第47話
「よかったの、あのひとたち……?」
息を弾ませながらクルが応じた。
「──私たちの運命は、はじまりのドラゴンと共に──だって。無理に連れ出したところで──」
クルはそこで言葉を切った。長らくはじまりのドラゴンの意のままに動いてきた彼女たちは──もしかしたら最後の大逆転を信じているのかもしれない。はじまりのドラゴンの魂が、イリューアの肉体を奪い復活を遂げることを。でもきっと、その大逆転は起こらない。
「走れるか、クルナルディク? 儂の背に掴まってもよいが」
「しがみつくより走る方がまし」
エレベータのドアが開く。ロシュアが走る。はじめは微かだった振動は、今や宮殿全体を包んでいるようだ。クルはところ構わず炎を吹いていた。
「ダメだ。外まで通じる穴は開けられそうにない」
「諦めろクルナルディク! ここは宮殿の中心部、壁をいくら灼いたところで外には出られまい」
次のエレベータは動かなかった。ロシュアが大声を上げた。
「クルナルディク! この壁を!」
クルは返事の代わりに炎を吐いていた。大きな穴が開いて、その下には門を入ってすぐの広間が見えた。ロシュアは穴から広間に向かって飛び出した。ぎゅうん、と旋回しながら広間から入り口部分を目指す。
「クルはっ?!」
「儂の背に掴まっておる。問題ない!」
入り口のセンサーは生きていて、ロシュアを感知したようでドアはすうっと開いた。そのまま外へ出る。
充分に離れたところでロシュアが身を反転させた。あたしの目には大きな宮殿そのものが、ぶるぶると震えているように見える。
イリューア。聞こえる?
──宮殿の外に出たな。もっと離れろ──
イリューアは?
──はじまりのドラゴンと決着をつけないとな。負けないし死なないから安心しろ──
今のイリューアが誰かに倒されるなんて思わない。だけど、それとこれとは話は別だ。それにはじまりのドラゴンには負けないかもしれないけど、崩れた宮殿の下敷きになって出てこられないかもしれないじゃないか。安心しろ、と言われて安心できるならどんなにいいか。気がついたらあたしは右手でしっかり、左手を握りしめていた。
「ロシュア。もっと離れろ、って」
それだけで意図は通じた。ロシュアが走る。クルはいつの間にか、ロシュアの背から降り自力で走っていた。門を越えたあちこちに、イリューアが蹴散らした武装したニンゲンたちがぼんやりした様子で座り込んでいる。ここなら宮殿に何かあっても影響はないものだろうか。でも。
「ここを離れろ! 宮殿が崩れるかもしれない!」
そう叫んでいた。それでも誰も動こうとしない。
「ボーッとしてる場合じゃないのに!! 早くここを──」
「レイ」
ロシュアに呼ばれた。見上げるとロシュアは前を見据えたままで続けた。
「気持ちは解らなくはない。残念だが──儂らにそこまでの余裕はない。まずは自らの身の安全を。──イリューア様のためにも」
唇を噛む。ロシュアはさらに宮殿から距離を取って、ようやくその足を止めた。あたしはロシュアに頼んで地に下ろしてもらった。
「イリューア」
イリューアからの反応はない。それどころじゃないのは解ってた。
「返事はいらない。伝えたいだけだから。ちゃんと生きて戻れ。──ロシュアが、待ってる」
宮殿から絶え間なく伝わってくる振動が怖い。だけどそこから一歩も動こうとは思えなかった。
「……ロシュア。イーシンたちの子機、もう通信圏内に入ったかな?」
「どうだろう。広範囲への通信が可能なように改造はしてあるが、なんとも」
「ここって危険かな? スタアシップに戻れたり、する?」
「ここが危険になるときは──イリューア様の身に何かが起こったとき、だろう。イリューア様の身に何かが起こってしまったのなら、中央にいる限りはどこも危険だろうな」
「そう。じゃあ──スタアシップに戻ってみない?」
