第21話 派閥状況

「先日のメルトリア襲撃事件は既に耳に入っていると思うけど、私から提案があるわ。」



 レイチェルが鼻息を荒くしながら身を乗り出している。


 本日は私のお屋敷に集まってのお茶会。恋の話という名目で使用人を遠ざけて、内密な話をしている真っ最中だ。



「それは気になりますね。」


「提案?」


「えぇ。今回は直接の襲撃に加え、第一王子殿下はあろうことかベラルクス家を許せと仰せよ。これは明らかにメルトリアを排除する意思ありと考えられるわ。」


「酷過ぎる……。」

「信じられません……。」



 テレーゼとローズマリーは渋い顔で聞いている。



「間違いなく事態は急を要するの。先ずは第一王子派閥を切り崩す為の噂を流しましょう。」



 噂?


 それってもしかして……。



「と思っていたんだけど、第一王子が婚約者であるメルトリアをないがしろにしているって噂は既に流れているわ。皆も把握してるでしょ?」


「えぇ。」


「勿論。」


「はい。」



 実は死なせても良いお馬鹿なお友達のクラリッサ伯爵令嬢が勝手に噂を流しちゃったのよね。


 馬鹿の癖に本当に良いタイミングで勝手な事をしてくれて大助かり。


 勿論、何かあったらカタリナ侯爵令嬢とクラリッサ伯爵令嬢との家同士の結びつきを突っついて、カタリナの指示だという事にする策略も考えてある。


 要はスケープゴートだ。


 良いお友達が出来て私は大変嬉しい。



「噂もなにも事実じゃないのよ。」


「そうね。だからこそ拡散されるのも早かったわ。」


「はい。私も驚きました。私達以外の方々もきっと気付いてはいらっしゃったのでしょう。」



 レイチェルは更に指を立て、まくしたてる。



「そこで次の段階。私達が第一王子派閥ではない事を暗にほのめかしていく。」


「まだ早くないかしら?」



 本当はもう少し様子を見たいのよね。



「いえ、このタイミングが良いかもしれません。」


「うん。テレーゼの言う通り。目聡い貴族は既に第一王子殿下がメルトリアをないがしろにしている事を知っている。私達が少なくとも第一王子派閥ではない事をほのめかす事によって、追従する家も出てくるはずよ。」


「そうね。追い落とすならなるべく早い方が良いと思うわ。」



 まぁ、一応筋道は通っている……か。



「これを見てちょうだい。」



 レイチェルは直筆で書かれたであろう羊皮紙を私達に差し出してくる。



「内容としては、現在の派閥状況についてまとめたもの。これを頭に入れて今後の話を聞いて。」



 差し出された紙に私達は目を通す。





侯爵家の力を1点と仮定した場合

王家8、大公家5.5、公爵家2、侯爵家1

伯爵家0.5、子爵家0.3、男爵家0.2



派閥状況


第一王子派閥

王家1、公爵家1、侯爵家6

伯爵家4、子爵家4、男爵家7

合計20.6点


第二王子派閥

公爵家1、侯爵家3、伯爵家2

子爵家3、男爵家4

合計8.1点


中立

大公家1、公爵家1、侯爵家2

伯爵家15、子爵家30、男爵家45

合計35点


別枠として婚約者候補同盟派閥

公爵家2、侯爵家4、伯爵家2、子爵家1

合計9.3点





「この内容はあくまで現時点でのもの。私達の婚約者候補同盟に属する人間が第二王子派閥に鞍替えすると……。」



 レイチェルはこの内容に書き加え説明をしていく。





派閥状況


第一王子派閥

王家1、公爵家1、侯爵家6

伯爵家4、子爵家4、男爵家7

合計20.6点

   ↓

王家1、侯爵家3、伯爵家3

子爵家3、男爵家7

合計14.8点


第二王子派閥

公爵家1、侯爵家3、伯爵家2

子爵家3、男爵家4

合計8.1点

   ↓

公爵家2、侯爵家7、伯爵家3

子爵家4、男爵家4

合計14.5点


中立

大公家1、公爵家1、侯爵家2

伯爵家15、子爵家30、男爵家45

合計35点

   ↓

大公家1、公爵家1、侯爵家1

伯爵家15、子爵家30、男爵家45

合計34点




「っと、こうなるわけ。この時点で力関係が第二王子派閥と拮抗するの。そして……。」



 この国でドントレス大公家に次ぐ四大貴族はハワード公爵家、ペトレネート公爵家、ベラルクス公爵家、アイゼン公爵家。


 ベラルクス家はディアナのやらかしで裁判によって降爵され、影響力を失ってしまったので実質三大貴族となる。


 三大貴族のうち二家が第二王子派閥だと言ってしまえば、残るアイゼン公爵家も婚約者をないがしろにする第一王子なんぞに一人娘を差し出したくない為、鞍替えせざるを得ないのだ。



