第10話 王族特務課の課長
朝食後、
「これはこれは
そう言って、何食わぬ顔で扉の先に入ろうとした朱鷺を、「許可証は?」と衛兵の一人が阻止した。
「なんと、王女の自室に入らんとするには、許可証なるものが必要なのですかな?」
「はい。しかしながら、
「ほう? ならば許可証なるものを持参すれば、そちらが
そう言うと、朱鷺はくるりと衛兵らに背を向けた。
「許可を頂いて参ります」
不敵に笑って立ち去った朱鷺を、ぐっと衛兵の一人が顔を顰めた。
許可証を得るには
「おい天女中。そなたは俺の援者であろう? 協力せい」
「ふん! 協力して欲しけりゃ、朝の非礼を詫びなさいよ! 乳なしなんて、私は貧乳じゃなくて微乳、いや、美乳なんだから!」
「分かった。乳なしなどと申して悪かった。そなたは美乳だ」
満更でもない様子で、ルーアンが照れた表情を浮かべる。
「美乳、さぞかしその乳首の形も乳輪の色も、申し分ない美乳なのであろうな?」
再び拳で頬を殴られた朱鷺。その様子をそっと柱の陰から見守っていた
「
「女人の心は複雑なのでございましょう? いやぁ、照れたと思うたら殴る。月が女人の心の移ろいは、実に
「あちらが世の女人には、考えられぬ所業にございますれば」
呆れたように
「……安孫殿、先刻は貴殿を貶めるが如き発言、真に面目次第もございませぬ」
「水影殿……否、
「安孫殿……」
和解の流れで、さっと水影が真顔となった。
「
「は?
「左様。もっと私を照れさせ、一気に貶める。左様に進めて頂かねば、私が安孫殿を殴れませぬでなぁ?」
一段上から見下ろす水影の笑みに、「何を仰せに……?」と安孫が困惑する。
「私は、もっとるうあん殿の心持ちに近づきとうだけにございます。これも文官としての務め。あちらが世に、月が民の暮らしを教え、広めんが為に必要なことにございますれば」
「あれは特殊なものに思われまするが……」
「
強く主張するその様に、安孫は何も返せなかった。
ルーアンから許可証の発行手順を聞いた朱鷺は、王宮内の中央管理棟へと向かった。そこでは、朱鷺と同じように、スーツ姿の官吏が激務をこなしている。管理棟の一番奥、「王族特務課」と呼ばれる所管にて、朱鷺は茶色い格子柄のスーツを着る若い男と向き合った。
「貴殿が王族特務課のせらい殿か」
「いかにも、わたくしがセライですが」
男は
「おや、位のある殿方と
「お褒め頂き有難うございます。それで、地球の交換視察団の方が、わたくしに何用ですか?」
セライはカタカタと器械を打ち込み始め、視界から朱鷺を消した。その粗雑な対応に眉間が動くも、朱鷺は笑みを浮かべた。出来るだけ月の世に合わせて、やんわりとした言葉遣いで言った。
「いえ、実はすざりの王女にお近づきの品を献上したいと思いまして、自室に伺ったところ、何やら自室にて謁見するには、許可証なるものが必要とのこと。
ぴくりとセライが顔を上げた。真っ直ぐに朱鷺を見上げて、「許可は出せません」と、きっぱりと拒絶した。それにムッとした朱鷺が、「何故にございましょう?」と訊ねる。
「理由は三つあります。まず一つ、貴方が得体の知れない地球人であること。二つ、その得体の知れない地球人を、王女殿下と密室にて同席させられないこと。そして三つ、これが最大の要因でしょう」
「はて、
「……三つ、わたくしが貴方を気に喰わないと思っていること。以上の理由から、王女殿下の自室に入室する許可証は発行出来ません。お引き取りを」
そう口早に言って、セライが再び視界から朱鷺を消した。大層な物言いにも、朱鷺は笑って言った。
「
「そんなことをしても無駄ですよ。この王族特務課において、すべての決定権を握っているのは、わたくしです。他の課では許可証の発行は出来ませんし、第一、課長であるわたくしの承認印がなければ、課の者に言っても、わたくしが許可証の発行を認めませんから」
「……成程、かちょう殿が規則という訳にございますな」
じっとセライを見つめる朱鷺が、ふっと笑った。
「
「何度来られようとも同じです」
セライの言葉を背中に聞きながら、朱鷺は冷静に笑った。
「――何なのだ、
装っていた冷静さはとうに消え、煮えくり返った憤怒を、臣下にぶつけた。
「我らも陰ながら拝見しておりましたが、あれは相当肝が据わった、不届き者にございますなぁ」
水影の同調に、朱鷺は腹に溜まった怒りを全て吐き出した。大きく息を吐いた朱鷺に、「セライは石頭だから」とルーアンが言った。
「石頭だと? その石、砂塵となるまで叩き割ってくれるわ!」
「されど、許可証なるものを得るには、
悩む安孫が顎に手を寄せる。
「水影、何か策はあるか?」
「ふむ……
「人畜無害? この腹黒が? ぷぷっ、ムリでしょ! 下心丸出しじゃない!」
「水影」
「ひゃああああ! ごめんなさい、私が悪かったからぁ……!」
朱鷺に擽られ、身を捻じって謝るルーアンを、やれやれと水影が解放した。その様に、安孫が呟く。
「一層、擽りにて無理やり承認を得るのは
「いや、
「左様にございましょうなぁ……時にるうあん殿、月が世に於いて、友好関係を築くには、如何様にすれば宜しいのでしょう?」
「友好関係? それってつまり、セライと友達になる為には、どうすればいいかってコト?」
「左様にございます。相手に己を信用させるには、その者と友好関係を築くが必定。迅速に事を進めねばならぬ状況下に於いて、朱鷺様が万人に対し人畜無害であると証明する為には、肝となる者との友好関係を示すが得策。察するに、せらい殿は位高き御仁。肝となる者としては格好の御仁。ゆえにここは、せらい殿御自ら、朱鷺様と御友人になって頂きましょう」
「
そう言うと、朱鷺は水影が立てた策に従い、動き始めた。
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