第22話 ついで
「あら。最近は婚約者様と不仲だと噂のメルトリア様じゃありませんか。御機嫌よう。」
「え? あぁ、マリーベル様とダラス様ですか。御機嫌よう。」
早速噂を聞きつけて絡んでくるかと思ったら予想通りね。ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべる婚約者のダラスまで引き連れて。
元親友と元カレに似てホント忌々しい。
もし日本に戻れたらあいつらも合法的に始末してやろう。
「やあ、メルトリア嬢。殿下と仲が悪いようだね。少しは僕らを見習ったらどうだい?」
「ダメよダラス。そんな事を言っては。元気しか取り柄のないメルトリア様はとうとう飽きられてしまったのよ? 元気しか取り柄がないのに、その元気も無くしてしまって……ふふ。」
なんてムカつくカップルなのだろう。ちょっと元気がない演技してやったらコレだものね。
超ド級の意地悪令嬢とその婚約者はほんの少し弱みを見せただけで、久しぶりにする会話が一発目から嫌味ってワケだ。
想定通りではあるけど本当に腹が立つったらないわ。
まぁ、能無し王子との婚約破棄に必要だしここは我慢よ。
「もしかしたら……本当に飽きられてしまったのかもしれません。」
「へぇ? 何か心境の変化でもあったの? 随分殊勝な言葉が出てくること。」
「そうおっしゃらずに。メルトリア様はこれでも大層傷ついてらっしゃるのですから。」
私が故意に弱気発言をしたら、それを補強するかのようにテレーゼがフォローしてくれた。
「あら、テレーゼ様。メルトリアなんかに構っていると貴女も第一王子殿下に見限られますわ。落ち目の人間には見切りをつけた方がよろしくてよ?」
「ご心配には及びません。私、これでも人を見る目はございますので。」
「それはそれは……。婚約者候補同士仲がよろしいことで。」
マリーベルったら、すっかり弱気の私を見て機嫌が良さそうね。普通に性格悪いわ。
今のドブみたいな私とどっちが上かな?
「第一王子殿下だわ。早速話しかけてみようかしら。メルトリア様はそこで指でも咥えて見ていなさいな。うふふ。」
あーあ。楽しそうにしちゃって。噂を完全に信じ込んでいるのね。
まぁ、実際今は能無し王子と不仲だってのは本当だから調べれば事実だと分かるわけだし、張り切ってしまうのも仕方ないか。
これが罠だとも知らずに……ね。
「メルトリア様、本当に良いのですか?」
「えぇ。今の私にはどうする事も出来ませんから。」
ふふ。マリーベルったら気付いてないのね。
ダラスが凄おく苦い顔で能無し王子と楽しそうに会話する貴女を見ているわよ?
「貴方も大変ですね、ダラス様。マリーベル様は少しばかり楽しくなると周りが見えなくなるようでして……。」
私が申し訳なさそうに謝って見せると、ダラスは恥をかいたと思っているのか顔を真っ赤にして言い返してきた。
「ふん! 貴様に何が分かる。第一王子殿下に見向きもされない令嬢如きが一端な口を聞くな!」
面白い奴ね。
自分もたった今、婚約者に見向きもされない醜態を晒している事に気付いていないのかしら?
「マリーベル様は元婚約者候補の中でも並々ならぬ情熱をシュナイザー殿下に向けていましたから……ダラス様、貴方も気をつけた方が良いわ。」
「なんだと? それはどういう意味だ。」
私が軽く煽ったにもかかわらずすぐさま冷静さを取り戻すなんて、案外脳みそは正常な部類なのね。
あ、一応将来の王妃である私にさっきの態度を取っている時点でまともじゃないか。
「万が一、マリーベル様が私から第一王子の婚約者という立場を奪える算段がついてしまえば貴方は……後は言わなくても察しはつきますわよね?」
「な……そ、そんなわけ……いや、忠告感謝する。」
「はい。忠告ついでにもう一つ。どこかへ行く時は身の潔白を証明する為の証拠を残しておく事をおすすめします。」
「重ね重ね礼を言う。そして先程の無礼を謝罪する。」
「いえいえ。では御機嫌よう。」
私はテレーゼを連れ、この場を後にする。
「自分の非を認めて謝罪出来るなんてなかなかの人ですね。」
「えぇ。私もダラス様って粗野なだけかと思っていましたが、認識を改めなければと反省致しました。」
テレーゼは心の底から思っているようで少しだけ申し訳なさそうな顔をしている。ダラスがしょうもないのは事実だから、申し訳なさそうにしなくたって良いのに。
「本当ですね。謝罪も頂けたので、これで先程の無礼は忘れる事にします。どうせ殺すけど。」
「え?」
どうしたのかしら?
この娘ったら急に私の方を見て……顔に何か付いてる?
「あの……?」
「どうかしました? もしかして、私の顔に何か付いてます?」
「い、いいえ。何でも……(気のせい、ですよね?)」
テレーゼったら、独り言なんて珍しいわ。
ちゃんと聞こえなかったけど、まぁ大した事でもなさそうよね。
「ダラス様にあのような忠告をなさって大丈夫なのですか?」
「これも作戦のうちですので問題ありません。」
「そうですか……作戦だとはいえ、メルトリア様もお辛いのだから我慢なさらず私達に相談して下さいね。」
なんて良い娘なの。
今、全米が泣いた。
本当は作戦でもなんでもなく、マリーベルとダラスを仲違いさせる為に嫌がらせで忠告してやっただけとは口が裂けても言えない。
「あんな能無し王子はマリーベルに餞別でくれてやりますから、テレーゼ様も気にしないで下さいね?」
「餞別、ですか?」
「え? あぁ、言葉の綾です。」
私の発言に対し、不思議そうに首を傾けるテレーゼ。
危ない危ない。
マリーベルを処分する事はまだ誰にも言ってないんだった。下手に言うと、テレーゼは反対しちゃいそうだしね。
「こうして私とシュナイザー殿下の仲に隙がある事をマリーベルに行動で示していきます。」
「そんなに簡単に上手くいくのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。きちんと仕込みもしてありますから。」
「詳しい内容は……秘密なのでしたね。」
「はい。私の周囲にいる方々にとっては、知らない方が反って上手く対処出来るはずですもの。」
この日以降、マリーベルは何かと私に突っかかってきてわざわざ見せつけるように能無し王子と仲の良さをアピールしてくるようになった。
婚約者以外の女に持て囃されて満更でもない顔をしている第一王子の間抜け面がなかなかに笑える。
正直あんな男なんて全くいらないので微塵も嫉妬心が湧き出る事はなかったけど、一応悔しいフリも時々しておいた。
そしてマリーベルが楽しそうにしているところを見るダラスなんて本当に傑作だった。
気持ちは分かるわダラス。私だって、他の人に夢中な婚約者なんていらないもの。
「ねえメルトリア。かなり学園内で噂になっちゃってるけど、これで良いの?」
「良いのよ。」
「でも……これじゃあ貴女が笑い者じゃない。」
「笑いたい奴には笑わせとけば良いのよ。」
「なによそれ。この状況、貴女は良いかもしれないけど私が腹立たしくて仕方ないわ。」
ローズマリーったら相変わらず仲間想いね。
笑いたい奴には笑わせておけば良い。
笑っている奴は大体が第一王子派閥の人間だから、第一王子と一緒に沈んでいってくれて好都合なくらい。
今の私にはある噂が流れている。第一王子に飽きられた可哀想な婚約者、と。
「イライラするわ! こそこそ噂してる奴らを黙らせてやりたい。」
噂には尾ヒレが付き、第一王子の婚約者がマリーベルに変更されるのではないかという話まで出る始末。
ローズマリーにしてみたら私が一方的に攻撃されているようで腹に据えかねるんでしょうけど、これも必要な事。
マリーベルの現婚約者であるダラスを始末するのに好都合な状況なんだから、私の仲間達には大人しくしていてもらわないと。
「駄目よ。こそこそ噂してくれて助かってるくらいなんだから。」
「分かったわ。その代わり、ちゃんと上手い具合にやらないと許さないわよ? メルトリアが処分されるなんて間違ってるんだから。」
「えぇ。きっちり片を付けるわ。」
先ずはダラスに死んでもらいましょう。
私が幸せになるまでのついでに、ね。
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