第50話
ウユラはウユラで、かけがえのない大事な存在だし。
イリューアはイリューアでまた、大事な存在、って意味だ。
だってふたりとも、この世界にはたったひとりしかいないから。
「──レイ?」
不安げなクルの声が鼓膜を打った。我に返る。
「あたしの気持ちを、言葉で説明するのは、すごくすごく難しい。あたしにとってのウユラは──」
そっと瞼を閉じると、その裏にいろんな表情のウユラが浮かぶ。大半が泣いてるウユラだったけど、それすら愛しいウユラの一部で、どれが欠けてもウユラじゃない。
「──あたし自身以上に大事で大切で、たったひとりの、ウユラ、なんだ。それで。イリューアもさ──自分勝手で我儘で、散々あたしを振り回して、もう関わりたくないような感じもするんだけど──元気がないと気になっちゃう。そういう意味ではイリューアも大事で大切なんだよな、って。けど、それは、よりウユラが大事とか、イリューアの方がいいとか──そういうことじゃないよ。ウユラも大事。イリューアも大切」
瞼を開く。クルを見た。
「それじゃダメかな。あたし、我儘かな?」
笑ったつもりだった。なのにぽろりと涙が零れた。クルはそっと首を振って見せた。
「大事に思える存在がたくさんいるのはいいことだと思う。でも、もしも絶対にどっちかしか選べないってときには、ウユラを選んでよね?」
「そんなの当たり前でしょ」
即答していた。もしもそんなときが来たら、イリューアもそう願うだろうから。
『第八ポートへスタアシップが入船します』
アナウンスが流れてあたしは立ち上がっていた。同じアナウンスが繰り返された後で、すーっと静かにスタアシップが姿を見せる。まだ近づいちゃ危ないだろうか? でもあれにウユラが乗っているのが解ってるのに、ここでただ待ってるなんてできない。クルはもう階段を降り始めていて、あたしも着いていった。あたしたちを止める者は誰もいなくて、それはたぶん、近づいても大丈夫ってことなんだろうってかんがえた。
スタアシップが動きを止めて程なく、一体のドラゴンが姿を見せた。あれがきっとジェルヴィだろう。ロシュアと同じ二足歩行タイプで、だけど翼は無いようだった。ニンゲン用の出入り口は? 視線を左右にしているうちにもジェルヴィはこちらに歩み寄ってきた。
「貴方がクルナルディクですね?」
艶のある低い、女性的な柔らかさを感じる声だった。
「はい。あなたがジェルヴィですね。ウユラのこと、ありがとうございました」
クルが応じて、ジェルヴィは今度はあたしに顔を向けた。
「そしてあなたが、シェアルタ=リオレイティス」
はい、と頷いてお礼を言う。
「ウユラからいろいろ聞きました。想像通りの可愛らしいお嬢さん」
可愛らしいなんて、あたしには似つかわしくない形容に照れる。ウユラは何を言ったんだ。
「このスタアシップ、ニンゲン用の出入り口は向こうなの。そろそろ姿を見せるとは思うけれど」
言いながらジェルヴィは首を巡らせる。ジェルヴィの視線の先に、黒髪で黒いローブを身に纏った背の低いひとが見えて、その後ろをイーシンが歩いている、そして。
「ウユラ!!」
クルが叫んだかと思うとウユラに向かって駆け出していた。一瞬迷ってあたしも走る。クルの声に気づいたウユラも少し早足でこちらに向かってくる。
「リオレイティス!」
ウユラはクルではなく、あたしの名前を呼んでくれた。嫌いな名前のはずなのに嬉しかった。ウユラが腕を広げて、あたしはその胸に飛び込んだ。ウユラだ。言葉が出ない。ぎゅうっと強く抱き締める。ウユラはあたしの髪を撫でてくれて、あらためてあたしは、ここにウユラがいる、と実感した。
「無事でよかった。大丈夫だった?」
耳許で聞こえるウユラの声があったかい。ウユラの服を握り締めていた。
「僕もいるんだけど?」
クルの拗ねるような声にはっとして、視線を落とす。クルの瞳が潤んでいてきゅうんとした。ぱっとウユラから離れるとウユラがしゃがみ込んでクルを強く抱き締める。
「ウユラぁ。寂しかったよー」
「──うん。よく頑張ったね。また少し大きくなった?」
「どうかな、解んない」
ウユラに甘えるクルが可愛くて、そのままウユラはクルの気が済むまでぎゅっとしてなでなでしている。視線に気づいて振り返ると、イーシンともうひとりがにやにやしながらこっちを見ていた。あらためてあたしはふたりに向き直って、深々と頭を下げた。
「あの、えっと、ありがとうございました」
「ううん、気にしないで。イーシンとはかれこれ十数年も会ってなかったから、楽しかったし」
ナーサはにっこりする。
「それにウユラ。彼とっても素敵ね。あなたが羨ましい」
ちらっとウユラを見ると、ウユラはまだクルを撫でていた。その横顔はあたしの知っているウユラよりおとなびて見えた。
「ナーサ! 我らはロシュアの元へ向かおう」
いつの間にかジェルヴィは、移動用カートを準備していた。
「イーシンも行くでしょ?」
「もちろん」
イーシンはナーサに応え、それからあたしを見た。
「スタアシップで寝起きしてるんだよな? クルが落ち着いたら戻ってな?」
うん、と返事をしてカートに乗り込んだイーシンとナーサを見送る。ウユラとクルを振り返ると、クルはウユラに「僕、火を吹けるようになったよ!」って報告したところで、ウユラは目を細めて「すごいね!」って返していた。
「スタアシップに戻ろう? 戻ってゆっくり話そうよ」
クルはそうだね、と頷いてウユラの腕から手を離した。ウユラがあたしに手を差し出す。迷わずその手を握った。
暗くなって、イリューアたちもスタアシップに戻ってきた。
「せっかく本国に戻ってきたのに、スタアシップで寝起きとはねえ」
イーシンがぼやく。
「おまえたちはもう、拠点に移ればいいんじゃね? オレに付き合う必要はないんだし」
イリューアの言葉にロシュアとイーシンが顔を見合わせる。
「まだまだこれから、やることは山積みだ。いつまでもここで寝起きしてたんじゃ気も休まらないだろ?」
「イリューア様はどうなさるのです?」
「使えそうな設備がないか探してもらってる。北エリアに。見つかったら移動するから気にするな」
ロシュアは続けて何かを言おうとして諦めた様子だった。
「ウユラも到着したことだし──、クルナルディクの処遇も考えとな。明日はクルナルディクとウユラにも話し合いに同席してもらうか」
イリューアは言うと、じゃあオレ休むわ、と言い残してさっさとダイニングから消えてしまった。
「……そっか、僕はもうどこかのコロニーを管理するとか、そういう必要ってないんだね」
「役人たちの多くは、イリューア様にはじまりのドラゴンのお役目を引き継いでもらい、これまで通りの体制を維持したいようだがな」
「──そうすりゃ楽だもんな。畏怖の対象があった方が扱い易いだろうからな」
イーシンの言葉を受けてロシュアが続けた。
「だがイリューア様は、それを受け入れる意志はないようだ。役人たちの説得と、新しい体制をどうするかの話し合い、古い宮殿の跡地の処理、それに変わる設備の新設、全宇宙への通達──他にも細々、やるべきことがある」
みんな大変だ。あたしだけぼさっとしてていいのかな。不安になる。でもみんなの様子を見ていたらとても聞けなかった。
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