第27話 綱渡り
「メルトリア様、大丈夫ですか? お加減が悪いのでしたら尻尾を巻いて退散なさった方が宜しいのでは?」
マリーベルのさえずり声が勘に触る。
「黙れ。殺すわよ?」
「ひぃっ!?」
私はこっそり指先に魔力の玉を形成し、誰にも見えないよう手を隠してマリーベルに突き付け小声で話しかける。
(一言でも喋ったら殺してやるから。私がかつてディアナ公爵令嬢の弟を魔法で殺したのは知ってるわよね?)
コクコクと首を縦に振って震えるマリーベル。
こんなクソ女、その気になれば直接手をかけて殺せば良い。今はどちらに転ぶか分からないこの状況を何とかしなければ。
何とか気持ちを落ち着けようと深く呼吸し、卒業生を見渡す。
「居た……。」
マルグリット生徒会長。あいつは婚約者同盟派閥に引き込んだなかなか使える駒だわ。
マリーベルがダラス暗殺を企てた証拠っぽい物をあいつに提示してもらえば良い。
私はマルグリット生徒会長にジッと視線を合わせるが…………。
「え?」
私と視線の合ったマルグリット生徒会長は気まずそうに視線を逸らした。
「何……で?」
裏切った?
いえ、でもあいつはあいつでテレーゼからドントレス大公に話がいくのを恐れているはず。
ここで従わない理由が…………。
「あっ。」
そうよ。この場面で大声を出して注目を集めるなど普通の貴族令嬢はやらない。つまり、裏切ったと言うよりは自分の保身を考えたんだ。
こんな事なら馬鹿なお友達のクラリッサ伯爵令嬢に証拠を持たせておくべきだったわ。
いくら優秀でも土壇場で使えない駒はない方がマシ。
「私も……私もマリーベル様はダラス様を殺したんだと思います!」
「私もそう思いますわ! 盗賊の動きがきな臭いので調べさせていたら、盗賊がダラス様を狙っているという情報を掴んだのです! あのタイミングでダラス様が死んで一番得をするのは恐らくはマリーベル様です!」
クラリッサ伯爵令嬢とカタリナ侯爵令嬢が私を庇ってくれた。あの二人は大事なお友達として、なるべく丁重に扱うとしよう。
そしてここまでお膳立てされているにもかかわらず、マルグリット生徒会長は動く様子がない。
本当に使えない奴だわ。
「成る程……それは増々マリーベル嬢が怪しいですね! 第二王子として、マリーベル嬢には貴族裁判を要求します!」
「待て! この場でそんな事は許さんぞ! お前達は卒業パーティーを何だと思っている!」
ふん。使えない王のお出ましか。
元々お前の躾がなってないからでしょうが。馬鹿な子供を二人も生産しておいて、何を王様ぶっているのかしらね?
お前の馬鹿ガキどものせいで、こっちは死にそうな目に遭ってるってのに。
「ですが父上……。」
「ですがじゃない! シュナイザーもユリウスもどういうつもりだ! お前達には王族の自覚がないのか!?」
「……。」
「……。」
無いでしょ。あったらこんな事してないわよ。
「卒業パーティーは卒業生の為に開かれている! お前達の喧嘩の場にするんじゃない! メルトリア嬢、申し訳なかった。シュナイザーには良く言って聞かせるので、どうか婚約破棄は無かった事にしてもらいたい。」
「は?」
この人は何を言っているの?
「どうした? 不服か? シュナイザーは第一王子だ。ユリウスよりも好物件だろう?」
信じられない。
好物件かどうかはもはやどうでも良い。シュナイザー相手に結婚しようという気持ちなど持てという方がどうかしている。
「ではユリウスの方が良いか?」
正直どちらもいらない。
馬鹿と無能とどちらが良いですか? と聞かれても選びようなんてない。
「お待ちください王よ! 婚約者選びというのはデリケートな問題ですわ。この場でメルトリア様に決めさせるは酷というもの。」
「そうですね。メルトリア様も色々あってお疲れでしょうし、後日じっくり考えて頂くのが良いかと。」
「おぉ。確かにローズマリーやテレーゼの言う通りだな。」
「……すぐに決められず申し訳ございません。」
「よいよい。二人の言う事も尤もだ。」
クソ王が。
クソ王に無能王子に馬鹿王子。こいつら王族など皆殺しにしてやるわ。
「感謝致しますわ。」
私はマリーベルに指を突き付けながらゆっくり頭を下げた。
王族も、マリーベルも、マルグリットも……全員殺してやる。
「どうするのよメルトリア。あれが作戦だったという事?」
「かなり滅茶苦茶でしたけど、メルトリア様は確かに婚約破棄に持っていけそうな流れを作り出しましたわ。」
卒業パーティーは修羅場もあったけど無事?に終わり、テレーゼが急遽提案して会場の一室にローズマリーと私を誘ってくれた。
「そうね。婚約破棄という意味ではそこまで悪くない結果になったわ。」
命が危ういところだったけどね。
マルグリット生徒会長は使えないから証拠を出させた後、以前言い掛かりをつけられた事をドントレス大公に告げ口しよう。
生徒会メンバーも連座で良いわね。
「問題はどちらと婚約するかですけど……。」
「シュナイザー殿下はあり得ないわね。でもユリウス殿下もちょっと……。」
「まぁ、ローズマリー様。ユリウス殿下は確かにあの場面でマズい発言をしてしまいましたけど、メルトリア様を想う故です。」
「そうかしら?」
「はい。普段は優秀な方です。きっとメルトリア様への愛で少し間違えてしまっただけだと私は考えます。」
「うーん……。」
テレーゼの言いたい事も理解出来なくはない。
でもね? 今は馬鹿な可愛い子供で済むんだけど、万一あのまま大人になればただの馬鹿な大人が完成するのよ?
要するにただの馬鹿じゃない。
「メルトリア様はどうなさりたいのでしょうか?」
「私はどちらもごめんです。今日の出来事ではっきりしました。王族との結婚は願い下げです。」
愛に生きる男と言えば聞こえは良い。でも、私への愛で場の流れを読んだり出来ないのは致命的だわ。
結婚後にユリウスがポカをやらかして、私が敵対的な勢力に謀殺される危険がある。
「この流れならどちらも断れそうだけど、それはそれで王の機嫌を損ねるわよ?」
「そうですね。せめてユリウス殿下を選ばなければ危険かと。」
クソがっ。
さっきマルグリット生徒会長が証拠を提示してさえいれば、あの流れでマリーベルとシュナイザーを排除出来た可能性は高い。
そうなれば残った王とユリウスを始末するだけで良かったのに……。
爪を噛みたい気持ちを必死に抑え込んでいると、コンコンとノックの音が聞こえてくる。
「あの……マルグリットです。このお部屋に入っていく皆様をお見かけしましたもので。」
「まぁ、マルグリット生徒会長様? どうぞお入りください。」
「失礼します。」
ガチャリとドアを開け、
「先程は申し訳ございません。あの状況で割って入っていくのは常識的にマズいと思いまして……。」
「いえいえ。あの場面では仕方ありません。私は気にしていませんよ?」
「ありがとうございますメルトリア様。」
こいつを処分するのは決定事項だけど、どう処分しようかしら?
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