47 応接の間での作戦会議

 自身の部屋からこの周囲を描いた大きめの地図を持ってきたホームは目ぼしい辺りに赤インクで丸を付けていた。


この世界では大きな紙、地図といったものはかなりの高級品である。

現在日本の価値に当てはめると、壁に描かれた絵画は2メートル縦3.236メートルのサイズで紙代だけで80万円~120万円(額縁を除く)、ホームの持ってきた地図のサイズは1.8メートル四方で紙代以外の地図の価値まで含めると500万以上と言える。


 それを躊躇なく失敗すると使い物にならなくなる赤インクで印をつけたり書き込めるのだから伯爵家のご子息というのも豪快なものだと言えるだろう。


「皆様、これをご覧下さい!」


 ホームが用意した地図に描かれた赤丸は転々としていたがそれを一つにつなぐとある場所につながっていた。

 『ヘクタール領との関所』である。これはモンスターも盗賊もどちらもヘクタール領から持ち込まれたものである証拠と言えよう。


「これは……絶対真っ黒ですわ! ヘクタール男爵が裏で糸を引いているのは間違いありませんわ!!」

「これはどー考えてもヘクタールが裏にいるわねー、あーしはアレ大っ嫌いだから仕事受けなかったけど」

「マイルさん、仕事ですか? ヘクタール男爵から?」

「金はいくらでも出すから、レジデンス領のゴーティ伯爵を暗殺してほしいって頼まれたのさね。あーしの気に入らない仕事だったからソッコー断ったけどね!」


 ゴーティ伯爵は冷静に目を閉じたまま紅茶を飲んでいた。


「それで、お嬢さんにそれを依頼した相手は誰でしたか?」


 ゴーティ伯爵は冷静だった。いや、冷静すぎるくらいだと言えただろう。自身が暗殺対象にされていたというのにまるで怯えた様子もなければ怒る気配すら見せなかった。


「さーてね、薄闇色のフードを被った男だったかな、軽薄な感じのやつだったね」

「……ユカ!? それって!」


!? エリアの驚愕っぷりと薄闇色のフード! それは遺跡をコイン一枚で崩壊させた謎の人物に違いない! 私はここでその名前を聞くとは思わなかった。


「胡散臭い男があーしにヘクタール男爵からの依頼でゴーティ伯爵を殺してほしい、金なら成功報酬でいくらでも出す。って言ってたねー」


 マイルさんもある意味こわいもの知らずだ、ゴーティ伯爵本人に暗殺依頼があった事をそのまま伝えたわけである。これがもし器が小さい相手ならその場でぶっ殺されてもおかしくない話である。


「しかし、ヘクタール男爵は狡猾な男だ。もし私を狙ったとして、雇った暗殺者が返り討ちに遭ったとしても知らぬ存ぜぬで白を切るだろうね。お嬢さん、依頼を受けなくて正解だったと思いますよ。もし彼の依頼を受けていたら、今ここに君の首がテーブルの上に乗っていただろうね」


 ゴーティ伯爵! この人は優しいだけではない、敵とみなした相手には苛烈に打ち据えるだけの迫力と実力を持ち合わせているのだ。


むしろ、それだけの実力が有る故に自信をもって人に優しくできるのであろう。『強い奴ほど笑顔は優しい』のである。


「あ……あーし、絶対伯爵様に逆らおうなんて思いません! 思いませんってばー!!」


 マイルさんはかなり挙動不審になっていた、そりゃああんなにこやかに自分の生首がテーブルの上に乗ってたなんて言われたら誰だってビビるだろう。


「それで、父上、僕達はまずはどう動くべきでしょうか」

「そうだな、モンスターと盗賊、これがどちらも同じ勢力かどうかを考える必要があるだろう。考えられる事としては、盗賊の中にモンスター使いがいてモンスターを使っている可能性、この場合は盗賊を倒したら制御できなくなったモンスターが暴れ出して領民に被害が出る可能性があるだろうね」

「流石父上です! では僕たちがするべきはモンスターを先に倒してから盗賊を捕まえる形ですね!」

「まあその方がいいだろう、話の通じないモンスターと違い、盗賊は人間だ。そいつ等からヘクタールの尻尾を掴めるだろうね。口さえ動けば情報はどうとでも聞き出せる……」


 私はにこやかに笑っているようで全く目が笑っていないゴーティ伯爵を見て、心底伯爵の凄まじさを感じた。

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