第43話
「抵抗するな!!」
誰かの声。あたしたちの侵入に気がついて加勢に来たのだろう。イリューアがふん、と鼻を鳴らした。
「おまえらごときが」
イリューアは言いながらも息を吐く。また空気が震えた。それからイリューアは何事もなかったように部屋の中ほどに戻った。廊下には五人くらい、武装したニンゲンが倒れていた。
「……大丈夫なの、あのひとたち?」
「まあ大丈夫だろ、大丈夫じゃなくてもいいし」
その間ロシュアは、ロシュア自身がこの部屋へ連れて来られたときの壁の周囲を調べていた。
「やはりキーがないと開かないようだ」
「オレらだけじゃ、この部屋から内部に侵入するのは難しいか」
イリューアは部屋の中、あちこち調べながら言う。
「正面突破。ここで暴れる。どっちがいいロシュア?」
「いくらこの場で暴れたところで、向こうは痛くも痒くもないでしょうな」
「だよな。んじゃ正面突破ってことで。レイのことはロシュアに任せた」
「畏まりました」
「それじゃあ行くかね」
緊張感が微塵も感じられない口調で言ったかと思うと、イリューアはもう壁の穴から外に躍り出ていた。
「クルナルディクと合流するまで辛抱せよ」
ロシュアの両腕に抱え込まれた。ロシュアはイリューアの後を追う。大きく旋回して向かった先に見えたのは美しい装飾の施された門のようなもので、その美しさには似つかわしくない武装集団が待ち構えていた。
「死にたくなけりゃ退きやがれ!!」
イリューアの咆哮が空気を震わせる。イリューアのかなり後方にいてさえそう感じるのだから、まともに対面していたらどれほどの衝撃だろう。武装集団は為す術もなく蹴散らされる。門の上からイリューア目がけて何かが飛ぶ。
「砲弾に狙われていますぞ!」
ロシュアが叫ぶ。
「解ってる!!」
叫び返したイリューアはぐにゃりと身体をくねらせてびゅんと尻尾を振って砲弾を跳ね返す。そのうちのひとつがこっちに飛んでくる。全身が左に大きく傾いて、ひっ、と悲鳴を上げたときにはもう、ロシュアは砲弾を避けた後だった。
「片付くまで離れてろぉっ!」
イリューアはその身体の大きさに似合わない速さで動き回っていた。門の上の上の砲台を尻尾で叩き潰し、武器を手にしたニンゲンを容赦なく吹き飛ばす。イリューアの金色の目は皓々と煌めいて、そこから絶えず、得体の知れない強い力が撒き散らされているようだった。左手は熱く燃えるようなのに、どうしてかあたしの身体はずっと震えていた。不意に視界がロシュアの指に阻まれた。
「──恐ろしかろう」
ロシュアの声にはっとした。
「正直儂も恐ろしい。イリューア様は闘神なのでな」
とうじん。──意味が解らない。どん、どど、どぅっ──砲撃の音はまだ止まず、それにときおり空を裂くようなイリューアの咆哮が混じる。
「戦闘に身を投じているときこそが、イリューア様の本領。敵を殲滅するまで止まらぬ」
「殲滅って……殺すの?」
「殺しはせぬ。二度と闘えなくはなるだろうが」
それはどういう?
