46 音楽という名の惨劇

 ゴーティ伯爵はバスティアンから楽器を受け取った。どうやら自慢の演奏を私達に披露してくれるようだ。しかしホームとルームがいきなり取ってつけたような理由で応接の間を離れた理由がこの時点ではわからなかった。


「では、皆様……ご清聴の程、よろしくお願い致します」


 エリアはこういうものを聞くのは初めてのようであり、マイルさんはイケメンが動いているのを見るのだけでも満足しているようで猫耳をぴょこぴょこしながら喜んでいた。


 この後……あれ程の惨劇が起こるとはまだ誰も気が付いていない。執事のバスティアンさんを除いては……


ゴーティ伯爵はバイオリンを弾き始めた。あれだけの才能の塊だ、さぞ音楽の才能も優れた物なのだろう、そう思っていたのだが……


 ギュオゴゴゴゴギギギギィーーー!!!


そしてゴーティ伯爵のバリトンのイケボで……音程のハズレまくった歌が始まった!!! 


これを例えるなら、『国民的有名猫型ロボアニメ』に出てくるガキ大将の空き地リサイタルにヒロインのバイオリンを合わせたような凄まじい音と声の最悪のコラボレーションというべきだろう!! ホームとルームの二人が逃げ出した理由を今になって私達は痛感していた。


「第一楽章、お楽しみいただけましたか。では引き続き第二楽章をお楽しみください」

「バスティアンさん……」

「何でございますか? ユカ様」

「これって何楽章まであるのですか?」

「12楽章でございます、アンコールを含めると15楽章になります」


 ダメだ!! この音の拷問が後1楽章5分前後と考えて1時間以上続くのか!!? 私はこの世界で久々の絶望を感じていた……。


「あのー……途中で止める事はできないのでしょうか?」

「駄目ですね、旦那様は普段は温厚で思慮深い方なのですが、音楽を否定されると途端に激昂して手が付けられなくなります。まあ皆の者は普段の旦那様の素晴らしさを知っているのであえて口出しをせず、嵐が過ぎ去るまで待つ形になります」


 完璧超人にもやはり欠点はあったのである。しかしこの欠点は致命的ともいえるようなものだった。


「奥様は生前、音楽の神に愛されたような方でしたので旦那様も聞く方で満足していたのですが、奥様がお亡くなりになられてからは他人の曲では満足できず、自身が演奏をするようになったのでこのような事になっておるわけです」


 バスティアンさんはもう慣れたものとばかりに冷静に対応していたが、この音楽という名の暴力は確実に初見殺しである。エリアとマイルさんは椅子に座ったままだったが、二人共おとなしく曲を聴いているようだった。


……と思ったら二人共気絶していた……エリアは座ったまま白目をむいていて、マイルさんはニコニコした表情のまま気絶していたので猫耳すら動かずに固まっていた。


 この惨劇はしばらく続いた……私は恍惚の表情で演奏を続けるゴーティ伯爵の演奏を聴き続け……第9楽章まで行くともう音楽とすら認識せず、後ろで何か騒音が流れているものの修行だと考える事でどうにかやり過ごした。


「皆様……それでは、最後の曲になります」


 どうにかこの音楽という名の拷問が終わる、しかし終わった時に寝ていたら非常にまずい事になる。私は両隣のエリアとマイルさんをゆさゆさ揺らしたり少しつねってどうにか起こす事ができた。


「ン……ユカ!?」

「しっ! 聞いてたようなフリするんだ」

「うーん……あーし流石にアレは無理だったわ」

「二人共、黙ってて!」


 渾身の演奏を終えたゴーティ伯爵は満面の笑みで私達に深々とお辞儀をした。


「皆様、ご清聴いただき、誠に有難う御座いました」


 音楽演奏が終わったタイミングを見計らってホームとルームの二人が応接の間に戻ってきた、ちゃっかりしたものである。


「父上、先程の時間で盗賊やモンスターの出没地域について調べておきました」


 ただ言い逃れで逃げたのでは無いと言わんばかりに、ホームは今後の為の事を調べていたようである。

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