第7話 キメラの学習能力
――ギル視点――
ここ最近、セツナが露骨に俺から情報を引き出そうとしてくる。
いったいどんな心境の変化があったのか……。
先日やつに気づかれないように尾行していたときのことを思い出す。
そのときの様子では、ただ俺たちの街を歩いて回っているだけだったと思っていたが……。
もしかしたら、尾行していたことがバレて警戒されてしまったのかもしれない。
それにしても、あの、何を考えているのか分からないまっすぐな眼差しにどう対処したらいいのか……。
いいや、『キメラ殺し』の夢を叶えるためだ。
これくらい成し遂げられなくてどうする。
幸い、やつは俺の監視下から逃れるそぶりは見せていないので、まだ猶予はある。
役人が来る日時も決まった。明日である。
ヤレイを経由してよこされた連絡では、明日の昼過ぎにお偉いさんが訪ねてくる手はずだ。
そこから、役人を準備しておいた『見張り台』に連れて行き、あらかじめ設置していた罠にセツナを誘導させて本当の姿を暴く……。
その瞬間を役人に見てもらえば、正式にやつがキメラだと証明されたことになる。
逆を言えば、ここでミスればもともと低い俺の狩人としての評価がさらに下がってしまう。
そうなればもう一度、役人を呼ぶことも難しくなるだろう。
事実上のラストチャンスである。
「――ギル、いまは暇か?」
そこで、扉を開けたセツナがひょこっと顔をのぞかせてきた。
俺は即座に、調整していた罠を隠し、椅子に座ったままセツナのほうに振り返る。
「ああ、どうかしたか?」
「うん、ちょっと聞きたいことがあるんだ。
いい?」
またか。
これで何回目だ?
今までに聞かれた内容は、俺の好きな食べ物とか、好きな場所とか、そういう大したこともないものばかり。
別に相手に知られてもさして影響のない情報だったのでてきとうに答えていたが……さすがに面倒になってきた。
しかし、相手からの信用を失うわけにはいかない。
俺は立ち上がり、部屋を出て自室の扉を閉めてからセツナに向き直った。
「ああ、もちろんいいぞ。
今日は何を聞きたい?」
「ギル。
ギルには家族っているの?」
「……うーん……」
そんなの物心ついたときからいないんだがなあ。
何と答えるべきか。
リビングの椅子に、きし、と座りながら考えていると、「あ」とセツナが声をあげた。
「ご、ごめん、やっぱり忘れてほしい。
別の質問にする」
セツナは視線を外しながら申し訳なさそうにつぶやく。
うん? 俺、自分が孤児だったことこいつに話したことあったか?
……ああ、この前の門兵のときか。
あのとき成り行きで俺の素性を門兵にバラされていた気がする。
こいつ、そのときのことまで覚えてたのか。
……それにしてもこいつが、相手に触れてほしくないであろう話題を避けようとしたことに俺は少し驚いてしまった。
キメラも人間らしい気遣いの仕方をするんだな、と何気なくそう思って俺は怖くなった。
もしかしてここ数日間、街を歩いて回っただけで学習したのだろうか……。
「えっと、家族じゃなくて……
信頼できるやつってギルにはいるか?」
改めて向けられた質問に、俺はあごをさする。
――これは慎重に答えたほうが良さそうだ。
ここで答えた人物を後になってから人質なんかに取られたらたまったもんじゃない。
今のセツナがそんなことをするとは思えないが、近い将来、凶悪な大人のキメラに成長したあとならその可能性は十分にあるのだから。
信頼できるやつと聞かれてパッと頭に思い浮かんだのは、いまだに俺に協力してくれるヤレイと……。
あと、狩人として遠くの街に行っているはずの愛弟子くらいだが、この二人の名前を上げるわけにはいかない。
俺は、死んだあいつらのことを使わせてもらうことにした。
「いたよ、一年前に。
同じ狩人仲間でな、あいつらと一緒にいた時間はほんとうに安心できたんだ。
でも、もういなくなっちまったからなあ」
「それって、キメラの王さまに挑んだ狩人たちのことか?」
「ああ。
……おや? そういえばどうしてお前がそんなことを知ってるんだ……?」
「そ、それは……別の街! 別の街で聞いたのだ」
慌てて弁護を図るセツナのうろたえっぷりに、俺は少し笑ってしまった。
これでバレないと思ってるのがほんとうに不思議だ。
殺すとか殺さないとかで悩んでいる自分が馬鹿みたいに思えてくる。
俺はこいつが魔物だということも忘れ、表情を崩して笑い続けた。
……しかし、やがてセツナは不安げにこちらを見上げてくる。
「ギルは、魔物のことを恨んでるか?」
視線を下げれば、唇を引き結んで様子を伺うように見上げてくるそいつの姿が。
そう、これだ。
なぜこんな顔をするのかが分からない。
魔物の頂点であるキメラ種のくせに、人に危害を加える化け物の一匹のくせに、どうしてそんな顔をするんだ。
「……言葉が通じる魔物がいるくらいだ。
きっと、良いやつだっている。
だから、魔物全部を恨んだりはしないさ」
俺は笑顔を崩さぬまま、静かにそいつの反応をうかがう。
「そっか……よかった」
どうやら嘘だとバレてはいないようだ。
ほっとしたように胸をなでおろすセツナを見て、俺はついでとばかりに、やつから情報を引き出そうとする。
「セツナ、お前がいたところってどんなところだったんだ?
