第13話 金髪の女狩人

 ――ギル視点



「『キメラ殺し』って……アイリーンお前ほんとうにやったのか!?」

「本当ですよ先生!

 すべては先生の指導の賜物です!」


 彼女はそう言って芯の強そうな金色の目を向けてくる。


 懐かしい。


 この眩しいほどの金色の髪と瞳。

 背丈は俺と同じくらい。目線の高さも同じくらいだ。

 そういえば彼女はそこそこ背が高い方だったなと、今さらのように思い出した。


「アルトさんやニアさん、ヴィンスさんが亡くなったことは、風の噂で聞きました。

 先生も、辛かったでしょう」

「……ああ」


 そこで、アイリーンは悲しそうに目を伏せた。


 アイリーンに狩人としての技術を教えたのは、かつての仲間たちが生きていた時……まだ俺がアンサングスの一員だった時である。


 それから一年かそこら教えたあと、やがて彼女は俺たちと同じように『キメラ殺し』の勲章を求め、別の地域でそれを達成しようとしたのだ。


 そして、彼女はそれを実現させた。


 誇るべきことである。




 ――そこで、俺たちは周囲からの視線に気が付いた。


 他の狩人たちがいるこの支店のなかじゃ目立つだろう。


 俺たちはそれとなく外に出て、歩きながら会話の続きをはじめた。


「今度、アルトさんたちのお墓に案内してください。ちゃんとご挨拶に行きたいので」

「ああ、あいつらも喜ぶだろう。

 それにしても……もう別の街で英雄になったのか……。

 はは、もう俺から偉そうにものを教えることもできないな」

「そんなことありません。先生から預かった技術や、知識があったからこそ『キメラ殺し』を果たせたんです。半分は先生のおかげですよ」

「そう言ってもらえると救われる」

「……良かったら、場所を変えてゆっくりお話でもしませんか?

 話したいことがたくさんあるんです」


 眩しいほどの金髪を撫でながら、アイリーンはそう提案してきた。


「それはいいな。どこか場所の希望はあるか?」

「あの家がいいです!

 アンサングスのみなさんで買ったっていう、小さな家が!

 わたしも何度かお邪魔して、思い出に残ってるんですよ」

「ああ、もちろんいいぞ。

 あの家ならいまも俺が住んで――……」




 そこで、俺は凍りついた。




「それじゃ、さっそく行きましょう!」

「いやちょっと待った」


 アイリーンの肩を掴んで制止させる。


 頭上にハテナマークを浮かべて振り返ったアイリーンを視界に収めながら、俺は服の内側で尋常じゃない量の汗がにじんでくるのを感じていた。




 まずい、家にはセツナがいる!!


 あいつは今ごろ買い物を終えて飯の準備でもしているところだろう。


 そこに、この愛弟子を鉢合わせたらどうなる?


 片や、キメラであることを隠して暮らしている魔物のセツナ。

 片や、『キメラ殺し』を果たした凄腕狩人のアイリーン。


 ――ぜったいに、恐ろしいことになる。


「どうしたんですか?」

「いやっ……やっぱり、また今度にしてくれないか」

「ええっ!? どうしてですか!?」


 まさか「家に匿ってるキメラがいるから」なんて言えるわけがない。

 うまいこと嘘をつかないと。


「いや、ちょっと客を受け入れるには部屋が散らかりすぎてるんだ。

 男一人で住んでるとそうなるんだよ、うん」

「あれ? 先生って孤児の子と一緒に住んでるんじゃないですか?

 ここに来るまでに街の人からそんなふうに聞きましたけど」


 ――ヤバいッ!!


「……なんで嘘つくんですか?」


 怪訝そうに向けられるアイリーンの金色の瞳。


 俺は服の内側の発汗量が二倍くらいに膨れ上がるのを自覚した。


 後だしでそのカード切ってくるなんて卑怯だろ! と胸中で愚痴りつつ、俺は脳をフル回転させた。


 相手を納得させるハードルは高くなっている。

 家に呼べないことと、嘘をついたことの両方に使えるうまい言い訳をしなければ……!




「……どうやらちゃんと情報収集は行っているようだな」


 やがて、俺は腕を組んで威厳のありそうな声を出していた。


「どういうことですか先生?」

「すまない。実はすこし試していたんだ。

 俺の弟子がちゃんと『キメラ殺し』を為すに値するほどに育ったのかどうかをな」


 アイリーンは、はっとしたように目を見開いた。


「――優秀な狩人たるもの、情報収集を怠るべからず……!

 私が教えを守っていることを確かめていたのですか……!?」

「うむ」


 俺は重々しくうなずいた。

 おそらく、アイリーンにしか使えない妙技……。


 師匠としての威厳でゴリ押しする作戦である。


「だが、家には呼べないのは事実だ。

 世話をしているその孤児はひどく人見知りをするやつだからな。

 あまり不安にはさせたくない」

「先生がそう言うなら、その通りにします」


 よし!

 心の中でガッツポーズを取り、俺は音を殺して安堵のため息をついた。


「それじゃ、また明日、別の場所でお会いしましょう!」

「ああ。

 明日の朝に、またここに来てくれ。

 あいつらの墓に案内しよう」

「分かりました!」




 頭を下げて去っていくアイリーンを見送り……

 俺はようやく重い息を吐き出せた。


 今日のところはどうにかなったが、しかし、明日以降もこれが続くとなれば骨が折れるぞ。


 いかに自分の愛弟子といえど、セツナの正体に感づかれるわけにはいかない。

 それが『キメラ殺し』を果たした凄腕の狩人だというならばなおさらだ。


「……ちゃんと考えないといけないな……」


 理想を言えば、アイリーンにも協力してもらい、セツナという人間に友好的なキメラを守ることができれば万々歳だが……。


 それは望みすぎだろうか。


「とりあえず明日、探ってみるか」


 何にせよ、アイリーンとは今後も関わる機会はある。

 セツナのことはバレないようにしたいが、アイリーンもなんだかんだで俺を信頼してくれる数少ない友人の一人なのだ。

 それにアンサングスの思い出話ができる唯一の相手でもある。

 あいつとの信頼関係は失いたくない。



 ……ああ、そうだ。

 セツナのほうに、アイリーンのことをどう説明するかも考えなければ。


 俺の愛弟子であることや、『キメラ殺し』を果たした凄腕狩人であることなどなど……。


 どの情報を、どこまであいつに教えておくのがベストか。


 伝え方も工夫する必要があるだろう。

 セツナの正体に俺はまだ気が付いていないということになっているから、世間話の流れでそれとなく教えるべきか。


「はぁ……『キメラ殺し』で英雄になる道を選んどけば、もっと楽だったのかな……」


 かつて選ぶはずだったもう一つの未来を想像してから、「やっぱりないな」と思い直し、俺はセツナの待っている家へと急いだ。

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