第15話 『キメラ殺し』の逸話

 ――ギル視点



 前日の約束通りアイリーンと合流し、かつての仲間たちであるアンサングスの墓へと案内する。


 会話を挟みながら街はずれへと移動し、人の喧噪から離れて静かな墓地の一角で停止。


『アルト ニア ヴィンス』と名前が刻まれたその墓のそばで、アイリーンが律儀に買ってきた花束をそっと置いた。


 涼しい風が吹いていて、横たえた花束から柔らかな花弁を三枚巻き取っていく。


 ひらひらと街の外めがけて飛んでいくそれを眺めてから、目を閉じて祈っている彼女の後頭部に視線を移し、こちらも静かに目を閉じた。





 実際のところ、ここに彼らは眠っていない。

 遺品の一部が代わりに埋められているだけだ。


 それでも、彼らの魂に通じているということにして祈り続けた。


「……覚えてますか、先生?」


 やがてしゃがみこんでいたアイリーンが、ささやくように立ち上がった。


「昔、アンサングスの人たちも一緒にいたとき、『誰が一番英雄にふさわしいか』って話題で盛り上がったじゃないですか」

「ああ、そういえばそんなことあったな。

 確かあの時はみんな酒を飲んでて、お前ひとりだけミルク片手にいじけてたっけ」

「仕方ないじゃないですか、だってお酒飲めないんですもん」


 顔をふくらませてにらんでくる彼女をかわしつつ、記憶の引き出しからその時の景色を呼び起こしていく。


「当時は、リーダーやってたアルトがいちばん票を集めてたよな。

 なんだかんだであいつ何でもできたし、アンサングスの顔としても認知されてたからな」

「懐かしいですねぇ。

 ニアさんはどちらかというとムードメーカーってイメージの強い女性でしたし、三番目くらいでしたっけ」

「そうそう、で、二番目がヴィンスだった。

 無口だけど頼りがいのある男だったから『なんかこういうヒーロー像ありがち』って理由で票が多かったんだよな」


 あふれ出た当時の記憶から、何気に自分が最下位でちょっと落ち込んだという余計な思い出までよみがえってくる。

 今となってはそうした些細なことさえ懐かしく感じるが。


「でも、その後……先生が席を外したので知らないでしょうけど、話題が変わってですね」

「ほお?」

「『誰が一番生き残るべきか』って話になったんです。

 そしたらみんな、満場一致でギル先生だと言ってたんですよ。

 アンサングスというチームのなかでもっとも生き残る価値があるのは、ギル・リンドウだ、って」

「…………嘘だろ。

 狩りの腕は、俺がいちばん下だったはずだ」

「先生の本当の強さはそこにはないでしょう」


 アイリーンは、きれいな金髪を揺らしながら振り返った。


「たとえば、自分よりも優秀な人を育てられるとか。

 ――それこそ私みたいな?」

「……それは遠回しに俺がお前より下だと言ってるのか?」

「だって私のほうが先に『キメラ殺し』達成したじゃないですか。

 ちょっとくらいは……ねえ?」

「こんにゃろう」


 腕で軽―く首を締め上げてやると、アイリーンはけらけらと笑って逃れようとしてくる。

 いつの間にそんな生意気な口が利けるようになったのか。

 けれど、これだけ才能のあるやつだったら大口叩いても仕方ないかもな、と思いもした。


「でも、自らを超えるほど成長していく弟子を見て素直に喜べるような人なんてそうそういませんよ」


 やがて、するりと俺の腕から抜け出たアイリーンが真面目くさった表情を向けてくる。


「普通は、変なやっかみとか、嫉妬とか、自分の立場を守ろうとして不自然になったりします」

「そんなの俺だって感じるって。

 お前を育ててる間はそれなりに複雑だった」

「でも先生は私の才能をちゃんと伸ばしてくれた」

「そりゃ、何ていうか、もったいなかったから……」

「先生は自分よりも優秀な人を育てられるすごい人なんですよ。

 だから、アルトさんもニアさんもヴィンスさんも、先生のことを優先して助けようとしたんじゃないでしょうか。

 先生が生きている限り、優秀な狩人がどんどん出てくるんですから」


 買いかぶり過ぎだ。


 世の中には、俺なんかよりもすごいやつはたくさんいる。


 俺よりも強いやつはいるし、俺よりも教えるのがうまいやつだっている。


 アイリーンに関してはもともとのポテンシャルが高かったのだ。

 べつに俺でなくとも彼女は才能を開花させていただろうし、そもそも機会が違えば狩人ではなくもっと別の職業で活躍していたかもしれない。


「……そんな先生に、折り入って大事な相談があります」

「なんだ、急に改まって」


 過度な尊敬を向けられる居心地の悪さを感じつつも、アイリーンの言葉に耳を傾けることにする。


「わたしといっしょに、この街の英雄になってみません?」

「はは、何言ってんだか」


 俺はおどけるように笑って頭を振った。


 きっとアイリーンは、昨日今日で俺の評判でも聞きつけたのだろう。


『役人からも見放された狩人』とか、そんな感じで。


 で、俺に再起してほしいとか企んでるのかもしれない。

 それこそヤレイみたいに。


 しかし……いったいどこの世界に弟子に救われる師匠がいるというのだ。


 俺はアイリーンが気休めでそんな提案をしているという風に受け取って、冗談交じりに口を開いた。


「なんだよ、英雄って。

『キメラ殺し』でもやろうってのか?

