第41話

 見える範囲には機械のようなものはなくて、微かに何かが振動するような音が聞こえる。ロシュアの言葉通りひとの気配は感じられず、少し寒気がした。左手にはエレベータがある。

「下に降りてみる」

 ロシュアにそう宣言して、エレベータで下の階に移動した。目についたドアに近寄る。取っ手がなくて開け方が解らない。ドア横に、黒く光る窓みたいなもの。たぶんここにキーになるものをかざすことでドアが開くのだろう。さて困った。ロシュアならさっきあたしが入ってきた箇所を壊したみたいに、力付くでどうにかできるだろうか。ぐるりと見回してみたけど、どんなにロシュアが身を縮こまらせたところで、腕を振り回すのだって満足にできないだろう。あたしはエレベータでさらに下に降りた。そこはだたの空間だった。おそらくあれが入り口だ。そろそろと近付くと勝手に開いた。センサーがついていたみたい。顔だけ出して辺りの様子を伺う。やっぱりひとの気配は感じない。

「ロシュア! ロシュア、聞こえる?」

 声を張る。ほどなくロシュアがやってきた。入り口もニンゲンサイズだから、やっぱりロシュアが入れそうにはなかった。

「通信機器は見つかったか?」

「それっぽい部屋はあったけど、キーがないからドアが開かない。どうしようか?」

 あたしがそう言う間にもロシュアは、腕を入り口に叩き付けていた。

「窓のようなものならどうにかなったが、これを壊すのは容易くはないな」

「じゃあ──他に当たってみる?」

「望みは薄いが──そうしよう」

 あたしたちはそこを出て、別の中継基地を見つけて侵入を試みた。ほぼ同じ結果だった。

「スタアシップに戻ってみるか──」

 ロシュアが呟く。あたしは頷いた。ロシュアがあたしの身体に手を伸ばした、その時だった。

 ぴーぴぴー、ぴーぴぴー、ぴーぴぴー

 警報──だろうか。人工音にびくっとして反射的に振り返っていた。続けて聞こえて来たのは。

『中央全土に通信。反逆者ロシュアとその同行者・シェアルタ=リオレイティスが逃亡。発見したものは速やかに中央に申告せよ。その逃亡を助けたものは、同罪として処罰の対象とする。繰り返す。中央全土に通信、反逆者ロシュアと──』

 建物から出た。外でも同じアナウンスが聞こえていた。同じ内容を三度繰り返したあとで、ぴーぴぴー、と人工音が鳴ってアナウンスが終わった。見渡せる限りには、この通信基地の他の建物は見えないから解らないけど。

「ねえロシュア。この『中央』って、ほんとうに他にもドラゴンやニンゲンが、いるの?」

「ニンゲンの多くは南エリアにいるはずだ。ドラゴンは──どうだろうな。人語を解するドラゴンはほぼ、儂とイーシンのように変異の修正の旅を続けているはずだから」

 ロシュアの説明によれば、はじまりのドラゴンがいるあの建物──宮殿、と呼ばれている──には、はじまりのドラゴンに遣えるニンゲンがいて、さらにそのニンゲンに遣えるニンゲンがいるそうだ。その他には、こういう通信拠点やその他設備の保守管理に当たるニンゲンもいる。そういうひとたちの生活の拠点は南エリアにまとめられている。南エリアはニンゲンたちの生活の基盤となっているので、様々な施設──商業施設と呼ばれるものもいくつかあるらしい。商業施設、というのがどういうものなのか全くイメージできないけど。

「今儂らが行動しているのは北エリア。もしかすると設備の保守管理などを担っているニンゲンには、早々に退避指示が出たのかもしれぬ」

 退避指示。繰り返すと、うむ、とロシュアは頷いた。

「はじまりのドラゴンは、ニンゲンたちが傷つくのを嫌う。儂らが宮殿から逃げおおせたことで、北エリアで保守管理をおこなっているニンゲンには、いち早く退避指示を出した可能性はあるだろう。緊急の退避指示ならば、警報が機能していなかったことにも頷けないこともない」

「──ってことは、今のは南側にいるニンゲンに向けて、ってこと?」

「おそらくな。儂らが南エリアに入ることを牽制する目的もあるのかもしれぬ。レイならば人混みに紛れることも可能だろうが、儂はドラゴン、身の誤魔化しようもないからな」

 ロシュアは話を終えるとあたしを掴んだ。上空へ飛ぶ。

「北エリアのニンゲンの退避が完了すれば、本格的に戦闘部隊を投入してくる可能性もある。反逆者と認められてしまった以上、儂への攻撃は容赦のないものとなろう」

 ロシュアは上空でしばらく、眼下を見下ろしていた。見える範囲に異様な動きは見られず、ただただ静かだった。

「スタアシップに戻るのは得策ではないかもしれぬな」

 ロシュアが呟く。直後、ロシュアが身体のバランスを崩した。

 ビー!

 何、と思う間もなく、どぅん、と爆ぜるような音、直後ロシュアが低い呻き声を上げた。

「ロシュア?!」

「熱源追尾型の小型ミサイルだろう」

 ロシュアが飛ぶ。ひゅう、と風を切る音。ロシュアは腕を縮めてあたしを胸に抱え込むようにした。

「せめて吹雪が吹ければ蹴散らせるが──くっ、少し速度を上げる。目を瞑っておれ!!」

 ロシュアが叫ぶ。ロシュアがあたしをかばってくれているから痛くも痒くもないけど、たまに耳を打つどぅん、という音──ロシュアの呻きに心が痛んだ。かなり近くで、どっ、と聞こえたと思うと、身体が傾いた感じがした。

「ロシュアぁっ、だいじょ──」

「羽の付け根にミサイルが当たった。問題はない!」

 ロシュアが叫ぶ。

「イリューア様には申し訳ないが──宮殿に戻ろう。儂はともかくレイの身の安全を確保するには投降するしかなかろう」

 ぎゅん、とさらに速度が上がったように感じた。ロシュアがしっかり抱えてくれているはずなのに、身体ごと上下左右に大きく揺れて、どこかに落ちてしまうのではないか。怖い。ロシュアの指を強く掴んでいた。

「動くな。バランスがとれなくなる」

 ロシュアはミサイルを避けながら飛んでいるらしい。ぐらんぐらんと世界が揺れ続け、頭がくらくらする。どっ、と衝撃を感じた。

「──ぐぅ──っ、──────!!」

 いっそう苦しげなロシュアの声が聞こえる。天地が逆さになって元に戻って、ふわっと浮き上がるような感覚にあたしは目を開けていた。

 あたしは宙に放り出されていた。ロシュアは目の下──ずっと遠くに見えた。どれくらいの高さなのかはもう全然解らない。ただひとつ確かなことは。

 落ちたらあたしは助からない。

「レイっ!!」

 ロシュアが叫んで必死にあたしを追ってくれているのが見えた。手を伸ばしたところで到底届く距離ではなかった。ここまでか。怖くてとても目を開けていられなくて、あたしはぎゅっと強く目を瞑った。地面に叩きつけられる衝撃を思い身を固くする。覚悟を決める。あたし死んだ。ごめん──────ウユラ。

 直後、ほわん、と身体が浮かんだような感覚があった。ああ、死ぬって案外痛くないんだ──

「勝手に死ぬなバカ」

 それは、脳裏に響いた声かと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る