第12話 王女と宰相の息子

「――どうだ! 策通りとなったであろう!」

 自室で朱鷺ときが鼻高々に笑った。

「策を立てたのは変人でしょ?」

「何を申すか! 暴漢共に隙を見せたは、俺が腕相撲で彼奴きゃつを引き付けた甲斐あってのこと! 肝となる友情を芽生えさせる策――『窮地を共に脱する』は、この都造みやこのつくりこ朱鷺あっての成功と言えよう!」

「はあ……。『勝負事で友情を芽生えさせる』は表向きで、その実、せらい殿が暴漢に襲われる可能性があると、るうあん殿より情報を得たことで、『窮地を共に脱する』が真の友情を芽生えさせる策であったと、せらい殿の耳に入れば如何いかばかりのことか……。されど、斯様かような危のう策は、もう御止め頂きとうございまする、水影みなかげ殿」

「何を御案じ召されます。私は安孫あそん殿あるからこそ、此度こたびの案を朱鷺様に献策差し上げたまでのこと。父君以上に、真の日の下一の武人と名高い安孫殿が、必ずや朱鷺様を御護り下さると信じておりましたゆえ」

「水影殿……!」

 安孫の表情が華やいだ。

「水影殿も御強うございますれば、人は見かけに寄りませぬなぁ。水影殿はただの切れ者にございませぬ。文武尊徳に生きる、真の文人にございますれば、某など到底太刀打ち出来ぬ御方にございまするな」

 そう言って誰もが惚れそうな笑みを浮かべた安孫。無表情の水影がその鳩尾みぞおちを殴った。

「なにゆえにっ?」

 鳩尾を押さえ、えええ? と困惑する安孫に、平然と水影が言った。

「安孫殿のくせに、生意気にございます」

「はあ? 御褒めしただけで、貶めてはおりませぬが! それでは話がちごうございまする! 今のは、るうあん殿の基準ではございませぬでしょう?」

「基準以上のことをなされたがゆえ、生意気なのでございますよ」

「はあ?」

「一体何の話をしてるの、アンタ達……」

 静観していたルーアンが、呆れたように言った。

「この者らのことは如何どうでも良い。結果として、許可証の発行を認めたでなぁ。……されど、彼奴きゃつの言動には、些か疑問が残る。彼奴は、何故暴漢共に反撃せなんだか」

 朱鷺の疑問に、目を伏せたルーアンが答えた。

「セライは、この国の宰相さいしょうの息子なの」

「宰相?」

「恐らく、あちらが世の摂政と同等のものかと」

「国のまつりごとの最高権力者か。されど、月が世には王族がおろう? 王妃自らは、政には参加せぬのか?」

「王妃や王族は、ただの国のシンボル。まあ、お飾りみたいなものね。実際、国を動かす政治をしているのは、宰相以下、月暈院つきがさいんの議員達。彼らはお父様……前国王が亡くなったのをチャンスと捉え、お母様を第一王妃の座から引きずり降ろし、第二王妃であった、エトリア様を担ぎ上げたの。その結果、お母様は僻地に追放され、姉様は地球に交換視察団として組み込まれ、私はメイドに落ちた。それに反感を抱いた何人かの臣下が、今日セライを襲ったエルヴァ達。前にもセライが何者かに襲われたって聞いたけど、まさかエルヴァ達だったなんて。私がこうして王宮でメイドをしているから、反乱なんて起こさないと思っていたのに……」 

「探せば、そなたの味方は、もっといそうだがのう」

「いたとしても、名乗り出るはずがないわ。だって宰相は、セライの父親のハクレイは、とてつもなく恐ろしい男だもの……」

「ほう、左様な恐ろしい摂政とな? それはさぞかし、偉大で尊敬の眼に値する父君であろうのう?」

 朱鷺が俯く安孫を一瞥いちべつした。

「して、その恐ろしくも偉大な父君を持つ二世殿は、父君への憎悪を一身に我が身にて受け止める、左様な聡明深き息子であると?」

「聡明? ……セライは宰相とは不仲だから、そういった美談じゃない気がするけど。本当だったらもっと上のポストが適任なんだろうけど、頑として今のポストを譲らなくて。課長と言っても、官吏の中じゃ中くらいのポジションだし」

 聞き慣れない言葉の羅列に、「恐らく、ぎり殿上人てんじょうびとかと」と水影が解説する。

「ぎり?」

 次第に月の世の文化に染まりつつある水影に、安孫は更なる実践の予兆を感じた。

「ふむ。如何どうやら、ただの七光りの石頭ではなさそうだが……」

 スザリノという名前が出た時のセライの言動に、朱鷺は引っ掛かるものを感じた。

「何はともあれ、明日には許可証が発行されるんだから、良かったんじゃない?」

「如何もあれはしっくりこんでなぁ。王女と、宰相の息子か……」

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