第10話 王族特務課の課長

 朝食後、朱鷺ときは第一王女であるスザリノの自室へと向かった。きっちりスーツを着こみ、地球より持参した酒を手土産として持つ。王女の部屋だけあって、その扉の前には、四人の衛兵が警護の為、立っていた。

「これはこれは近衛このえの方々、王女護衛のお役目、ご苦労様にございまする」

 そう言って、何食わぬ顔で扉の先に入ろうとした朱鷺を、「許可証は?」と衛兵の一人が阻止した。

「なんと、王女の自室に入らんとするには、許可証なるものが必要なのですかな?」

「はい。しかしながら、他所よその星から来た得体の知れない者が、神聖な王女殿下のお部屋に足を踏み入れる許可など、どう足掻いても下りないかと思いますが?」

「ほう? ならば許可証なるものを持参すれば、そちらが如何いかに阻もうと、中に入れるという訳にございますな?」

 そう言うと、朱鷺はくるりと衛兵らに背を向けた。

「許可を頂いて参ります」

 不敵に笑って立ち去った朱鷺を、ぐっと衛兵の一人が顔を顰めた。

 許可証を得るには如何どうすれば良いかと、朱鷺が仕事中のルーアンに訊ねた。厨房にて大量の食器を洗うルーアンが、ぷいっと顔を背ける。

「おい天女中。そなたは俺の援者であろう? 協力せい」

「ふん! 協力して欲しけりゃ、朝の非礼を詫びなさいよ! 乳なしなんて、私は貧乳じゃなくて微乳、いや、美乳なんだから!」

「分かった。乳なしなどと申して悪かった。そなたは美乳だ」

 満更でもない様子で、ルーアンが照れた表情を浮かべる。

「美乳、さぞかしその乳首の形も乳輪の色も、申し分ない美乳なのであろうな?」

 再び拳で頬を殴られた朱鷺。その様子をそっと柱の陰から見守っていた水影みなかげが、興奮気味に記録していく。

何故なにゆえるうあん殿は、主上を殴られるのか……」

「女人の心は複雑なのでございましょう? いやぁ、照れたと思うたら殴る。月が女人の心の移ろいは、実に興味深ぶこうございますなぁ?」

「あちらが世の女人には、考えられぬ所業にございますれば」

 呆れたように安孫あそんが言った。その隣で、俄かに水影が目を伏せた。

「……安孫殿、先刻は貴殿を貶めるが如き発言、真に面目次第もございませぬ」

「水影殿……否、それがしこそ言葉が過ぎましてございます。名門三条家の公達に対し、無礼な物言いにございました。此度こたびの非礼、どうか御許し下され」

「安孫殿……」

 和解の流れで、さっと水影が真顔となった。

間違まちごうております、安孫殿」

「は? ちごう?」

「左様。もっと私を照れさせ、一気に貶める。左様に進めて頂かねば、私が安孫殿を殴れませぬでなぁ?」

 一段上から見下ろす水影の笑みに、「何を仰せに……?」と安孫が困惑する。

「私は、もっとるうあん殿の心持ちに近づきとうだけにございます。これも文官としての務め。あちらが世に、月が民の暮らしを教え、広めんが為に必要なことにございますれば」

「あれは特殊なものに思われまするが……」

いな! るうあん殿が基準にございまする!」

 強く主張するその様に、安孫は何も返せなかった。

 ルーアンから許可証の発行手順を聞いた朱鷺は、王宮内の中央管理棟へと向かった。そこでは、朱鷺と同じように、スーツ姿の官吏が激務をこなしている。管理棟の一番奥、「王族特務課」と呼ばれる所管にて、朱鷺は茶色い格子柄のスーツを着る若い男と向き合った。

「貴殿が王族特務課のせらい殿か」

「いかにも、わたくしがセライですが」

 男は険阻けんそな表情で紺色の前髪を後ろ髪に流し、色白な肌で、右目の下には黒子ほくろがある。目は細くとも切れ長で、みどり色の瞳が、真っ直ぐに朱鷺を見上げた。

「おや、位のある殿方とうこごうておったので、如何様いかようジジイかと思えば、これはとんだ色男にございましたなぁ」

「お褒め頂き有難うございます。それで、地球の交換視察団の方が、わたくしに何用ですか?」

 セライはカタカタと器械を打ち込み始め、視界から朱鷺を消した。その粗雑な対応に眉間が動くも、朱鷺は笑みを浮かべた。出来るだけ月の世に合わせて、やんわりとした言葉遣いで言った。