 そんくらいの凶悪な魔物がホイホイと街に現れるわけ……」

「今この街に一匹隠れてますよ」

「だから……は?」










「今、この街に、キメラが一匹潜んでいます」

「……は……?」


 意味が分からなすぎて、動揺を隠すことすら忘れてしまった。


 こちらの呆け顔を見たアイリーンが、おかしそうに金色の瞳を歪ませる。


「ふふふ、信じられないって顔してますね。

 でも本当ですよ。

 私はこの力で『キメラ殺し』を叶えたんですから」


 誇らしげな顔で胸を張る彼女に、俺は言いようのない不穏なざわめきを感じ取った。






『豪閃』アイリーン。


 英雄として名高い彼女のキメラ討伐数は、聞くところによれば三体である。




 一体を倒すだけでも英雄扱いされるキメラを、三体。


 うち、二体は単独での撃破だという。




 ……本人いわく、最初の一体を仲間とともに無力化して拘束した時に、拷問と実験を重ねてキメラが持つ能力を暴こうとしたらしい。


 その際に、なんども『擬態』を解く瞬間に立ち会ったことで……


 いつしか彼女は、キメラが元の姿に戻った瞬間の空気のざわめきを明確に感じ取れるようになったという。


 その新たな能力を引っさげて、残る二体を立て続けにほふったと、後になってから俺は知った。




「でも、その時の解剖で得られた成果ってそれくらいでしたけどね。

 一口にキメラと言っても、体組織に個体差がありすぎてあまり参考になりませんでしたし、あの魔物は口がへんに堅かったですから」

「……」


 唖然とする俺に、アイリーンが傷ついたように苦笑する。


「ちょっと、わたしのこと化け物でも見るような目で見てません?」とおどけるように笑っていたが、こちらはそれどころではない。




 ――セツナが、狙われるじゃないか。




 その危機感と、焦りに、いやな汗がにじんでくる。


 ……やがて彼女は、放心する俺の様子を見て強引に顔を近づけてきた。


「やつらは、三日以上は『擬態』を続けることができません。

 つまり、三日に一度は確実に敵の居場所を探れるんです。

 私を通して」

「……三日……?」

「はい」


 そんなの知らないぞ。

 数か月もあいつと一緒に暮らしてきたが、セツナはそんな素振りなんか一度も見せなかった。


 ……じゃあ、なんだ?

 あいつは、俺に見られないところで何度も魔物としての姿に戻ってたのか……?




「――どうです? やれそうじゃありません?

 アンサングスのみなさんの夢を、叶えられるんですよ」


 はっとして視界のピントを合わせると、やや不安げにこちらをのぞき込むアイリーンの姿が目に映る。


 普段の眩しい笑顔に陰りがあるように見えて、ようやく自分が長く口を開いていなかったことに気が付いた。


 落ち着け。

 別にアイリーンは悪意があって言ってるわけじゃない。

 たぶん正真正銘、ほんとうの善意で『キメラ殺し』を提案してきてるのだ。


 ただ、そのキメラの実像を知らないだけで。


 ……。


 ……考えることが多いな……。


「すこし、時間がほしい」

「……そうですよね」


 アイリーンはまだ何か言いたそうにしていたが、今回は引き下がることにしたのか、すぐにパッといつもの笑顔を弾けさせた。


「それじゃ、いったん街に戻りましょうか!

 行きたくて行きたくて仕方なかったお店がたくさんあるんです。

 ご一緒していただけませんか?」

「……ああ……」


 先ほどまでの弱気な顔など嘘だったかのようにステップを踏んで先へ行くアイリーンに、自分もゆっくりとついていった。




 それから数十分もしないうちに、俺たちは街の通りまで戻って散策。


 二年前も同じ露店で買った食べ物を懐かしそうにほおばっているアイリーンを見ながら、俺は考え込んだ。







 アイリーンは、ただの愛弟子ってだけじゃない。

 俺が公の場へと正当に戻る唯一の道でもある。


 魔物の少女を匿うとか、そういう秘密とは無縁の存在……。


 セツナのヴィジョンという大博打に乗らずとも、アイリーンに頼れば着実に信用を回復していけるだろう。

 負け組が就く職業だなんて言われてる狩人だが、彼女レベルになればその限りではない。


 だが……。





(ん……?)


 そこでふと、俺は見慣れた人影を遠くのほうに視認した。


 あれは……セツナ!?


 なんで街に来てるんだ、しばらく家にいると思ってたのに!?


「どうかしました? 先生」

「いやっ……そろそろ場所を変えるか!」


 一瞬だけ向こうのセツナと視線が合ったが、俺は顔を背けて弟子の腕をつかむ。


 アイリーンが間違ってもセツナのほうに顔を向けないよう、さりげなく立ち位置を調整しながらその場を後にした。




 この二人を鉢合わせるわけにはいかない。


 セツナのことを無視して立ち去るという暴挙だが、この才能あふれる狩人とセツナを接触させただけで何が起きるか……。


 すまない、セツナ……!




 ……というか待てよ、このあとどうやって誤魔化せばいいんだ?

 俺はまだセツナの正体に気が付いてないことになってるし、「お前が魔物だとバレたら速攻で殺される」と伝えることすらできないじゃないか。


 お前を守るためだ、なんて伝えたら、俺があいつを魔物だと知ってることがバレちまう。


 ど、どうやって言い訳したらいいんだこれ。


「先生? 大丈夫ですか?

 汗がひどいですけど」

「いや、大丈夫だ」


 ほんとうにやっかいなことになった。

 セツナも、アイリーンも、どっちに対しても無理やり距離を取るという選択肢が取れない。


 どうにかしてうまく立ち回らないと、恐ろしく面倒なことになりそうだ。


 幸い、セツナとは午後に魔物退治に行く約束がある。

 そのときまでにうまい理由を考えておけば、まだ取り返しはつくだろう。




 内心で頭を抱えながら、平静を装ってアイリーンをその場から連れ出していった。

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