第40話
「うーん。どうなのかな」
クルは首を僅かに傾けた。
「あの部屋には呼ばれたし、あの声とも喋ったよ。でも、それははじまりのドラゴンと面会した、という証明にはならないだろうね」
「やはりそうか。あの問い。はじまりのドラゴン自らが発したものとは思えなかった。それにレイの左手にも気がついたふうではなかった」
そこで不意に、あのとき溶けてきたイリューアの意識が思い浮かんだ。イリューアが妙だと言ったのは──
「イリューアの魂の結晶に、気づかなかったから……?」
顔を上げるとロシュアが頷いて見せた。
「ってことは、ほんものはどこに?」
ロシュアは今度は首を左右にし、クルもまたぷるぷると首を振って見せた。
「一旦この場を離脱しろ──がイリューア様の指示。もしかしてその先は──考えなし、だったりして」
──考えなしとはひどい言いようだな──
イリューアの意識が割り込んできた。
ちゃんと後々のことを考えての指示だった、ってこと?
あたしの問いに、イリューアはすぐには応えなかった。
ちょっと? イリューア??
──悪ぃ。本音を言うと、そう簡単に離脱できるとは思ってなくてな──
あたしは深いため息をついていたらしい。心配そうな目でロシュアがあたしを見ていた。
──左手をクルナルディクに──
言われるがまま、あたしは左手でクルのおでこに触れた。
「やっぱ考えなしだったんじゃん」
──まあそう言うなって。おかげで時間はできた。オレが行くまで、どうにか逃げ回れ。クルナルディクたちの命が最優先だ。それから──
「何? まだあるの?」
ちょっとげんなりした調子でクルが応じる。
──もしできれば、近場の通信塔を占拠──
「……それ難易度高くない?」
目的はなに? 割って入る。
──イーシンと連絡が取れればと思って。あの子機の移動速度じゃまだ通信圏内には入れてない可能性の方が高いけど……ウユラの無事も確かめたいだろ?──
心臓が一際大きく鳴った。
──他にも試したいことがあってね──
イリューアの言葉をクルが一言一句違わずにロシュアに伝える。ロシュアが低く唸った。
「それは……無茶が過ぎませぬか?」
──モノは試しだよ。じゃあ、そういうことだから──
イリューアの意識が途切れて、あたしはクルのおでこから手を離した。
「……さて、どうする? 今のところ追手の姿は見えないし、近場の通信塔を目指す?」
クルが言ってロシュアを見上げた。返事はない。
「ロシュア?」
クルが不安げに呼ぶとようやく、ロシュアが視線を落とした。
「ふたりはここで待っておれ。上空から通信塔を探す」
そう応じた一瞬後にはもう、ロシュアは上空に飛んでいた。両手が繋がれたままなので少し飛び難そう。よくあの状態でこんなところまで逃げて来られたものだ。
「ロシュア……、なんか変だね?」
上空を旋回しているロシュアを見上げてクルが漏らす。
「……そう、かな?」
しゃがんでその首に抱きついた。クルの不安を感じてあげられない鈍感な自分を内心で呪う。きっとウユラならもっとクルの気持ちを察してあげられるだろうに。
「……違う。そうじゃない。変なのは僕かも。うー」
そんなことない、クルはちゃんとしてる。あたしの言葉にクルは目を閉じて考え込んだ。クルの身体がびくっとした気がして腕を解く。クルは上空を見上げたままで忙しなく瞬きを繰り返している。クルの視線の先を追う。ロシュアは変わらず上空を飛んでいて、少し首を巡らせたかと思うとそのまま地上に降り立った。
「場所を変えよう。この付近には、ある程度の機能を有している大型の通信塔は無いようだ」
ロシュアの言葉に。
「別行動にしよう。レイはロシュアと行った方がいい。万が一のとき、僕じゃ空に逃げることができないから」
「何言ってるの? 一緒に行こうよ」
クルは首を振る。
「僕は──────戻る」
戻る? せっかく離脱したのに? 確かめると今度はクルは強く頷いた。
「僕にしかできないことがあった。イリューア様の指示はロシュアに任せたからね」
クルの力強い宣言に、ロシュアは返事を躊躇っていた。
「クルナルディク──本当にそれで、よいのだな?」
クルがしっかりと頷いた。それでロシュアの気持ちも決まったようだった。クルはロシュアに中央のあの建物の方角を確かめると、何かを吹っ切ったような調子で言った。
「大丈夫、僕は絶対に死なないから。ロシュアもレイも、気をつけて。どうにもならないと思ったらすぐ逃げてよね?」
「解っておる。大丈夫だ。気をつけて往くのだぞ、クルナルディク」
うん、と頷いたクルはそのまま、ロシュアの示した方角へ駆け出した。
「では──────我らも参ろう」
うん。クル──無事で会おう。ロシュアの手があたしを掴んで、そのままロシュアは空へ飛んだ。
*
しばらく飛んでいると、前方に大きな柱みたいなものが見えてきた。
「ロシュア! あれは何?」
「電波塔と呼ばれるものだ。通信するための電波を発するもので、通信塔とは違う。この辺りに中継基地があるはずだ。そこなら広範囲への通信が可能な機能があるはずだが」
だが?
「そういった施設はニンゲン用に作られているのでな。レイにも扱える型の機器であることを祈ろう」
そういうこと。急に不安になる。
「もし扱えない型なら、扱える型の機器が設置されている通信塔を探すだけだ」
ロシュアの言葉に頷いて、あたしでも扱えるものであることを祈る。さらに少し飛ぶと天辺に羽みたいなものを広げた背の高い建物が見えてきた。
「あれが中継基地だ。離れたところから様子を伺うとしよう」
基地からかなり離れたところに降り立った。離れすぎてるし普段の様子も知らないから、それが普段通りなのか警戒体制なのか判断もできない。
「儂が基地に近付く。警戒体制を敷いていればすぐにでも何らかの反応があろう」
あたしはどうしたら? ロシュアは脚で器用にその場に穴を穿った。
「ここに潜んでおれ」
素直に穴に飛び込んでうつ伏せになる。背中でぱたぱたと軽い音がして、首を捻ってみるとロシュアがあたしに土をかけていた。埃っぽくてむせた。
「少しは擬態になろう」
どことなく楽しげにロシュアは言って、そのまま上空へと向かったようだった。穴の底でうつ伏せになっていてはロシュアの様子をうかがうこともできないので、あたしはただじいっと、何かしらの動きがあるのを待った。あまりにも静かな時間が続いて不安になりかけたところで、ばさり、とロシュアの羽ばたきを聞いた気がした。ちょっと頭を動かしてみる。何も見える訳がなかった。そのまま身体を起こそうとして止めた。ロシュアだったらちゃんと声をかけてくるはずだ。ばさり──ばさばさと羽ばたきが続く。
「──レイ」
ロシュアが低い声であたしを呼んだ。あたしは身体を起こして穴から頭だけ出した。
「一緒に来てくれ。やはり儂の身体では、基地の内部まで入れない」
穴からよじ登ったあたしを、ロシュアが両手で抱えて飛んだ。ロシュアはあっという間に中継基地に近づく。建物の上の方──たぶん窓があったと思われる場所に穴が開いている。
「これ、ロシュアが?」
「いかにも。ニンゲンの気配が感じられなかったので力付くでな。警報が鳴るでもなかったので機能していないものではと思ったが、調べてみないことには解らぬからな」
答えつつロシュアが腕を伸ばして、その穴にあたしを近付ける。そこからあたしは基地の内部に降り立った。
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