第49話
*
スタアシップに戻ったクルとロシュアの元にイーシンからの通信が入ったのは、イリューアがはじまりのドラゴンの魂を呑み込んだ後のこと。
途切れ途切れの音声でイーシンが伝えて来たのは、たまたま近くの航路を本国に向かって航行中だったスタアシップに救助されたこと──だった。はじまりのドラゴンは、ロシュアたちだけではなく、修正をおこなっていた他のドラゴンにも帰国指示を出していたようだった。
『子機での航行ならまだ二十日近くかかる見込みだったが、この状況だと十日余りで本国に到着すると思う』
その後さらに電子文書でこんな内容を知らせて来た。イーシンからの通信を誰よりも喜んだのはクルだった。
ウユラとイーシンが到着するまでの間、あたしたちはスタアシップで寝起きをしていた。ロシュアとイーシンが使っていた南エリアの拠点を──という提案もなされたのだけど、それはイリューアが断った。今回の件は南エリアへの影響は少なく、ニンゲンたちの日々の生活がほぼ変化なく平穏に続いているのに、そこにドラゴンの出入りが増えれば徒に不安を煽るだろう──それがイリューアの考えだった。
はじまりのドラゴンの魂を呑み込んだ直後こそ、イリューアはしんどそうだったけど、どうにかスタアシップに戻り一晩休んだら、けろっとしていたから驚きだ。イリューアの影響を受けたあたしも、あの具合の悪さは気のせいだったのではと思うほど軽快していた。
イリューアはロシュアを伴い、改めて宮殿に赴いた。見る影もなく崩れ去った跡地、という方が正確だ。そこで、中央を始め各地に散らばるコロニーを管理していたニンゲンたちと幾人かと顔を合わせた。彼らは中央全土への退避指示が出るより先に、宮殿からの退避を命じられて南エリアに戻っていた。退避指示がなかなか解除されないので様子を見に来て、それで今回の騒動を始めて知ったような具合だった。はじまりのドラゴンの件を知らせる術がなかった──それが一番の理由だった。彼らは、宮殿を出入りする者をチェックするための門のあたりでぷかぷか浮いてるイリューアを見ても、すぐにはそれが「イリューア」だとは認識しなかったそうだ。
イリューアの外見ははじまりのドラゴンととてもよく似たているらしいのに、そこに集ったニンゲンたちの中にはじまりのドラゴンと面会したものは誰もおらず、さらにイリューアの存在はひた隠しにされていた訳だから、当然と言えば当然だ。ただ──翼もないのにぷかぷか宙に浮いているその様子に、ただのドラゴンではない、ということだけはすぐに察したようだった。
ぱらぱらと集まった役人たちに他の役人たちを集めるよう頼み、そうして集まった役人たちを相手に、イリューアとロシュアは今後のことを話し合う毎日。その間あたしはクルと、北エリアを当てもなく探索した。設備を管理している幾人かのニンゲンとも行き合った。クルを見たニンゲンは皆、クルに恭しく接した。人語を解するドラゴンと直接お目にかかれるとは、なんと僥倖なことか──そんなふうに大袈裟な言い方をするひともいた。
「……なんかさあ。本当にただ、広い大地に点々と管理施設があるだけなんだねえ。あの宮殿の代わりに使えそうな予備の施設とかないのかなあ」
クルが辺りを見回しながら呟く。どうだろう。あの感じだと──代わりの用意もしようもなかったんじゃないかな。何しろあの場所で、はじまりのドラゴンが深く眠っていたのだから。
「ところで、もう変な感じはしないの?」
歩き始めたクルに聞かれて、うん、と答えた。
「不思議なくらいにね。悪い夢を見ていたみたい」
左手をじっと見ていた。イリューアが、その意識とあたしの意識が混じってしまうことがないようにしていることは解っていた。だけどその理由は聞いていない。聞けば答えてくれるのだろうとも思ったけれど、そこまでして理由を突き止めようとは考えていなかった。意識が通じ合う、というのも、便利なようで不便なものだと思う。
その日も朝から、イリューアはロシュアを伴ってスタアシップを離れていた。ウユラとイーシンを救助してくれたスタアシップから通信が入ったので応答した。
『本日の午後すぎには本国のポートへ到着予定です』
そのスタアシップに乗っていたのは、ジェルヴィという名のドラゴンと、そのサポーターを努めるナーサ。ナーサはあたしたちの事情を知って、定期的に通信で状況を知らせてくれたけど「通信室への部外者の出入りは規定により許可が必要だ。中央と宮殿の状況はロシュアに聞いて把握しているけれど、本国の許可なく第三者を通信室へ入れることはできない」と頑なだった。それだけ本国への忠誠に篤い、ということなんだろう。そういうひとにとって今回のことは、どんなふうに感じるのだろう。
ナーサからの連絡を受け、あたしとクルは浮き足だっていた。適当に食事を済ませたけどスタアシップでじっと時間が経つのを待てなくて、時間よりもうんと早く到着予定の第八ポートに向かっていた。ポートにはロシュアとイーシンのスタアシップのほかに、本国の指示で続々と帰国してきたスタアシップが集まっていた。そのほとんどは南エリアの拠点に戻っているとのことで、整備に当たるニンゲンたちが忙しなく動き回っている。そんな様子を見るのも楽しかった。
「早く到着しないかなあ」
あたしたちは、整備作業の邪魔にならずなおかつ第八ポートを見渡せる階段の踊り場で、ひたすらにそのスタアシップの到着を待っていた。
「ねえ?」
クルに声をかけられて、うん、と答えたものの──。
「──イリューアが、心配?」
心配? そりゃあね。
「どうして?」
クルが心からそう思っているのが、声の調子と瞳の輝きで解る。
「だって、ロシュアの言葉もあって、イリューア様のお立場はみんな理解してると思うし、問題が起こってる様子もないじゃん?」
それはそうなんだけど。イリューアが他のドラゴンや役人たちとどんな話し合いを重ねているのか、すべてを知らせるのは無理だってことは解ってるつもりだし、事態がそう単純な状況ではないことも理解しているつもりだ。これから新しいことを始めるなんて、きっとすごく大変だろうってことも想像はできるけど、それにしてもイリューアの心が、深く沈み込んでいるように元気がないのが気がかりだった。
「力になりたい──とか、思ってる?」
クルを見ていた。クルは第八ポートの方向へ視線を据えたままだった。
「こんなこと言ってごめんだけど、レイはできるだけのことをやったじゃん? この状況になって、もうこれ以上、レイにできることなんて何にもないよね?」
何にもない。確かにクルの言う通りなんだけど。だけどこのもやもやはなんだろう。
「もしかして──イリューアの方がよくなっちゃった?」
クルの言葉の奥に、ウユラが見えた。あたしは抱えていた膝を胸に引き寄せた。
ウユラ以上に大事な存在なんて、いない。
それはずうっと変わっていない。なのにあたしは、クルの言葉をきっぱり「そんなことない」と否定できずにいた。気がついたらあたしは、イリューアのこともまた、大事に思うようになっていたから。それはもしかしたら、左手の奥の結晶の意識に引っ張られているだけなのかもしれない。たとえそうだったとしても、今のあたしはそう思っちゃってるんだから、どうしようもない。だけどその「大事」は、ウユラの方がイリューアの方がっていう順位付けできるような種類ではなくて。
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