「イリューア様の咆哮が聴こえるだろう。あれは衝撃波と呼ばれるものだ。イリューア様はそこに精神に作用する音を乗せることができる。まともに喰らえば戦闘行為そのものに恐れを抱くようになる」
「闘わなければ大丈夫ってこと?」
「そうだな。日常生活に支障は来さぬと聞く」
少し身体の震えが収まった。
「イリューア様はおやさしい。おやさしいからこそ──容赦がない。半端に手を抜けば戦闘が長引き傷つく者もあろう。最短で迷わず全隊の動きを止めるため、容赦がないのだ」
ロシュアはそれきり黙りこくった。いつしか砲撃は止んだようだ。
「ロシュア! 大事ないか?」
「はっ!」
イリューアの問いに短く返し、ロシュアが動き出したのを感じた。
「御身体に異変はありませぬか?」
「問題ない。先へ進もう」
ロシュアがまだあたしの視界を遮ったままだから、周りの様子が一切解らない。たぶんあたしに、闘いの跡を見せないためだ。それがロシュアなりの気遣いだって解るから、あたしは何も言わずにおいた。
ロシュアが飛ぶのを止めて歩いているのは解った。門をくぐった内部は、それほど天井が高くないのかもと考える。どれくらい進んだんだろう。
「守護部隊はいないのでしょうか?」
「さあな? あちこち灼けたような跡があるってことは──クルナルディクも相当暴れたんだろ」
クル。無事なんだろうか。どこをどんなふうに進んでいるのか、うろうろ彷徨っているような。
「ロシュア、ここで待機」
イリューアの声がして、ロシュアの動きが止まったのを感じた。ロシュアはじっと動く様子がなく、あたしも口を開く気になれず、ただじいっと待つ。
「はじまりのドラゴンが末子イリューアが戻った。誰かおらぬか。はじまりのドラゴンへ取り次げ!」
イリューアが叫ぶ。
「誰か!!」
しいんと静まり返っているのが不気味にも思える。微かに音が聞こえた気がした。直後、しゅぱん、と何かが弾かれるような音がした。
「あーもーめんどい」
イリューアが心底面倒そうに言って、咆哮を上げた。
「ニンゲンがオレに敵うはずないだろっ!? ムダな……ことは──、っ、止めて、おけぇぇええぇえぇぇっ!!」
イリューアの叫びが響き渡る。そのまますうっと静かになった。
「イリューア様、ここに灼け跡が」
ロシュアがクルが炎で灼いた痕跡を見つけたみたい。
「……地下?」
「かもしれませぬ。我らが通れる通路はあちらにあるはず」
そっか、クルのサイズならまだどうにかニンゲン用の通路でも通れる。イリューアも細長いからなんとか通れるかもだけど、ロシュアにはきっと無理だ。
「行ってみよう」
イリューアが応じて移動を続ける。
「ちょい待ち。ここ──通信機能があるんじゃないか?」
イリューアがそう言った直後に、がしん、と強く叩きつけるような音。
「よっしゃ。悪い、ちょっと寄り道させてくれ」
ぐらっとやや大きく揺れたかと思うと、爪先に床が触れていた。急に視界が開けた。眩しい。咄嗟に手で目を庇った。
「出番だ」
声に振り向くとロシュアはあたしに頷いて見せた。モニターの前でぷかぷかしているイリューアに駆け寄る。
「手伝う」
「ありがとう」
イリューアの指示通りにボタンを押してモニターを見た。文字が表示されているのは解るけど、内容をきちんと理解しようと思ったらすごく時間かかかる。そんなことをしている余裕はないので尋ねる。
「スタアシップを経由して子機に呼びかけてみる」
そんなことができるのか。さらに指示通りににボタンを押す。通信がオンラインになったようだ。
「イーシン。ウユラ。聞こえるか?」
無音が続く。通信の状態はオンラインとオフラインを繰り返しているみたいで、こちらの音声も届いていない可能性が高そうだ。イリューアがため息をつく。
「やっぱ難しいか──。聞こえてないかもだけど状況だけ伝えておく! こっちは宮殿に入った。クルの奪還に向かっている。おまえたちの無事の到着を祈る!」
「そんなものは効かぬ!」
唐突にロシュアの叫びがして振り返ると、ロシュアが腕を振って棒状のものを払い除ける様子が見えた。ロシュアはそのまま部屋の外へ出る。身体を回して尻尾がしなる。ニンゲンが薙ぎ払われる瞬間が見えて反射的に目を瞑った。
「イリューア様、先を急ぎましょう」
ロシュアにイリューアが応える。
「これはこのままでいいの?」
通信はオンライン状態のまま。
「わざわざ切っていく必要もないだろう。通信の相手が子機であることなんてとっくにバレてるし、それでイーシンが捕捉されるなら、こっちに戻る時間の短縮にもなる。もし捕捉されたら、一切抵抗はせず、すぐに投降するよう言ってある」
ウユラたちの状況が掴めないのは不安だけど、身の安全を第一に行動することに決まってるなら、無事を祈ることしかできることはなかった。
「行こう、レイ」
イリューアが部屋を出ていく。足を出しかけて、振り向くとあたしは叫んでいた。
「ウユラ! 待ってる!」
この先がウユラにつながっていてそして聞こえていることを信じて。すぐにロシュアに駆け寄った。ロシュアはさっきまでと同じように、あたしを守るように抱き抱えてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます