第44話
ドラゴン用の通路を通って地下に進む。ときおり守護部隊や追手を払い除けながら広い地下を歩き回ったけど、クルの姿は見えない。
「どこか別の場所へでも移ったのでしょうか」
ロシュアの言葉にイリューアがため息をつく。
「なんとも言えん。クルナルディクをどうしようという魂胆なのか」
完全に手詰まりだ。
「クルナルディクがこの宮殿のどこかにいる可能性がある以上、ここを破壊するわけにもいかないしなあ」
続いたイリューアの言葉は物騒だった。まるで破壊できるような口ぶりだ。
「や、できるよ? しないだけで」
できるの?
「できるでしょうなあ」
ロシュアも頷いている。イリューアの持つ力の底が知れなくて怖くなってきた。
「状況を打開できるような策はないものか」
ロシュアが深く考え込んだ。考えても答えは見つかりそうにない。どうしてあのとき、クルと離れてしまったんだろう。後悔していた。
「あーくそ! 戻ってきたのにできることがないのかよ!!」
突然イリューアが叫んだかと思うと、ぐるりと身体を巡らせてその場を離れる。あっちの壁やら天井やら、床やらに尻尾を叩きつけながら叫ぶ。
「こそこそしてないで姿を見せろ! クルナルディクは──はじまりのドラゴンはどこにいる!!」
イリューアはいろんな場所を傷つけながら、どんどん奥へと進んでいく。イリューア自身を傷つけているみたいなその姿が痛々しい。ロシュアが後に続く。
「クルナルディク、どこだ! ふざけんな!!」
イリューアの姿が少し遠くなる。イリューアのイライラが空気を震わせているようだ。ロシュアは速度を上げてイリューアを追う。
「──ふざけんなよマジで。もう解った、宮殿ごとぶっ潰す!!」
イリューアが叫んで、ぐるんと身体を回した。声には気迫が籠っていた。本気だ。これ絶対やる気だ。
「遅れるなロシュア!」
ロシュアは素直にイリューアの言葉に従う。
「ここを壊してもなんの解決にもならないじゃん。いいの?」
「それがイリューア様のご意志なら」
そういうもんか。解らない。
「とにかく急ごう。あれは本気だ。巻き添えを喰ってはたまらん」
それは確かにロシュアの言う通り。イリューアとの距離はすっかり離れてしまって見えなくなってしまった。左手からイリューアが吼えてる気配が伝わってくるから、きっとまた武装集団を蹴散らしてるんだろう。戻る間にも伸びていたりどこかぼんやりして座り込んでいるニンゲンの姿が見えて、それなのにまたイリューアを迎え撃ってくるなんて。これだけの数のニンゲン──そういうことか。
「………………」
自分の考えのはずなのに、自分じゃない誰かが考えているような感じがする。もやもやする。あ、そうかこれ。
「イリューアだ……」
「どうしたレイ?」
「ううん。よくこれだけの数のニンゲンがいるものだ、って、イリューアが考えてるみたいだから」
「──ウユラの話を覚えているか」
どの話だろう。
「この世界では、ニンゲンは自然には生まれてこない。ここにいるニンゲンはまず間違いなく、そのためだけに生まれてきたのだろう」
心が痛んだ。そこにイリューアの思いも重なっている。そんな理由で生まれることになんの意味がある。そして、そんな理由で生まれたニンゲンをたくさん巻き込んで──ここを壊す?
「──イリューア、早まるな」
声が出ていた。イリューアからの反応はない。
「もう少し考えてみよう。他にできることがあるかもしれない」
──あるのかよそんなの。これだけやってもオレたちに応じないってことは、もうそういう意思はないってことだろ──
「それでもさ! 壊したら何もかも失くなっちゃう。失くなったものは──二度とは戻らないんだよ!」
イリューアが息を呑む。あたしの脳裏に浮かんでいたのは、もうこの世界中──宇宙中を探しても何処にもない、あたしが生まれて育ったあの集落のことだった。
「イリューア!!」
──────早くこっちに来い。待ってる──
ロシュアが走る。上階に続くスロープを駆け上がったその先で、イリューアは言葉通りに待ってた。あたしに頷いて見せた。
「さっきの通信室に戻る」
「はっ」
通信室へ入る。イリューアについてモニターに歩み寄る。通信状態はまだオンラインだった。
「えっと──レイ、こっちをオンにしてみて」
「うん」
ボタンの脇にある板みたいなものの上で指を滑らせる。モニターでポインタが動いて、イリューアが指示した箇所をオンに切り替えた。
「聞こえているか?」
イリューアの声に少し遅れて、廊下からも同じ声が聞こえる。
「そちらがこちらの要求に応じる様子がないのはよく解った。だからこれだけ聞かせてほしい。クルナルディクは──無事か」
返事はない。イリューアは続けた。
「そちらがクルナルディクを重要視しているのは解っている。あいつはチビの癖に頑固だから──説得に骨が折れるだろう? クルナルディクの要求はそうだな──ウユラとの無事の再会、レイの保護──そういったところか?」
ちょっと待てイリューア。
「──ならばこちらは、レイ──シェアルタ=リオレイティスを奪う。レイの保護が必要ならば──こちらの要求に応じよ」
何て勝手なことを。だけどイリューアに考え直せと言ったのはあたしだし、あたしの命が駆け引きの材料になることで状況が変わるなら、それでもいい。まさか本当に命を奪うようなことは──ないよね、イリューア。
がが、っ、と引っ掛かるような音がして。
『出来もしないことを、よくもまあ交渉の材料にしたものだ』
呆れたような声が聞こえた。円形の床のあの部屋で、幕の脇に立っていた女性の声に似ている気がするけど、断言はできなかった。
「出来もしない? どうしてそれがおまえに解る」
ふふん、とイリューアが鼻で笑う。
「オレは何も、レイを殺すとは言ってない」
イリューアがあたしの腰を掴んだ。そのままあたしを引き寄せる。イリューアの顔がすぐそこにある。
「レイをひと飲みにする。オレにとっては願ったり叶ったりだ」
べろり、と生暖かい分厚い舌があたしの頬を撫でる。映像が繋がってる訳じゃないのにやりすぎでは? ただの脅しだって解ってる、けど、それでも脇に変な汗をかく。
「オレはずうっと──コイツがほしくてほしくて仕方なかったんだよなあ。オレはドラゴンでコイツはニンゲンで、だからオレたちには結ばれる道はないわけだが──呑めばコイツはオレの血肉となり、ともに在れる──────永久に。ロマンティックだろ?」
いやもううっとりとした口調が怖い。ロマンティックとか気持ち悪い。これって演技だよね。どうか演技であって。もう一度、今度はもっとゆっくりと、その舌があたしの頬を舐める。
「──いいのか?」
温かい吐息が頭を包む。耳の上辺りの硬い感触はイリューアの牙に違いない。首の辺りがぬめぬめしてる。舌が当たってるんだ。心臓がばくばくしてる。
──そんなに怯えるなよ。本気で呑む訳なんてないだろ?──
はぁ──という吐息とともに伝わってきた気配にびくっとした。
──でも、──なんだろな……ちょっといい気分になってきた。マジでこのまま呑んでもいいかも──
いやだ待って!!
──苦しまないようにしてやるよ? いいじゃん、オレの血肉になれば──
どきどきが早まる。背筋が寒い。左手だけが違う意味でぷるぷる震えてる。喜ぶなそこの魂の結晶っ!!
『……要求は何ですか』
その返事に心からほっとしていた。助かった、ありがとう。
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