――ああ、いや、無理に話さなくてもいいんだが」
露骨に顔をしかめたやつの反応を見て、俺は一歩引き下がる。
まさかここまで感情をあらわにするとは。
変に刺激するのはマズイ。様子をうかがいながら俺はそいつに答えを促す。
セツナは、慎重に言葉を選んでいるのか、眉間にしわを寄せてうんうんとうなり、そしてようやく口を開いた。
「……イヤなとこだった。
役に立たないやつはすぐ見捨てられて、みんなお互いの悪いとこばっかり探そうとしてて。
どれだけ偉くても安心できる場所じゃなかった。
すごい居心地悪かった」
魔物の社会は、弱肉強食の世界だと言われている。
こいつのいまの発言は、それを裏付けるもののように思われた。
それにしても、居心地が悪い、か。
絶対的な支配階級であるはずのキメラがそんな言葉を使うなんて、にわかには信じられないことだな。
「でも……」
セツナはそこで、複雑そうな顔を浮かべた。
「――あっちの世界にも、いいことはあったと思うんだ」
「ほう?」
うつむきつつも窓の外に視線を向けたセツナに、俺は一言も聞き漏らすまいとさりげなく顔を近づける。
「例えば、どんな?」
「ひとりでいても平気だったところ。
……この街に来てから、なんだか、自分がひとりでいるのが怖くなった気がするんだ」
――俺は目を見開いた。
ひとりでいるのが怖いだって?
「前はそんなに気にならなかったはずなのに。
なんでだろう」
セツナは、相変わらず舌足らずな口調で、不自由そうに言葉を紡ぎ続けた。
「わたしのいたところは、みんな意地悪だったけど、嘘をつかれることなんてなかった。
つらいことたくさん言われたけど、でも分かりやすかった。
こっちは違う。
たぶんみんな、いっぱい嘘ついてる。
ほかのやつらが何を考えてるのか分からない。
それが……わたし、ほんとうはすごく不安、なんだ」
俺は少し考えてから、頭を抱えた。
どういうことだ?
キメラが『孤独』という概念を得たっていうのか?
魔物の最上位種であるキメラは、群れの中で圧倒的な支配力を持つ強者だ。
たとえ自分一人だけになっても一切の問題もない。そういう上位種として生まれついた存在が、孤立するのを恐れるだって? そんなのあり得ない。
あり得ないはずなのに……。
俺はこの銀髪の少女を見下ろした。
――まさか、こいつ、人の『感情』まで学習し始めてるんじゃ――
「ギル。
なんでわたしを拾ってくれたんだ?」
そこで、赤と青のオッドアイをまっすぐに向けてくるその少女に俺はたじろいだ。
「な、なんでって?」
「うん。
普通は、見ず知らずの子を引き取ることなんてないって知ったから……」
どこでそんなこと知ったんだ。
俺は冷や汗がにじみそうになるのを感じながら、脳をフル回転させる。
まさか『お前を倒してキメラ殺しの夢を叶えたかったから』なんてバカ正直に言うわけにはいかない。
かといって下手な嘘を言えば、この学習速度だ。
すぐにばれて警戒されちまう可能性がある。
逃げ場のない、家の中。
わずか数秒にも満たない一瞬の合間に、俺は苦渋の味を噛みしめながらようやく口を開くことができた。
「……お前がいれば、これからの日々が良くなってく気がした。
それだけだ」
嘘はついてない。
こいつの存在が、今後の俺の人生を経済的にも社会的にも豊かにさせてくれると期待できたからここまでかくまってきたんだ。
今はまだ、その準備期間。
こいつの正体を暴いて、殺した瞬間に、俺はこの街の英雄になれるんだ。
「……そっか、こんなわたしでも、誰かの役に立てるんだ……」
しかし、こちらの思惑とは裏腹に、セツナはぎゅっと自分の胸に両手を抱いていた。
そのまま頬を赤らめて見上げてくるキメラの娘にどきりとしながら、俺は逃げるように顔を背けた。
「……仕事の準備があるから、少しひとりにさせてくれ」
「うん」
きっとこちらを信頼しきっているのであろう、セツナの柔らかい視線を避けて俺は立ち上がり、また自室に戻っていく。
扉をぱたりと閉めて、音もなくため息をついた。
役人が来るのは、もう明日だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます