第2話 転落王女

 宴の会場は、天井から絹で織った幕を幾重にも下げ、色鮮やかな鳥の羽の団扇で四隅から風を送っている。その心地良い風に揺られた絹の幕が、ひらりひらりと絢爛豪華な宴席を華やかに飾り付けている。眩い照明に反射し、肉や魚といった食材をより一層輝かせた。

「正しく、天女の宴にございますなぁ?」

 朱鷺ときら三人の若者が女官に案内され、上座へと導かれた。そこには既に王妃と二人の王女の姿もあり、不格好な三人の姿に、くすっと笑う。そんなことはお構いなしと、周囲からの奇異の目も朱鷺は払い除けた。一番奥の席に王妃は腰掛けていて、角を挟み、スザリノとルクナンが腰掛けている。スザリノの正面に朱鷺が腰掛け、その隣を水影みなかげ安孫あそんの順に腰掛けた。他にも月の都にてまつりごとを司る役人や、高貴な身分にある男女が五十人程列席している。そこに女中――メイドの姿がちらつく。メイドの中には、先程まで朱鷺と言い争っていた女中の姿もあった。頭から布を被り、顔を隠している。それは他のメイドらも同じで、女中は朱鷺の席に開宴の酒が入った杯を置いた。

酒池しゅちは用意された。残るは……」

 朱鷺が熱い眼差しで正面のスザリノに目を向けた。十七、八歳くらいの年頃で、容貌美しく、前髪を左右に分けた萌黄色の髪が、右肩から腰辺りにかけて真珠の髪飾りと共に流れている。妹のルクナンはまだ一二、三歳くらいの年頃に思えたが、利発そうな顔つきで、腰まで伸びる若菜色の髪がくるくると渦を巻いている。

「いや、妹の方はまだ早いか」

 主の目的を知っている水影は、隣で聞く独り言に何の反応もみせない。

「ではこれより、地球よりお越し頂いた交換視察団三名の歓迎の宴を開催致します」

 役人が乾杯の音頭を取った。優雅な音楽が流れる宴席で、朱鷺は正面のスザリノと目が合うと、視線を外し、儚げに微笑んだ。その姿にスザリノは顎を引き、表情無く視線を反らす。

「むむ。あちらが世式では落ちぬか。であらば……」

 水影、とすっと立ち上がった朱鷺が合図を送った。

「御意にございます」

 水影も立ち上がり、朱鷺の後ろに続いた。宴席の前に立った二人に、「はあ」と安孫が深い溜息を漏らした。皆が注目する中、朱鷺が笑って扇子を広げた。

「此度は斯様な絢爛豪華な宴を催して頂き、我ら三名、恐悦至極にございますれば、その感謝の意を込め、返礼の舞を贈らせて頂きたく存じ上げまする」

 そう口上し、舞の名手と謳われる水影と二人、優雅に舞う。ゆったりと優美に舞う中で、朱鷺がそれらしく安孫に合図を送る。安孫は吐息を漏らし、「御意」と呟いた。

「あちらの舞は『香月こうづき』と申しまして、月が世の繁栄を期して、我が主、都造みやこのつくりこ朱鷺様が此度新たに考案された舞にございまする。あちらが世から見上げる月が、いついつまでも香り立つ美しきものであるよう、また、あちらが世から密かに恋い焦がれた天女様への、淡い恋慕の意も込められておりまする」

 舞を終えるまでの間、安孫は朱鷺が如何いかに素晴らしい男かを、とくとくと説いた。それはスザリノを朱鷺に惹きつける策の一つで、気が乗らない中でも、安孫は忠実に主の命を遂行した。

 舞を終え、朱鷺と水影が席に戻った。

「袖がない分、優雅さに欠けたか」

 まさか、すうつなるもので舞うことになるとは思ってもみなかったが、これはこれで格好がついたと、ある程度の手応えはあった。

如何いかがでしたかな? 我らが舞は」

「ええ、素晴らしいものでしたわ」

 そう言ってスザリノは微笑みを浮かべるだけで、それ以上、朱鷺との会話が続くことはなかった。「ふむ……」と存外進展しない仲に、朱鷺が思い悩む。

「ダッサ」

「だっさ?」

 俄かに頭上から声が上がり、その声の主を怪訝に見上げた。布を被り、顔が見えない中でも、背丈や声から、その女中が先程の天女中だと気が付いた。

「ルーアン!」

「るうあん?」

 ビクっと天女中――ルーアンの肩が跳ねた。立ち上がった王妃が、険しい顔でルーアンを糾弾する。

「何故貴方がここにいるのです! 貴方はこの宴には参加してはならないと申し上げたはずですよ!」

「申し上げた……?」

 王妃の言葉に朱鷺が訝しがる。

「王妃が女中に使う言葉とは、思えませぬなぁ?」

 水影の疑念に、「ふむ」と朱鷺が王妃や王女らの様子を窺う。王妃は冷静さを取り繕うも、狼狽さが垣間見え、スザリノは俯き、ルクナンはクスクスとルーアンを嘲笑している。

「ふむ……」

「お戻りなさい、ルーアン! 貴方は人目に触れてはならぬ存在なのですから!」

 王妃の辛辣な言葉にルーアンはぐっと堪え、その場から走り去っていった。周囲が騒然とする中、「転落王女か」「落ちぶれたものだ」と陰口が聞こえてくる。

「ふむ、天女中が王女とな?」

 嘲笑と陰口の中で、朱鷺がひっそりと笑った。

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