第13話 許可証

 翌日、セライは机の引き出しを開けた。そこに置かれている紺碧色の押し花に、幼い頃の記憶が蘇る――。

『――はい、これあげる』

 優しく微笑む幼いスザリノが、紺碧色の花を一輪、同じく幼いセライに差し出した。

「課長、例の交換視察団の方がいらしています」

「……ああ」

 引き出しを閉めて、セライは訪れた朱鷺ときを見上げた。

「これはこれは我が親愛なる月友つきともよ、本日もお勤め、ご苦労様にございますなぁ!」

「声が大きいですよ。他の者の仕事の邪魔になるので、もう少しお静かに願います」

 淡々と話し、セライは手早く許可証の発行手続きを済ませた。一枚の紙に承認印を押し、感情なく朱鷺に許可証を差し出した。

「無理を申したようで、面目次第もございませぬなぁ。……されど、これで我らが友情は深められたと、左様に思うても宜しいのですかな?」

「言ったはずですよ。愛も友情も、そんな不確かな感情など、反吐が出ると。わたくしは一度取り交わした約束は守るタチですが、こういったことは、今回限りにして頂きたいですね」

 セライから許可証を受け取った朱鷺が、「心得ました」と笑う。

「それでは許可証も携えたことにございますし、早速すざりの王女に、お近づきの品を献上しに参ります」

 そう言って背中を向けた朱鷺を、じっとセライが見つめた。

「ああ、ひとつ言い忘れておりました」

 振り返った朱鷺が、思惑宜しく笑った。

「私はお近づきになった御方とは、必ずや同衾どうきん致す性分タチにございますれば、すざりの王女とも、左様なねんごろな関係を築きたく、思うておりまする」

 ぴくりとセライの眉間が動いたのを、ふっと朱鷺は笑って、スザリノの下へと向かった。

 スザリノの自室の前で、案の定、衛兵に阻まれた。そこにエルヴァの姿はなく、昨日とは全く異なる衛兵らだった。

「許可証は?」

此処ここに」

 朱鷺から許可証の提示を受けた衛兵が、「これでは通せません」と突っぱねた。

何故なにゆえにございましょう? 確かに、せらい殿より頂戴した許可証にございまするが?」

「――許可証があっても、信認を得なければ、ただの一般人が王女殿下の自室になど、入れるはずもありませんよ?」

 背後で上がった声に振り返ると、そこには、セライが険阻な表情で立っていた。

「はて、信認? 何方どなたに信認を得れば宜しいのか?」

「信認を承諾し、その印を押すのは、わたくしの父。いくら貴方方が策を練ろうとも、あの男から信認印を得るのは難しいかと?」

「成程、道理で簡単に石あ……貴殿が折れた訳ですなぁ。されど、承認印と信認印、その双方がなければ入室出来ぬと仰るならば、慣例に従う他ありませぬ。であらば早速、宰相殿に信認を得ると致します」

「父は今、西方の視察の為、王宮内にはおりませんよ。いつ帰ってくるかも不明ですから」

「左様にございまするか……」

 朱鷺がスザリノ王女の自室に目を向けた。すると重厚な扉から、桃色のシルクドレスに身を包むスザリノが、三人の侍女と共に出てきた。その状況にセライは意表を突かれるも、沈黙のまま立礼した。

「あら朱鷺殿、ご機嫌よう」

「ご機嫌ようにございまする」

 立礼から顔を上げた朱鷺が、穏やかに笑った。しっかりとスーツに身を包む朱鷺に、「良くお似合いですわ」とスザリノが微笑む。

「身に余るお言葉にございますれば、本日此方こちらまかり越しましたるは、すざりの王女様へのお近づきの品を、献上致したく存じ上げまして」

「まあ」

 朱鷺の言葉にはっとし、セライが顔を上げた。

「なりません、殿下! 地球人からの品など、受け取ってはなりません!」

「セライ……貴方には関係のないことです」

 ふいっと顔を背けたスザリノに、ぐっとセライが喉を鳴らした。

「願わくは、土産の酒を共に酌み交わしながら、あちらが世の常など、お話ししとうございまする」

 そう和やかに言って、献上の酒をスザリノに見せた。

「まあ! それはどうぞ、中でゆっくりお聞きしたいですわ?」

「なりません、殿下! 第一、お部屋に上がる信認も得てはおりませんのでっ……」

「あら、貴方の許可証だけで十分でしょう?」

「なりません! 慣例を覆すことも、得体の知れない地球人をお部屋に上げることも、あってはならないのです!」

「得体の知れない? 貴方が許可証を発行し、承認印を押しているのに?」

「なっ、それはっ……」

「聞きましたわ? 昨晩、貴方が暴漢に襲われたところを、朱鷺殿、交換視察団の方々がお救いしたと」

「いえ、それはっ……」

「それに朱鷺殿は、貴方の親友になられたのでしょう? 正直、貴方にそのような友人が出来るなど、思ってもおりませんでしたわ?」

 スザリノの微笑みに、思わずセライは言葉に詰まった。昨晩の出来事を見ていた野次馬が、朱鷺らの武勇を広げ、更にはセライとの友情を王宮内に吹聴した水影の策によって、彼らは、星を超えた唯一無二の親友と仕立てられていた。

「貴方が認めた男性であれば、害などありませんでしょう。私は朱鷺殿を信じますよ」

「ぐっ……」

 セライが奥歯を噛み締め、拳を握った。

「……なりません、殿下。その者は王女殿下をたらし込もうと考えている輩! そのような者と、貴方を密室に入れるなどっ……」

「では、貴方が私を連れ去れば良いじゃない」

 スザリノの言葉に、はっとセライは顔を上げた。今にも泣き出しそうな王女の表情にも、ぐっと気持ちを抑える。

「……わたくしは、ただの官吏ですから」

「そう……。それではお部屋にどうぞ、朱鷺殿」

「これはこれは。許可証などなくとも、最初から斯様かようにしておれば良かったですなぁ?」

 セライの心に隠したてるものがあると悟り、朱鷺はわざと声高らかに言った。微笑むスザリノがセライを一瞥し、その金瞳を伏せた。

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