第20話 同盟者は見た

 最近メルトリアから王族の闇について聞かされ調べてみたところ、完全な黒だという事が判明した。


 実際彼女の周囲は常に危険で、ある程度以上の身分を持つ貴族子弟が頻繁に突っかかってきている。



「メルトリア。貴女凄いわね。」


「急にどうしたのよレイチェル。」


「ここ最近貴女に突っかかってきた人物を思い出してみなさいよ。」



 カタリナ侯爵令嬢、クラリッサ伯爵令嬢、マルグリット侯爵令嬢、ジャン伯爵令息、デッサン子爵令息。


 これだけの人物が未来の王妃を陥れる為だけに行動しているというのは異常事態。下手をすれば国が末期なのではと勘繰りたくなる。



「見事にメルトリアの家の影響力が及ばない人物ばかりよね。だからこそ突っかかってくるのでしょうけど。」


「えぇ。自分でも驚いているわ。」


「これは確実に貴女が狙われているという証拠。殿下が近くに居たのに駆けつけもしてくれなかった時があったそうよね?」



 ローズマリーから聞いた話だけど、第一王子殿下は付近にいてもメルトリアを一切助けようとはしなかったそうだ。



「貴女が死ねば、次は私達の誰か。死ぬ気で死なないようにしなさいよね。」


「無茶言うわね。それ、死ぬのか死なないのかどっちなの?」


「そのくらいの気概を持てという意味よ。」



 メルトリアは情報が漏れるかもしれないリスクを背負ってでも、わざわざ第一王子の元婚約者候補を集めて王家の闇を教えてくれた。


 打算もある事は承知の上だけど、彼女亡き後自分の身に降りかかっていたかもしれない事を伝えてくれたのだから今は感謝している。


 恥ずかしいから絶対に口にしないけど。



「姉様の仇だぁぁぁぁ!!」


「は?」



 大きな叫び声が聞こえたかと思うと、次の瞬間にはメルトリアが魔法で吹き飛ばされていた。



「うっ……。」



 宙を舞い、ドサリと地面に叩きつけられる彼女を呆然と立ち尽くして見ている事しか出来ない私。


 咄嗟に声のした方を振り向くと、一人の男がメルトリアに向けて攻撃魔法を放つ瞬間だった。



「な、なに?」


「もう一度っ!!」



 男が放った魔法はメルトリアの体に接触した瞬間、シュっとかき消されて消滅した。



「クソっ! 死ねぇぇぇぇ!!」


「お前が死ね。」



 普段のメルトリアからはまるで想像も出来ない、ゾッとするような冷たい声で発せられる言葉。


 本当に私の知っている彼女なのかとも思える程の膝を屈したくなるような威圧感。



「メルトリア……?」



 信じられない事に、彼女が死ねと言って放った魔法は一瞬で展開したとは思えない高威力の魔法。


 どう見ても致死レベル。


 反撃を受けた男はかなりの勢いを伴って吹き飛ばされ、廊下の突き当りの壁にダンっ!という音と共に激突した。



「襲撃よっ! 誰かっ!!」



 一連の流れを見て、ようやく冷静な思考が戻って来た私は周囲に襲撃を知らせる。


 とにかく普段の彼女からかけ離れた姿を見間違いだと思いたくて、先程の光景を振り払うかのように大きな声が出てしまった。



「レイチェル、怪我はない?」


「私は大丈夫……ってメルトリアの方こそ大丈夫なの!?」


「えぇ。いきなりだったから一発目はくらっちゃったけど、弱めの防御魔法を常に張っていたからかすり傷よ。」



 私の見間違いだったのかしら。


 今はもう普段通りのメルトリアだ。


 それにしても……防御魔法を常時展開だなんて、学生のレベルを逸脱している。



「これは何の騒ぎだ!!」



 大きな声を出して駆けつけてきたのは第一王子殿下とその側近二名。


 王家の闇を聞かされた私からすると、はっきり言って白々しさしか感じない。自分が放った刺客でしょうに。



「お前達は何をしている!?」


「殿下、たった今襲撃を受けました。」


「何だと!」


「魔法で撃退し、襲撃犯は向こうに……。」


「分かった! 確認する!」



 第一王子殿下は側近を引き連れ、吹き飛ばされた男を確認する為走って行ってしまった。



「信じられない。襲撃犯の確認なんて側近にやらせれば良いのに、メルトリアを碌に心配もせず行ってしまうなんて……。いえ、分かっていた事よね。」



 改めて見ると、本当にメルトリアは第一王子殿下に命を狙われているのだと確信した。


 たとえ政略による婚約だったとしても、周囲の目を気にして心配したフリくらいはするもの。


 それすらしないというのは、始末する算段があり取り繕う必要もないと思っているからだわ。



