第2話 転落王女
宴の会場は、天井から絹で織った幕を幾重にも下げ、色鮮やかな鳥の羽の団扇で、四隅から風を送っている。その心地良い風に揺られた絹の幕が、ひらりひらりと、絢爛豪華な宴席を華やかに飾り付けている。眩い照明に反射し、肉や魚といった食材をより一層輝かせた。
「正しく、天女の宴にございますなぁ?」
「
朱鷺が熱い眼差しで、正面のスザリノに目を向けた。十七、八歳くらいの年頃で、容貌美しく、前髪を左右に分けた萌黄色の髪が、右肩から腰辺りにかけて真珠の髪飾りと共に流れている。妹のルクナンはまだ一二、三歳くらいの年頃に思えたが、利発そうな顔つきで、腰まで伸びる若菜色の髪が、くるくると渦を巻いている。
「いや、妹の方はまだ早いか」
主の目的を知っている水影は、隣で聞く独り言に何の反応もみせない。
「ではこれより、地球よりお越し頂いた交換視察団三名の、歓迎の宴を開催致します」
役人が乾杯の音頭を取った。優雅な音楽が流れる宴席で、朱鷺は正面のスザリノと目が合うと、視線を外し、儚げに微笑んだ。その姿にスザリノは顎を引き、表情無く視線を反らす。
「むむ。あちらが世式では落ちぬか。であらば……」
水影、とすっと立ち上がった朱鷺が合図を送った。
「御意にございます」
水影も立ち上がり、朱鷺の後ろに続いた。宴席の前に立った二人に、「はあ」と安孫が深い溜息を漏らした。皆が注目する中、朱鷺が笑って扇子を広げた。
「此度は斯様な絢爛豪華な宴を催して頂き、我ら三名、恐悦至極にございますれば、その感謝の意を込め、返礼の舞を贈らせて頂きたく存じ上げまする」
そう口上し、舞の名手と謳われる水影と二人、優雅に舞う。ゆったりと優美に舞う中で、朱鷺がそれらしく安孫に合図を送る。安孫は吐息を漏らし、「御意」と呟いた。
「あちらの舞は『
舞を終えるまでの間、安孫は朱鷺が
舞を終え、朱鷺と水影が席に戻った。
「袖がない分、優雅さに欠けたか」
まさか、すうつなるもので舞うことになるとは思ってもみなかったが、これはこれで格好がついたと、ある程度の手応えはあった。
「
「ええ、素晴らしいものでしたわ」
そう言ってスザリノは微笑みを浮かべるだけで、それ以上、朱鷺との会話が続くことはなかった。「ふむ……」と存外進展しない仲に、朱鷺が思い悩む。
「ダッサ」
「だっさ?」
俄かに頭上から声が上がり、その声の主を怪訝に見上げた。布を被り、顔が見えない中でも、背丈や声から、その女中が先程の天女中だと気が付いた。
「ルーアン!」
「るうあん?」
ビクっと天女中――ルーアンの肩が跳ねた。立ち上がった王妃が、険しい顔でルーアンを糾弾する。
「何故貴方がここにいるのです! 貴方はこの宴には参加してはならないと申し上げたはずですよ!」
「申し上げた……?」
王妃の言葉に、朱鷺が訝しがる。
「王妃が女中に使う言葉とは、思えませぬなぁ?」
水影の疑念に、「ふむ」と、朱鷺が王妃や王女らの様子を窺う。王妃は冷静さを取り繕うも、狼狽さが垣間見え、スザリノは俯き、ルクナンは、クスクスとルーアンを嘲笑している。
「ふむ……」
「お戻りなさい、ルーアン! 貴方は人目に触れてはならぬ存在なのですから!」
王妃の辛辣な言葉に、ルーアンはぐっと堪え、その場から走り去っていった。周囲が騒然とする中、「転落王女か」「落ちぶれたものだ」と陰口が聞こえてくる。
「ふむ、天女中が王女とな?」
嘲笑と陰口の中で、朱鷺が、ひっそりと笑った。
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