第51話
「明日、儂は一足先にレイを拠点に連れて行こう。皆はイリューア様と話し合いに赴いてくれ。後から儂も合流する」
明日の予定が決まって、ロシュアとイーシンもダイニングを離れる。
「ウユラに会えてはしゃぎすぎて疲れちゃった。明日大変なことになりそうだし僕ももう休むね。ウユラも疲れてるでしょ、早く休むんだよ。おやすみ」
クルは言いながらダイニングを出て行った。ウユラとふたりその場に残されて、気まずいような感じがした。
「……大変だったね?」
ウユラが口を開いた。うん、と頷く。その先が続かなくて黙ってしまう。喋りたいことも聞きたいことも山ほどあったはずなのに、ほとんどクルが喋って聞いてしまっていて、あらためてあたしが喋ったり聞いたりする必要がなくなっちゃったし。でもこのまま「おやすみ」するのは惜しい。どうしよう。ウユラがなにか喋ってくれたらいいのに。斜向かいに座っているウユラを見ることもできず、俯いて指先を見つめていた。
「なんだろ──緊張してるみたい」
ウユラが口を開いた。反射的に顔を上げた。ウユラはいつもと同じ穏やかな表情であたしを見ていた。
「えっと……そっちに行ってもいい?」
声が出なくて頷きで返した。ウユラは立ち上がってテーブルを回り込み、あたしの右側まで来るとそこに座った。
「イリューアって、あんなにきれいなドラゴンだったんだね。イリューアの魂がこの身体の中にあったこと、実はずっと、嘘なんじゃないかって思ってたんだけど」
気がつくとウユラは、あたしの右手をしっかりと握っていた。
「最後──魂が出ていく瞬間にね、言いようのない寂しさを感じた。神聖な魂が消えちゃう──って。それで、ほんとにここにいたんだなあって。ちょっと変だよね?」
変じゃないと思う。生まれる前からひとつの身体を共有していたんだから。
「でね。本体に戻ったイリューアは真っ先に、ありがとう、って言ったんだ。それから、おまえがいてくれて本当によかった、ってさ。実際には何にもしてないのにね?」
ウユラは楽しそうで、それでいて寂しそうだった。あたしはウユラの左手を柔らかくほどいて、それからウユラに向き直るとしっかりと抱き締めた。言ってあげたいことがたくさんあるように思うのに、纏まらなくてなにも言えなくて、だからその思いを身体全部に込めていた。ウユラの手があたしの背を撫でる。
「ありがと。いつも情けなくて──、ごめんね?」
「──謝るなよ。そんなのずっと、そうだったじゃん」
ウユラが笑った。あたしは泣きそうだった。
「そうだよねえ。これでもちょっとは成長したつもりなんだけど、やっぱりまだまだだよねえ。だからね──、これからも、側にいてくれる?」
当たり前でしょ。そう答えたいのに声を出せない。歯をくいしばって涙を堪えていたから。
「──────レイ?」
吐息混じりの小さな声が鼓膜をくすぐった。
「もしかして泣いてる?」
「………………泣い、て──」
ない、と続けたけど、それがもう涙声だしバレバレだ。あたしが落ち着くまでの間、ウユラは言葉ひとつ発せず、ただただやさしく、背中を撫で続けてくれていた。
とても温かな、やさしい手だった。
*
イリューアを中心とした話し合いは続いていた。あたしはひとり除け者ですることもなく、最初のうちはロシュアたちの拠点でぼーっとしていたけど、それにも飽きて南エリア内を歩き回った。商業施設、と呼ばれる場所にも行ってみた。お金がないから何も買えはしないけど、きびきびと働くひとやお買い物をするひとを眺めているのは楽しかった。イリューアはこういうものを壊したくなかったのかな、と考えたら、それはよく解るような気がした。あちこち見て回っていると、不意な目眩や急な吐き気に襲われることがあったけど、ちょっと休めばけろっと治まってしまうので、もしかしてイリューアが怒ったりイライラしてるのが伝わってきてるのかなあ、なんて、深く考えもせずにいた。
イリューアの意識は見事なまでに断ち切られ、呼びかけてみても返事がない。六回試してすべてに反応がなくて、だから七回目は試していない。その七回目を試すことはもうないだろう。
崩れ去った宮殿の瓦礫は撤去作業とやらが始まって、同時に少し離れたところに、新しい役所が建てられるらしい。そこで今の役人たちを中心に、中央を取り仕切っていくことになるそうだ。宇宙全土に点在するコロニーについてはなるべく現在の体制を変えずにおくと聞いた。うまくイメージできないけど、変わらずに在る、ということはきっと、平和で幸せなことだろうと考えた。
少しずつ、新しいものへと変わっていく。ゆるゆるとしたその変化がそこに暮らすひとびとにどんな影響があるのかは、誰にも解らない。後々、あれは正しくなかったと思われるときが来てしまうかもしれないけれど、そうしたらまた考えて変えていけばいい、イリューアはそう言ったそうだ。
そして、ドラゴンの扱いについては。
それぞれのコロニーに判断が委ねられた。
もし、もうドラゴンとは共生できないと判断するコロニーがあったら、今まで変異の修正をしてきたものたち──つまりロシュアとイーシンたちが、ドラゴンを引き取りに行くそうだ。引き取ったドラゴンはニンゲンのいないコロニーに住まわせ、命の終わりを見届ける。子は生まれないよう雄と雌は完全に隔離したうえで。いつかドラゴンがまったく存在しない時代が来るのかもしれない。
話し合いで決まったことは、ウユラが教えてくれていた。その夜、ロシュアの拠点で自室として宛てがわれたゲストルームで、ドラゴンの扱いが決まったという話を一通り終えたウユラが浮かない顔をしているのは。
「クルは?」
──そう、クルのことが気がかりなせいだ。ここまでクルの話が一切出ていないことはあたしも気になっていた。
「クルは人語を解するドラゴンで──、ニンゲンがもっとも馴染みの深い、四足歩行の火のドラゴンだから──この中央で、ただ存在していてほしい──そうイリューアは、言っていて」
それってつまりどういうこと?
「単純に言うと、はじまりのドラゴンの代わりになって、ってこと」
「それってクルが、宇宙全部を管理していく──ってこと?」
「そうじゃなくて。ただこのコロニーに居て、普段はクル専用の住居で生活をして、たまにコロニー内を見て回って、そこにいるニンゲンの話を聞けばいいんだって」
ウユラの到着を待つ間、クルと一緒に出会ったニンゲンの様子を思い返していた。
「このコロニーには、長らくはじまりのドラゴンが居て、きっとどこのコロニーよりもドラゴンと馴染み深い。そんな場所で突然、もうドラゴンは居ないよ、なんて言ったら、みんな不安になるだろう、って。だからクルには、ニンゲンの気持ちを支えるために、ここで生きて行ってほしいんだって」
考え自体は解る気がした。でもそれって、イリューアの役目なんじゃないのか。
「そう思うよね。でもイリューアは言うんだ。オレは今まで通りに遊軍でいいよ、って。もしもドラゴンが暴れ回ってニンゲンに危害を加えるような事態になったら、それを鎮める役目を負う、って。ひとりで」
ひとりで。ひとりで? ウユラが頷く。
「イリューアってすごいんだよね。スタアシップがなくても宇宙を高速移動できるのは、はじまりのドラゴンとその血を継いだドラゴンだけなんだって。知ってた?」
知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます