第46話
「それで? 黒幕は誰なんだ?」
やっぱりイリューアはその話を全然信じていなかった。
「黒幕──とは。無礼である。すべてははじまりのドラゴンのご意思」
口を開いたのは金髪のひとで、その表情には一切の変化がない。作り物みたいだ。
「今さらそれを信じるかよ。おまえじゃないだろ。そっちの白い髪──いや、おまえもたぶん、本当の意味での黒幕じゃないんだろ。いや──、黒幕、って言い方は正しくないかもしれないな。本当の目的は、何なんだ?」
イリューアの口調が少し穏やかになった。突然どうしたの? イリューアはそこであたしを掴む手を開いた。解放されたあたしはその場にぺたりと座り込んでいた。
「とんだ茶番だ。こんなことのために──」
イリューアの横顔を見ていた。ドラゴンにはニンゲンみたいに表情が豊かじゃないから、その顔を見ただけではどんな気持ちなのかを見分けるのは難しい。だけどその金色の目からは暴力的な生命力は消え失せて、代わりに静かな怒りに満ちていた。穏やかな様子で、それでもイリューアが怒っているのは。
自分自身があまりにも無力であったことへの、怒りだった。
どうして解るか。簡単だ。左手の結晶がそう感じているから。
「誰がいつから始めたことかは解らない。だけどもういいだろ」
白い髪の女性の瞳が揺れたように見えた。
「ロシュア。おまえが最後にはじまりのドラゴンに会ったとき──まあそれも本物じゃなかった可能性が高いけど、変異の修正、以外には、なにか言っていなかったか?」
ロシュアを見上げた。ロシュアは瞼を閉じてそのときのことを思い返しているようだ。
「残念ながら、思い当たるものは何も──」
「真実を求めるのは──もう無理で無駄なことなのかな」
いつも自信満々で自分勝手で傲慢なイリューアとはまるで違って、しんみりとした口調で言って。
「──もうクルナルディクを連れていく必要もないだろう?」
誰も何も言わない。クルは隣に立つ白髪の女性を見上げた。
「あなたはあなたの信念に従っていただけ、なんでしょ? だけど──その理由を教えてほしい、というのは、無理なことなのかな?」
女性はじいっとクルを見下ろしている。
「本当は、このからくりを終わらせてくれる誰かを、待っていたんじゃないの? 僕を次の器にしたとして──本気でそれだけが目的なら、さっさと魂を入れ換えれば済むことだったでしょ。だけどそうしなかったってことは、本当はそれをしたくなかったから。違う?」
クルの声も、イリューアに負けないくらい穏やかだ。器ってどういうこと? 白髪の女性は膝を折った。地に両手をついて俯く。肩が小刻みに震え始めた。泣いているのか。白い髪の隙間から覗いた表情にぎくりとした。違うこれは、笑って、る? どうして──あたしははっとして膝の下──地に視線を落とす。微かな振動を感じる。
『戻ったのか──────イリューア』
それは確かにはじまりのドラゴンの声だった。だけどさっきまで聞こえていた声とは質が全然違った。地に触れている左手がぴくぴくする。慌てて左手を胸に引き戻した直後、イリューアの尻尾があたしを絡め取っていた。
「私達の思惑は外れてしまったけれど──仕方がないでしょう。あなた達が自ら、ここへ来たのだから」
「どういうことだ?」
イリューアの問いかけには答えず、白髪の女性はぱっとクルに抱きついた。
「はじまりのドラゴンは、まだここに在ります。感じるでしょう。はじまりのドラゴンの息吹を」
続いた言葉を否定する者はいない。
「ガルヴィウルス様とイリューア様──いずれかがはじまりのドラゴンの地位を狙っているとの噂を立てたのは、はじまりのドラゴンです。揺さぶりをかけ真意を探ろうとした。あの方は──自らの血縁である息子たちのことを、自らの肉体のスペアとしか考えていなかった」
女性はクルに抱きついたままで話を続ける。
「イリューア様を自らの後継と決めた──それは、自らの地位をイリューア様に譲るという意味ではなく」
イリューア様の肉体を、自らの肉体と入れ換えようと考えていただけです──その言葉にイリューアの心が縮んだような感覚がした。
「それにいち早く気がついたのはガルヴィウルス様でした。それを阻止するためにイリューア様に御霊剥がしの術を施し、その身体をどこかへ隠した。はじまりのドラゴンは激昂し──ガルヴィウルス様を亡きものとした。自らの肉体のスペアであるイリューア様の肉体を探したものの、魂が抜けてしまった肉体を検知する術はなく──はじまりのドラゴンの肉体が崩壊を始めた。はじまりのドラゴンは宮殿の奥深くで、その魂はひっそりと息を潜めることと決め、私たちに命じた。はじまりのドラゴンの不在を決して誰にも悟られるな。イリューア様の肉体が見つからない以上、新たな器となるドラゴンを見つけてこい、そのために中央にいるドラゴンたちにこう命じよ。世界に広まる変異を修正せよ──と」
つまり変異の修正とは。
「変異──そう呼ばれる現象が各地で頻発していたのは事実です。それもそうでしょう。かつてあまねく宇宙にその強大な御力を示していたはじまりのドラゴンの、肉体は朽ちかけ、御力が及ばなくなりつつあったのだから。変異が生じている地にドラゴンを向かわせ──イリューア様に代わる、自らの魂の器足り得るドラゴンを探す。それこそが真の狙いでした」
白髪の女性はさらに強く、自らの顔をクルに押し当てるようにした。
「イーシンとロシュアの報告を聞いて、はじまりのドラゴンの魂は喜びにうち震えた。生まれて間もないにも関わらず人語を解するドラゴン。まさにうってつけと。すぐにでも帰国命令を出さずにいたのは──はじまりのドラゴンがそれだけ、強欲な証拠です。もしかするとクルナルディクより、より自らの器に相応しいドラゴンがいるかもしれないと考えたから。いよいよ魂の御力も弱くなりつつあり、はじまりのドラゴンはロシュアに帰国命令を下した。イリューア様のことはもう、はじまりのドラゴンにとっては終わったことでありなかったことだった」
直接地に触れている訳でもないのに、振動が強くなっているのが解る。はじまりのドラゴンの魂が荒ぶっているみたいだ。
「かの魂が暴走を始めたようです。強欲なかの魂には──もう、言葉は通じないでしょう」
女性は淡々としていた。クルに何かを囁いて、クルはそれに首を左右にしたのが見えた。女性はクルに頬擦りをして、それから立ち上がるとポケットから何かを取り出した。その手をクルの後頭部に伸ばす。クルの口の覆いが外れていた。
「いいのですか、ここで皆、命を落とすことになっても」
「ロシュア」
イリューアがロシュアを呼んだ直後、ふわっと身体が投げ出された。イリューアの尻尾を離れて宙を飛んだあたしを、ロシュアが受け止めてくれた。
「先に行け」
「しかし──」
「いいから! オレがいればはじまりのドラゴンの魂とやらは、オレだけ狙ってくるはずだ」
ロシュアは振り返るとエレベータへ向かって走り出した。クルがまだ──!
「大丈夫だ。クルナルディクはきっと間に合う」
エレベータ前までやって来て、ロシュアはそのドアを開くと乗り込んだ。クルが走ってこっちに向かっているのが見える。あの女性も金髪のひとも、動こうとはしなかった。クルがエレベータに滑り込むとロシュアはそのドアを閉じ、10というボタンを押した。
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