「アイゼン公爵家が味方に付けば力関係は完全に逆転するし、国の三大貴族と過半数の侯爵家が第二王子派閥ともなれば、鞍替えする貴族家は更に増える。こちら側の勝利よ。」


「そうですね。王太子の選出は支持する派閥の力関係が重要だと王は説いてらっしゃいます。王が強情を張らなければ、王太子には第二王子殿下が選出されるかと。」


「私の知っている限り、アイゼン家は一人娘に婿を取らせるつもりだから、間違っても第一王子派閥に属したままではいないと思うわ。」


「はい。アイゼン家が第一王子派閥のままだと、強制的に第一王子に嫁がされて派閥の力関係を逆転されないよう第一王子が仕向ける可能性だってありますものね。」


「ちょっと待ちなさい!」



 ローズマリーが急に大きな声で制止する。



「その作戦だとメルトリアも第一王子と一緒に沈むじゃないの! 最低でも婚約破棄はしてからじゃないとダメよ!」



 あら。何て良い娘なのかしら。



「忘れてた……。」



 レイチェル。貴女案外うっかりね。


 先程までの自信満々な態度はどこへ行ったのよ。



「大丈夫よ。私だって伊達にあの馬鹿男の婚約者を張ってないわ。婚約破棄をする方法だって考えてるわよ。」


「そ、そうなの?」


「当然でしょ。私だって落ちぶれたくはないもの。ローズマリーったら心配してくれるなんて嬉しいわ。」



 私の発言に彼女は顔を赤くして怒り始める。



「ふ、ふん! 別に心配なんてしてないわ。貴女がいなくなったら揶揄う相手がいなくなって困るからよ!」



 意地悪令嬢のツンデレとはどうしてこうも可愛らしいのか。



「ところで作戦とは?」



 テレーゼは今のやり取りをさらりと流し、私に詳細を訊ねる。


 この娘、ローズマリーのツンデレを見てもなんとも思わないのかしら?



「上手い事誘導してマリーベルと第一王子がくっつく方向に持って行くわ。奴らがくっついてから証拠を掴んで……いえ、向こうから婚約破棄させましょう。」


「そんな上手くいくもの?」


「大丈夫よ。」


「うーん……。」


「実は弟がユリウス殿下の協力を取り付けてあるの。」


「はい?」


「いつの間に……。」


「ユリウス殿下は弟の親友であると同時に私のお尻のファンらしいので、時々こっそり後ろから眺めても良いと許可を出したら二つ返事だったそうよ。」



 この場にいる全員が『うげっ』という表情で私を見ている。


 なによ。尻の一つや二つ、眺めさせるだけで婚約破棄出来るなら安いものじゃないの。



「貴女、それで良いの?」


「良いわ。その程度、安いものよ。」


「侯爵令嬢の尻は安くないでしょうに。」


「別に裸になったり直接触らせるわけじゃないんだし良いわよ。別にあの方だったら触らせても良いけど。」



 ユリウス殿下は弟の親友で一応命の恩人だしね。


 あと、単純に好みのタイプでもある。



「メルトリアに確認なんだけど、第二王子殿下と弟はその……私達の計画をどこまで知ってるの?」


「二人は何も知らないわ。婚約破棄に至る事も、第一王子を引きずりおろす事も、ね。」


「計画が漏れないなら良いけど、事情を何も知らない人に協力させて婚約破棄なんて出来るの?」


「えぇ。そこは心配ないから安心して。」



 詳細に関しては三人に言えない。


 婚約者同盟のメンバーはテレーゼ以外も思ったより良い娘達なので、人殺しの為の作戦なんて言わない方が良いに決まっている。


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