第45話

「はじまりのドラゴンとの面会」

 イリューアはあたしの頭に牙を立てたままで答えた。きっと喋りにくかったんだろう、イリューアの牙が頭から離れた。

「それからクルナルディクとの面会。全ての話が終わったらその場でレイの身柄をそちらに引き渡しても構わない」

『モニターを通じての、映像でのやりとりでは?』

「ダメに決まってんだろ」

 また牙が頭に当たる。お願いお願いお願いイリューアの要求を呑んで。

『モニターを見なさい』

 目を上げた。アクセスするか、と印が出てる。これは?

『機密文書へのアクセス権だ。我々が今いる場所への進路を示すのでここまで来なさい』

 アクセスしても? 心で聞くとイリューアがうんと応じた。ポインタで「YES」を選択すると、画面上に違うものが表示された。

「宮殿の──見取り図」

 後ろからロシュアの呟きが聞こえる。

「なるほどこれは──見つけらる筈もない」

「覚えたか、ロシュア」

「──今しばらく」

 イリューアも見取り図を見ているようだけど、どうやら覚えきれないみたい。この宮殿に馴染みがないからか。

「把握しました」

「そこまで行くのにまさか、守護部隊の投入はないよな?」

『約束しましょう』

「約束を違えた瞬間に、オレはコイツを呑むからな?」

 イリューアがそう宣言して、ロシュアを先頭に移動を始めた。あたしはイリューアに捕まれたままだ。どこから監視されているかも解らない以上、こうしておくのが得策だろう、という判断のもとに。爪がちょっと痛い。イリューアに苦情を申し立てたら、オマエが細っこいから、これ以上力抜いたら落としちゃうよ、と返ってきたので諦めた。クルに会えるまでの我慢だ。ロシュアは迷う様子もなく歩を進める。門から入ってすぐのエントランス部分からスロープを上がり左手奥に進むと、大きなエレベータがある。そこはさっきまではロックがかかっていて開かなかったはずだ。ロシュアがドアの脇にある黒っぽい小さな窓のところに指を当てるとドアが開いた。

「順路上のエレベータのロックは外されているようです」

 乗り込んで最上階──10という数字を押す。昇った先にはさらにドアが二つ見えた。ひとつはニンゲンサイズのエレベータのドア、もうひとつはドラゴンも余裕で通れそうなドアだった。さっきと同じようにロシュアが小さな窓に指を当ててドアを開く。中はがらんと空っぽの部屋で、その一番奥にまたドア。それはドラゴンも乗れそうな大きなエレベータのドアで、乗り込むとボタンは四つ。開ける、閉める、10、Bとあった。ロシュアは迷わずBを押した。

「この先に──中央の上層部にしか知られていない地下階層があるようです」

 これまで乗ったどのエレベータより、長い時間がかかったような気がした。やがて静かにドアが開く。エレベータの内部と同じくらいの薄暗い空間があって、その先にまたドアがある。ドアばっかりか。そのドアはロシュアが小さな窓に指を触れる前に勝手に開いた。

 ドアの先には、あの円形の床の部屋よりもっと広い空間があった。全体に薄暗い。敢えてそうしているように感じた。向かって正面、壁と思ったところが左右に別れた。その奥にも広い空間。

「クル!!」

「レイっ!!」

 真っ先にその顔に注目していた。ロシュアと同じように、口部分を覆われていた。クルの側にあの白い髪の女性と、もうひとり別のひとが立っていた。そのひとは金色の髪を項のあたりでひとつに束ねていて、透き通るような白い肌をしていた。服装は白い髪の女性と同じ。女性より頭半分くらい背が高いけれど、顔立ちから男性なのか女性なのかの判断はつかなかった。クルとふたりのひとの背後には、あの円形の床の部屋と同じように、幕が垂れ下がっていた。あの奥にはじまりのドラゴンがいるってことか。離れているからはっきとしたことは言えないけど、クルが傷ついている様子はなくて、それには安心した。

「はじまりのドラゴンがお話しされます」

 女性が口を開く。それを待たずにイリューアが言った。

「ちょっと待て。こちらの要求は理解しているか? 求めたのは、はじまりのドラゴンとの面会だ。これは面会とは言わないだろう?」

 幕に隔てられているから、確かに厳密には面会とは言えないだろう。

「はじまりのドラゴンはこの幕の向こうにおわす」

 金髪のひとが口を開いた。見た目の印象より低く響く声だった。

「いやだから。そうじゃなくて。直接姿を見せろって言ってんの」

「ならぬ」

 金髪のひとが答える。

「何故? オレははじまりのドラゴンの息子だ。あのコロニーで御霊剥がしの術を施される直前まで、直接顔を見て言葉を交わしていたが?」

「──ルールは書き換えられたのだ。はじまりのドラゴンはこの全宇宙にただひとつ尊い存在。誰にもそのお姿を目に入れる権利はないのだ」

 ふん、とイリューアが鼻息を吹いた。その手にぎゅっと力が籠ったことを自覚しているだろうか。腰と太ももに爪が食い込んで痛いんだけど。

「──クルナルディク」

「なに?」

「はじまりのドラゴンの姿を直接見たか?」

 そこで金髪のひとが割って入った。

「勝手に話をするな。はじまりのドラゴンがお話をされると」

「勝手に話をされて困るなら、はじまりのドラゴンが自らそこを出て止めに入ればいいだけじゃん」

 イリューアは言って、クルに返事を促す。

「ううん。僕だけこっちに来て散々暴れまくったけど、会えてない」

「そうか。そうだろうな。おまえの目的はそれだったんだな?」

 クルが頷いた。

「おまえは賢いな」

 イリューアが嬉しそうに言って、それから。

「この場にいる誰もが思っていることを言ってやろうか?」

 その声はいつもよりやや低かった。先を続ける。

「居ないんだろ? この宇宙のどこにも。だから姿を見せられない。宮殿全体を覆うこの気配も、偽装なんじゃないのか?」

 白髪の女性も金髪のひとも顔色ひとつ変えない。金髪のひとが静かに言った。

「失礼なことを申すな」

「失礼だと思うならはじまりのドラゴンがそう言うんじゃねーの?」

 イリューアに怯む様子はなかった。

「どういうからくりだ? 何故すでに亡いものを在るように見せかける?」

「からくりも何も。我々は本当のことを話している」

「そうか。では──はじまりのドラゴンの言葉を待つとしよう」

 それ以上イリューアは口を開こうとしなかった。沈黙が続く。その沈黙はロシュアの声に破られた。

「──畏れながら。折があればお伺いしたいことがありました。お答えいただけるだろうか」

 金髪のひとと白髪の女性が視線を交わす。

「発言を許します」

 女性が言って、ロシュアは先を続けた。

「ガルヴィウルス様は何故、イリューア様に御霊剥がしの術を施されたのか。はじまりのドラゴンの意思か、ガルヴィウルス様の独断か」

 ぎゅう、と腰の辺りが締め付けられる。だから爪が痛いイリューア。ごめん、と反応があって、少しだけ力が緩んだ。

「──────あれは」

 びくっとした。はじまりのドラゴンが口を開いたから。

「私の意思にガルヴィウルスが反発したゆえの悲劇だった。私はあの騒動により、イリューアを我が後継に、と決めていた。それにガルヴィウルスが反発し、イリューアを亡きものにしようと企んだ。とは言え──血縁となるイリューアの命を奪うことは出来なかったのだろう。ガルヴィウルスは術を完成させたのち、私の元へ戻りその事実を報告した。報告し──自らの命を経った。私の眼前で」

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