「ねえ、これはいよいよもってヤバいわよ。一度全員で話し合いましょう。」


「えぇ。まさか白昼堂々と襲撃されるなんて。」



 こんな人目のあるところで直接的手段に出るとなれば、なりふり構わずメルトリアを殺しにきているという事。


 悠長にしている暇なんてもうない。



「でも凄いじゃないメルトリア。あんなに強かったなんて……。」


「魔法は得意なのよ。」



 あれを得意の一言で済ますなんて、ちょっとズレてるんじゃないかしら。



「得意ってレベルじゃなかったでしょ。まさか殺しちゃったんじゃないわよね?」



 私は余計な事を聞いてしまい後悔した。



「多分殺したけど、何か問題ある?」


「え?」



 普段通りの調子であっさりと答える彼女。



「メルトリア……なぜ平気な顔をして、るの?」


「なぜって言われても……敵だから?」



 本当に何が問題か分かっていないような顔でメルトリアは首を傾けている。



「でも、人が死んじゃって……。」


「敵なら仕方ないわね。」



 婚約者候補で同盟を組むまでは一人でこの逆境をはねのけてきたからこそ培われたであろう精神性。


 彼女は……敵対する相手ならば、人殺しをなんでもないように思っている。


 頼もしさと同時に、そんな風になってしまった彼女に対して私は悲しみを覚えた。



「おい! あいつ死んでたぞ! 加減しなかったのか!?」


「はい。咄嗟の事でしたので、加減出来ませんでした。」


「殺してしまったら背後関係が分からないじゃないか! 本当はいきなりお前が攻撃したんじゃないだろうな!?」



 まさか、この状況でメルトリアのせいにする気?


 絶対にさせないわ!



「殿下、口を差し挟む事をお許し下さい。」


「ん? レイチェル嬢、どうした?」


「いきなり襲撃されたのですから、咄嗟に手加減は難しいかと存じます。」


「ま、まぁそうかもな。」



 たとえメルトリアに手加減する気が初めからなかったのだとしても、この台詞はあまりにも酷過ぎる。


 もし、メルトリアがどこかのタイミングで亡くなっていたとしたら、下手をすれば私が浴びせられていたであろう言葉でもあるのだ。


 それを代わりに彼女が受けているのだと思うと心が締め付けられるような錯覚さえする。



「それに、あの男は『姉様の仇』だと言ってメルトリア様に攻撃しました。」


「あぁ。道理で。」



 道理で?


 本当に白々しい男ね。事情なんて全部知っている癖に。



「殿下? もしや相手をご存知なのですか?」


「あいつはディアナの弟だ。成る程、恨みからの襲撃という事だろうな。」



 ディアナ……ディアナ=ベラルクス元公爵令嬢。


 その弟という事は、今回の襲撃は逆恨みである事をカモフラージュにした第一王子殿下によるメルトリア襲撃作戦だったに違いないわ。


 メルトリアが想定外に強かった為、返り討ちにされて急遽メルトリアに責任転嫁する方向に舵を切ったのね。


 なんて悪辣なっ!



「今回の襲撃で実行犯は死んだ。幸いメルトリアも怪我はないようだし、ベラルクス家に温情を与えてはどうだ? ただでさえ伯爵に下げられてしまったのだから、これ以上罰せられるのは忍びない。」



 そう言ってベラルクス家を残し、再びメルトリア襲撃の手駒とするつもりね。


 絶対にそうはさせない。



「殿下。私は今、死ぬところでした。」


「大袈裟な。お前は死んでないだろ。むしろ死んだのは相手の方だ。」


「もしや、今後もベラルクス家に襲撃されたとして、私は訴え出る事もなく大人しくしていろという意味でしょうか?」


「そ、そこまでは言ってないだろ! 今回の事でベラルクス家は跡取りが居なくなったんだぞ!? 可哀想だとは思わないのか!」



 この男はきっと図星をつかれて焦っているのだ。


 メルトリアも流石に腹が立ったようでこのクズ男に言い返しているけど、直接的な手段に出てきているのだから、今更こいつに気を遣う必要なんてないと私も思う。


 こうなってしまえば、最低限不敬にならない程度に言い返したところで何も問題はないでしょう。



「殿下。示しがつきません。上の身分の人間を襲撃してお咎め無しに致しますと、身分制度の崩壊を招きます。ひいては王族にさえ逆らう者が出てきましょう。」


「いや、しかしだな……。」



 私の諫言に渋い顔をするこの男。これを王子だと認めてはならない。


 是非とも失脚して頂き、第二王子であるユリウス殿下を擁立しなければ。



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