 セライが真っ向から否定し、「うむむ……」と、朱鷺が悔しさを滲みだした。最早主に打ち勝つ術がないことを、水影は今日の日記にしたためようと思った。

 王宮の広場にて、王族による慈善活動が行われる。そこにはエトリア王妃の姿もあり、朱鷺ら三人を含む六人で、スープやパン、魚や肉といった料理を、無償で国民に振る舞っていく。

「王族から民への奉仕。素晴らしき扶助ふじょ精神にございまするなぁ!」

 清々しく話す朱鷺に、「それが王族としての責務ですから」と、王妃が作られた笑みで話す。王妃にそれ以上の感情が見受けられず、朱鷺は集まってきた国民に目を向けた。国中で一大ブームとなっている、羽衣装束を着る若い娘らに、朱鷺は心をときめかせるも、中には貧しい装いの子供や老人といった姿も散見され、月の世に於いても、貧富の差が顕著であると悟った。

 安孫の懐からは、白兎がちょこんと顔を出している。

「そのウサギ、スザリノ姉さまのお見合いの席を、メチャクチャにしたウサギに似ておりますわね」

「ああ、確かにの折の兎にも似ておりますな。されどれは、先日の吃逆騒動の折に、るうあん殿より、白兎を捕まえると吃逆が止まるとお教え頂いて、捕まえたものにございまする。あれ以来、妙に懐かれてしまいましてな」

 ルクナンの前で腰を落とした安孫が、頬を掻きながら笑った。

「……ルーアンが、そう言ったんですの?」

「左様にございます。されど吃逆が止まったは、水影殿がそれがし吃驚びっくりさせて下さったがお陰でございますが」

 俄かに、ルクナンの表情に陰が落ちた。

「あの、るくなん王女殿下? 如何いかがなされたのです?」

「……白ウサギは、グレイスヒル王家にとって、特別な意味を成す生き物ですわ。ルーアン……メイドに落ちた分際で、今もまだ、王家への返り咲きを夢見ていますの……?」

 ルクナンの小さな拳が震え、その幼い顔には似つかわしくない程の、辛辣しんらつな言葉が出た。安孫は狼狽ろうばいするも、「るうあん殿は、紛れもなく王女にあらせられますれば……!」となだめる。

「ルーアンが王女で良いはずがありませんわ! あの子の母親が、ルーナ達に何をしてきたのか、本人は何も知らずに、今までのうのうと生きてきたのですからっ……!」

 取り乱すルクナンを、さっとスザリノが抱き締めた。

「だめよ、ルクナン。国民の前で、王女が取り乱してはだめ」

「姉さまっ……」

 スザリノの肩にしがみ付き涙を流すルクナンの姿に、「るくなん王女……」と、安孫が同情の目を向ける。その姿を、水影はじっと見つめていた。

「ふむ……同じ王家に生まれしも、第一王妃と第二王妃の子では、待遇がちごうたと、天女中は申しておったのう?」

「……前第一王妃、ミーナ様は、エトリア王妃とその二人の王女に対し、ご気性の荒いお方でしたからね。ですがそれ以上に、ご自身の王女に対しての愛情が、すこぶるお強いお方でした」

「ほう。せらい殿、もちっと詳しく」

 興味を示す朱鷺が、更なる王家の内情を要求する。

「はあ……。これは内密に願いますよ。お供の方にも漏らさないように。……前国王とミーナ様の間に生まれた王女は、ルーアン殿下ただお一人なのです。カーヤ殿下は地球……ヘイアンの帝との間に生まれたお子であったとされているのです」

「ほう! それは実に興味深うございまするなぁ!」

「水影!」

 二人の間に割って入った水影に、「はあ」とセライが溜息を吐いた。

「一番知られたくない方に知られてしまうとは……」

「是非に及ばずにございますよ。されど、道理で蔵書の中に漢文があった訳にございまするなぁ。前第一王妃はあちらが世にて、時の帝との間に御子を儲けた。それがかあや王女であり、我が子可愛さに、王の子ではない王女を、第一王女と据えたのでございまするな」

「もうこの話は終わりです。カーヤ殿下の出生については、国民や王家であっても、緘口令かんこうれいが敷かれていた程の話です。他所から来た貴方方が、今更蒸し返すことではありませんよ」

 そう邪険に言って、セライは子供らに囲まれて笑うスザリノの下へと向かった。水影と二人になったところで、徐に朱鷺は口を開いた。

「時の帝の子が、かあや王女。であらば、俺とも血の繋がりがあるという訳か。恐らく、年からいって、俺の父の世であろうのう。ともなれば、我らが兄妹という可能性も出てこよう。はあ、道理で強く惹かれた訳だな」

 朱鷺は納得するように頷いた。

「されどこれは、何処どこかで聞いた話ぞ」

「恐らくは、羽衣伝説の基になった話かと」

「成程。天女から羽衣を奪った罪深き男とは、我が父であったか」

 嫌気が差すように、朱鷺が顔を顰めた。そこに、白色のガウンを羽織った若い男が颯爽と現れた。鎧を着た護衛を引き連れて、にこにこと笑っている。一気にセライの表情が曇った。男は王妃と二人の王女の前で立礼すると、

「王家の皆様方におかれましては、ご多忙の中、国民の為にご公務に当たられ、我ら臣下一同、心より厚く御礼申し上げます」

「宰相……」

 王妃、スザリノ、ルクナンが浮かない顔でいるのを、朱鷺は見逃さなかった。

「ほう。あれが噂の宰相殿にございまするか」と、水影が顎に手を寄せて言った。

「せらい殿より若く見えるのは、何故なにゆえにございましょう?」と、物々しい護衛の数に、安孫が主の傍に控えた。朱鷺が「ふむ」と眉を顰めた。

「あまり似ておられぬようですが、真に親子なのですかな?」

「ええ。反吐が出尽す程、正真正銘の親子ですよ」

 険阻けんそな表情で、セライは父、ハクレイの前に立った。

「本日のルナフェスのご公務は、我々王族特務課の警備の下、最大限の万全を期しております。宰相自らお立会い下さらずとも、こちらは首尾良く事が進んでおりますので、どうぞお引き取りを」

「そうですか。では、しっかりと王族をお護りする役目を全うして下さいね、セライ課長」

 穏やかな表情で、「では、私はこれにて」とハクレイが王族に頭を垂れた。背中を見せたハクレイに、「お待ち下され、宰相殿」と、朱鷺が呼び止める。ぴくっと立ち止まったハクレイが、笑顔を浮かべたまま振り返った。

「おや、そう言えば、地球より視察団の方々が来星していたのでしたね」

 そう言いながら、ハクレイが朱鷺の前に立った。セライが固唾を飲んで、二人の一挙一動に目を配る。

「お初にお目に掛かりまする。ちきうよりまかり越しました、都造みやこのつくりこ朱鷺と申す者にございまする。背後に控えるは、同じくちきうの帝より任を命ぜられました、三条水影、春日安孫にございますれば、以後お見知りおきを」

「ええ。話は部下より聞いておりますよ。何でも、王宮内外に羽衣装束を流行らせたようですね。何ともアクティブな方々だ。どうぞこれからも、そのアクティブさで、月の文化を吸収なさって下さいね」

 上辺だけの挨拶が済み、ハクレイが再び歩き出した。

御名おなを……窺ってはおりませぬが?」

 ぴたっとハクレイが立ち止まった。その場で振り返り、「これは失礼。宰相の、ハクレイと申します」

「左様で」

 互いに見つめ合い、笑みを浮かべる。

「では失礼」

 ハクレイはきびすを返すと、護衛を引き連れ去っていった。

「……まったく、あれ程父の前では大人しくしているようにと忠告したにも関わらず、あの男に喧嘩を売るような真似をして」

 セライにチクリと刺され、「面目次第もございますぬな」と朱鷺が呑気に笑った。

「父は恐ろしい男ですよ。あの男には、常人にはない力がありますから。これ以上、父に喧嘩を売ってはなりませんよ」


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