第26話 シナリオの崩壊
卒業パーティー当日、私は無能王子とは別の馬車で会場に辿り着いた。
「普通迎えに来るでしょ。だから無能なのよ。」
私は周囲に聞かれないよう、小声で悪態をつく。
「婚約者が女をエスコートするって知らないのかしら?」
知っててやってるならただのクソ男だし、知らないなら知らないでただの馬鹿よね。
まぁ、これもゲームシナリオにあった展開の中の一つではある。あるけど、それはそれとして文句が口をついて出てくる。
「えーっと、私の席は……。」
遠くにいる無能王子がこちらを一瞥し、ふいっと顔を逸らした。
迎えに来られてもムカつけど、迎えに来なければそれはそれで腹が立つわね。
「あの席か。っていうか絶対に殺す。」
私は殺意を押し隠し、スタスタと自席へと向かった。
無能王子の横にはマリーベルがいて、その隣が私の席らしい。恥をかかせようってのが丸わかりの作戦ね。
「あら。メルトリア様ったらもう少し早く来て頂かないと。」
「そうだぞ。少し遅いな。」
「はい。申し訳ございません。」
お前が迎えに来ないから遅くなったんですけど? 普通は婚約者が女を迎えに来るものなんですけど?
迎えに来ないのは分かってたけど、万が一を考えて少しの時間待っていたから遅くなったんですけど?
「メルトリアは時間も守れないのか。」
「殿下。あまり言い過ぎますとヒステリーを起こされても敵いませんので、この辺にしておきましょう。」
「そうだな。」
どちらかと言えばあんたの方がヒステリーじゃないの。
マリーベルはヒステリーであると同時に、この国のヒストリーに刻まれるから別にいっか。
……これは座布団三枚くらいかもしれないわね。
「ふふっ。」
「不気味ですわね。急に笑い出すなんて……。」
「メルトリア。お前、今日は少し雰囲気が違うな。」
無能なりに何か感じるところがあるのかしら。と言うか、私がヒステリー起こしたらあんたら普通に死ぬわよ?
今日はウキウキ気分で来てしまったから少し態度に出ていたのかもしれない。
「失礼? 面白い物語を思い出してしまいまして。」
「あら、どんな物語なのかしら?」
「もうすぐに見られますわ。」
「卒業パーティーの出し物という事ですの? メルトリア様は既にご存知なのね。」
「はい。」
楽しい楽しい物語の始まりよ?
マリーベル。見物料は少し高いけれど、是非とも最期まで観て行って欲しいわ。
「それでは続きまして、在校生代表シュナイザー=ストラウス様。宜しくお願い致します。」
「はい。」
無能王子が在校生代表のスピーチをする為に前に出て行く。
無能が服を着て無能を晒しに自ら歩いて行くなんて滑稽よね。
「えー。シュナイザー=ストラウスです。先輩方が卒業してしまう事に寂寥を感じると同時に、輝かしいまでの活躍をこれからされていくのだと思うと、頼もしさを感じる次第でございます。本日巣立ちの日を迎えるにあたって、サンライズ学園で学んだ数々の事を糧とし……。」
無能の分際で人前で話す事だけは一人前ね。普段は脳みそ空っぽで半人前も無い癖に。
つーか私の隣でニヤニヤしているマリーベルの腹の立つ事ったらないわ。こいつ、絶対に今日仕掛けて来るわね。
卒業パーティーには王も来ているのだから、王と無能王子と私が揃ったところで婚約破棄を言い渡そうって事かしら?
マリーベルの考えそうな事だわ。
「……そして在校生である我々を思い出し、何かあった時は我々が支援する事もあるのだと心に留めおいて下さい。先輩方のお世話になった我々在校生は決して惜しまず手を貸すでしょう。サンライズ学園はいつもあなた方のそばにいます。サンライズと共に、サンライズの心を身に付け、サンライズと共に……。」
いや、同じ事二回言っとるがな。てか話長えんだよ。鼻からキムチ食わせんぞマジで。
マリーベルもマリーベルで何うっとり聞いてんだよ。馬鹿なの? 馬鹿なの? ……いや、馬鹿だったわ。
連帯責任でお前も殺す前に鼻からキムチの刑な。
「最後に、悲しい報せと嬉しい報せを告げねばなりません。俺はメルトリア=アースダインとの婚約を破棄し、マリーベル=ケラトルと婚約を結ぶ事をここに宣言致します。メルトリアは婚約者である俺を立てるという事を一切せず、自身が悪いにもかかわらず謝罪しようともしない所が次期王妃失格だと考えこの結論に至りました。しかもメルトリアはジュリア嬢暗殺の容疑もあります。先輩方には良くこの事を考えて頂きたく思い、祝辞の言葉を締めくくります。在校生代表、シュナイザー=ストラウス。」
無能王子の大馬鹿発言によって会場内が一瞬静まり返り、その後はがやがやとざわめきだした。
嘘でしょ。このタイミングで言う? あまりにも馬鹿過ぎて私の設計したプランが効果を発揮しない可能性が出てきてしまったじゃない……。
婚約破棄するにしても、別室で王と無能とマリーベルと私の四人で話し合うと思ってたわ。流石にこれは馬鹿過ぎる。
でもまぁ、証人がこれ程の数いると言う事は「やっぱりなし。」とは言えない状況が勝手に出来上がってしまったとも言えるわね。
あれ? 案外作戦としては悪くなかったり?