「いえ、実はすざりの王女にお近づきの品を献上したいと思いまして、自室に伺ったところ、何やら自室にて謁見するには、許可証なるものが必要とのこと。いやしくも得体の知れぬ男、名を都造みやこのつくりこ朱鷺と申す者にございますが、何卒なにとぞ許可証の発行をお願い申し上げたく、こうして参上した次第なのです」

 ぴくりとセライが顔を上げた。真っ直ぐに朱鷺を見上げて、「許可は出せません」と、きっぱりと拒絶した。それにムッとした朱鷺が、「何故にございましょう?」と訊ねる。

「理由は三つあります。まず一つ、貴方が得体の知れない地球人であること。二つ、その得体の知れない地球人を、王女殿下と密室にて同席させられないこと。そして三つ、これが最大の要因でしょう」

「はて、如何様いかような?」

「……三つ、わたくしが貴方を気に喰わないと思っていること。以上の理由から、王女殿下の自室に入室する許可証は発行出来ません。お引き取りを」

 そう口早に言って、セライが再び視界から朱鷺を消した。大層な物言いにも、朱鷺は笑って言った。

うですか。であらば、他の方にお願いすると致しましょう」

「そんなことをしても無駄ですよ。この王族特務課において、すべての決定権を握っているのは、わたくしです。他の課では許可証の発行は出来ませんし、第一、課長であるわたくしの承認印がなければ、課の者に言っても、わたくしが許可証の発行を認めませんから」

「……成程、かちょう殿が規則という訳にございますな」

 じっとセライを見つめる朱鷺が、ふっと笑った。

此度こたびは出直します。また改めて、お願いに参上致しますゆえ」

「何度来られようとも同じです」

 セライの言葉を背中に聞きながら、朱鷺は冷静に笑った。

「――何なのだ、彼奴きゃつは! 此方こちらへりくどうてやったと言うに、何故なにゆえの様な無礼な態度が取れるのだ! 俺は帝ぞ! 幾ら身分を伏せておるとは言え、異境の地より参じた者に対し、不届き極まりのう物言いぞ……!」

 装っていた冷静さはとうに消え、煮えくり返った憤怒を、臣下にぶつけた。

「我らも陰ながら拝見しておりましたが、あれは相当肝が据わった、不届き者にございますなぁ」

 水影の同調に、朱鷺は腹に溜まった怒りを全て吐き出した。大きく息を吐いた朱鷺に、「セライは石頭だから」とルーアンが言った。

「石頭だと? その石、砂塵となるまで叩き割ってくれるわ!」

「されど、許可証なるものを得るには、如何どう足掻こうとも、せらい殿の承認を得ねばなりますまい。如何様いかようにして承認を得るか……」

 悩む安孫が顎に手を寄せる。

「水影、何か策はあるか?」

「ふむ……の物言いからして、せらい殿は、朱鷺様を全く信用されておらぬ御様子。であらば、朱鷺様が人畜無害であると証明せしめれば、突破口は開けるかと」

「人畜無害? この腹黒が? ぷぷっ、ムリでしょ! 下心丸出しじゃない!」

「水影」

「ひゃああああ! ごめんなさい、私が悪かったからぁ……!」

 朱鷺に擽られ、身を捻じって謝るルーアンを、やれやれと水影が解放した。その様に、安孫が呟く。

「一層、擽りにて無理やり承認を得るのは如何いかがでしょう……」

「いや、の仏頂面に擽りが効くとは思えぬ。何か策を練らねば、彼奴から許可証など、ぶんどれぬでなぁ!」

「左様にございましょうなぁ……時にるうあん殿、月が世に於いて、友好関係を築くには、如何様にすれば宜しいのでしょう?」

「友好関係? それってつまり、セライと友達になる為には、どうすればいいかってコト?」

「左様にございます。相手に己を信用させるには、その者と友好関係を築くが必定。迅速に事を進めねばならぬ状況下に於いて、朱鷺様が万人に対し人畜無害であると証明する為には、肝となる者との友好関係を示すが得策。察するに、せらい殿は位高き御仁。肝となる者としては格好の御仁。ゆえにここは、せらい殿御自ら、朱鷺様と御友人になって頂きましょう」

の者と友人にか……仕方あるまいな」

 そう言うと、朱鷺は水影が立てた策に従い、動き始めた。

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