「イーシンと連絡が取れるか試みたい、ということか?」
「うん。ウユラが心配だから」
「………………しかし、」
ロシュアがあたしを気遣ってくれているのが解った。あたしも行く、と言えばいいだけのことは解ってたけど。ここから離れちゃダメだって、左手が訴えてるんだ。
「行ってロシュア。あたしは──」
右手で包んだままの左手を胸に当てた。
「──イリューアが戻るのをここで待ってる。もし子機と連絡が取れたら、ウユラに伝えて。あたしは大丈夫、って。クルが、ロシュアが、そして──イリューアが守ってくれたから、って」
ロシュアは何も言わず、クルに「──では、行ってみよう」と声をかけ──ばさり、と大きな羽ばたきを聞いた。あたしは振り返りもせずロシュアの無事を祈って、宮殿に意識を向けた。握り締めた左手を右手でぎゅうと掴む。瞼は閉じていた。
*
『何故おまえたちがこの世に生まれたか──今さらそれを説明する必要はないだろう──イリューア』
声は聞こえるけど姿は見えない。地面の下、さらにその下から響くようにも、遥か遠く頭上から聞こえるようにも感じた。
『私の真意に気がついたガルヴィウルスは、それをイリューアに伝えるか悩んだようだが──真実と嘘が飛び交っていたあの状況では、仮に真実を告げても信じてもらえないと考えたようだ』
その言葉に真っ先に脳裏に浮かんだのは、ガルヴィウルスの言葉だった。
──今のはじまりのドラゴンの力には、我らが束になっても敵わぬ。時を経てかの身が朽ちれば、今ほどの力を震うこともできまい。もしもいつか──おまえの魂がこの身に戻ることができて、そしてその時になってもなお、はじまりのドラゴンがこの全宇宙の統治者として君臨しているとするならば、そのときはおまえがはじまりのドラゴンを討て。すべておまえに任せた──
『イリューアよ。かわいい我が子。父のためなら厭わずその身を捧ぐだろう?』
かわいい? 吐き気がする。牙を剥く。
「──おめでたいなアンタは。その気があるならとっくにそうしてる。その頭を地に擦り付けて懇願でもされれば──だけどな」
『歯向かうのか──私に?』
鼻で笑っていた。歯向かうさ。
「アンタが──いや、ドラゴンが全宇宙の統治者として在るべき時代は、もうとっくに終わったんだ。だからもう、アンタの魂は消えるべきだ」
『私が──消える?』
ふふふ──はじまりのドラゴンが低く笑う。
『そんなことをすれば、この宇宙の秩序は乱れる。ニンゲンも生きてはいられまい』
「アンタは──いつから、その目でニンゲンたちを見ていない?」
『さあ? いつからだろうな。もう覚えていない。ニンゲンなど──この私という大きな力に頼って縋って、護られていなければ生きていけない、愚かで弱い生き物だ。この先も私が護ってやらねば──』
「少なくとも、オレが見てきたニンゲンたちはそうじゃない。すでに人語を解さなくなった、ただ暴れまわるだけのドラゴンを大切に崇め奉り、自分達にできる方法で、自分達の生活を守っていた。何の役にも立たないドラゴンなんかいなくても──いや、むしろ、ドラゴンなんていない方が、ニンゲンはよりよい生を生きていけるんじゃないか。オレはそう思う。アンタがアンタの都合で、ドラゴンやニンゲンを統治する必要なんて、もうどこにもない」
『まったくいつになっても口の減らない奴だ。その身体を私に明け渡せ』
あちこちに散らばっていたはじまりのドラゴンの気配が一点に集中しつつあるのを感じる。これがはじまりのドラゴンの魂か。それは目の前で力の塊になった。ふるふるふる、と震えたかと思うと一直線にこちらに向かってきた。
「!!」
喉の奥を殴られたような衝撃。ぐは、っ、と呻きが漏れた。
『内側からおまえの魂を喰らってやる』
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