ってダメダメ! あり得ないわよこんなの!
「ふふっ。」
マリーベルが薄ら笑いを浮かべている。自分が次期王妃の座を獲得してしまえば、私程度なんてどうにでもなると思っているんでしょうね。
でもこんなアホな状況になってまで第一王子としてやっていけるかしら?
流石に現王もこれで無能王子を王太子に選ぶなんて事はないと思うけど……ないわよね? あったら直接王を暗殺しなきゃいけないからすんごい大変なんですけど。
「お疲れ様です。シュナイザー殿下、素敵でしたわ。」
「ありがとうマリーベル。」
え? 言いたい事言って戻って来やがったこいつ。
ここまでの馬鹿をやらかしたんだから、せめて私に反論させるとか断罪しようとするとか何か色々あるでしょ?
馬鹿過ぎる……。
「メルトリア。自分の過ちを思い知ったか?」
「えっと……。」
何て返事しようかしら。
馬鹿が過ぎてどうしようもない。どうしようもないけど、逆にやり方としては上手いのかもしれないわ。
あくまで婚約破棄をする事に限定すればの話だけどね。
今から私が返事しても大多数の人間には聞こえないし、私が大声で反論するのは貴族令嬢としてあり得ない。
となれば……。
「静粛に! 俺は第二王子ユリウス=ストラウスです。本日はこの場をお借りして皆様に真実を知って頂きたく思い、登壇致しました。」
ま、まさかの第二王子殿下? ちょっと待って。これ、どう収拾つけるのよ?
全員の前で婚約破棄&断罪劇なんて物語の中だけに決まってるでしょ! 全員馬鹿なの!?
「卒業生の皆様も噂くらいは聞いていると思います。兄上がメルトリア嬢を不当に扱っているという事実を!!」
周囲のざわめきはより一層大きくなり、あちらこちらで「そうね。」「確かに。」「俺も見たぞ。」などと聞こえてくる。
「メルトリア嬢は私がかつてジュリア嬢の困りごとを追及して泣かせてしまった際、颯爽と笑顔で現れ助けてくれたのです。あのままでは俺がいらぬ噂を立てられかねないあの状況で! 可憐な笑顔でどんな劣勢にも挫ける事なく、他者を思いやる気持ちを持ち続けるのが如何に難しい事か、貴族子弟に生まれついた皆様は身に染みているでしょう!」
おい。私を褒めても何も出ないって。
断罪と言うか、ただの公開告白じゃないのよ。あいつも馬鹿か?
「そんなメルトリア嬢を不当に扱い、有りもしない罪を擦り付けようとする兄上には我慢なりません! そもそもマリーベル嬢の婚約者ダラスは亡くなったばかりだというのに、すぐさま兄上と婚約するなどおかしいではないですか! 俺はマリーベル嬢に対し、ダラス暗殺の疑いを持っています!」
ここで言うなよっ!
マズいわ…………これがシナリオをぶち壊した弊害だとでも?
本来であればこの場面での断罪劇なんてない。
大人数の前でのやり取りはその時の流れや派閥状況がまだ固まり切っていない現状では不確定要素が多すぎる。
しかもここは貴族王族が揃っている会場。当然警備も厚い。万が一ここで私の形勢が不利になったら…………捕まる? 私が?
これまで何人も蹴落として始末してきたこの私が?
時間が巻き戻る前の……処刑台での出来事が走馬灯のように脳内を駆け巡る。
また首を飛ばされなきゃいけないの? 私が一体何をしたというの?
元カレに浮気され、腹いせにクソゲーで憂さ晴らししていただけなのに、今度はそのクソゲーの世界に連れて来られ…………。
くそがぁぁぁぁぁぁっ!!!!
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