第37話
「どうしてこんなところに入れられなくちゃならないのか、ちょっとは説明してくれてもよくない?」
クルの独り言は続く。
「だいたいさー、ロシュアとイーシンさえ現れなければ、僕はあのコロニーの管理を任されてたはずで。ある意味僕も被害者なんだよね。次のコロニーが見つかるまで、って話でサポーターのウユラを連れて同行してた訳だけど、それも全然みつからないしさー。それに。変異の修正って、本当の目的は何なのか、ドラゴンである僕には知らせてくれてもいいと思うんだよね。ロシュアだって知ってるんでしょ? 本当はこの世界で、ドラゴンたちは一体何を企んでる訳?」
当然のように返事はない。クルは先を続ける。
「ニンゲンなんて邪魔! くらいにしか思ってないんでしょドラゴンは。かつては完全にドラゴンの支配下にあったニンゲンたちを支配できなくなったのは──ほんとは何がどうなったせい? ねえ教えてよえらいドラゴン!!」
応えるものはなく、あとにはただ静寂が続く。クルの本意が解らなくてはらはらする。クルはロシュアから──もしくはイリューアから、なにか聞かされていて、そしてそれはウユラとあたしには秘密にされていたのかもしれない。そんなことを考えた。
だってクルたちはドラゴンで。
そしてウユラとあたしは、ニンゲンだから。
──つまんないこと考えてんじゃねーよ──
脳裏でひらりと軽やかに、イリューアの声がした。
アンタ今どこに!? 咄嗟に返すと、微かに笑う気配がして。
──どこかは解らん。そっちの状況は?──
ロシュアは面会に行ったっきり戻らなくて、クルとあたしはたぶん中央のどこかでに拘束中。
──無事か?──
今のところはね。クルが騒いでる。ほんとは何を企んでるのか、って。
『──クルナルディク、と言ったか』
誰かの声が反応した。
「そうだよ! ロシュアに聞いたよ、もう僕みたいに人語を解するドラゴンもうんと減ってしまったって。たぶん僕は、あなたたちの役に立てると思う。だから僕を解放してよ!」
──ほう。そうきたか──
イリューアがにやりと笑ったような気がした。とはいってもあたしの脳裏に浮かんだのは、ウユラの中にいるイリューアの表情だから──今のイリューアが実際にどんな表情をしているのかは解らない。ドラゴンだし。クルの言葉に対しての返事はない。思わず両手を握り合わせていた。
──レイ。いいかよく聞け。どんなふうに拘束されてるのかは知らんけど、オマエはオレがそっちに着くまで、絶対に危険なマネはするな。いいな?──
危険なマネって。なにをどうしたら安全で危険かも解んないのに。相変わらずイリューアは無茶なことを言う。
──オマエのそういうとこ、ほんと好きだわ。──いいか、オレのことは間違っても口にするな。バレるまで時間の問題なのは解ってるけど、絶対だぞ?!──
もう解ったよ! 解ったから──────早く来いよ!!
──無茶言うな。急いでるわバーカ──
バカは余計だ。無茶でも何でも、どうにかしろ。ロシュアの言葉を借りるなら──アンタが唯一の希望なんだから。
『──ロシュアからなにを聞いた?』
誰かの声がまた聞こえた。はっとしてそちらに意識を向ける。
「特になにも。なにも聞かされてないのが答えだと思ってるから。どうなの? 僕を解放するの? 解放しないなら、僕の炎でこの牢獄を灼いちゃうよ?」
よく解んないけど──、頑張れ、クル!
「あともうひとつ。僕と一緒に、あの子──シェアルタ=リオレイティスも解放してよね。あの子は僕にとっても、僕のサポーターであるウユラにとっても、だいじなひと、なんだ」
急に自分の名前を出されて心臓が跳ねる。でも今さら口出しもできないし、だからあたしは──ただ両手を握り合わせて祈っていた。
『──今しばらく時間を』
「いい返事をもらえると信じてるよ」
声にクルが応じた。それから。
「聞いてたでしょ、レイ?」
これって返事をしても大丈夫なんだろうか。でもクルが返事を待ってる。
「聞いてたよ! 聞いてたけど──」
「勝手してごめん! でも、僕がレイを助けようと思ったら、これしか思い付かなくて。あとは返事を待とう」
うん、と返す。もっと何か気の利いたことが言えればいいのに、なんにも思い付かない。心臓が痛くて苦しい。もしクルの要求が通ったら、たぶん、イリューアのこともバレる。隠し通せる自信はない。ニンゲンが相手ならまだしも、きっとロシュアと同じか、もっと偉いドラゴンが出てくるだろうから。そうなったら、あたしは──。密かに決意を固めた。
それから程なくして、あたしをここへ連れてきたひとの言葉通り、食事が提供された。食事、と言っても、長期保存が可能なエナジーパックってやつとビタミンとかミネラルで調整されたお水という、なんとも味気ないものだ。それでも食べておかないと、いざというときに動けないのは困る。お水でエナジーパックを流し込む。こんなところで用を足すのも嫌だけど、どうしようもないから仕切りの影に隠れるようにして用を足す。できるだけ身体を休めておくべきだろうと考えて、固いベッドに横になる。あの頃──集落では寝台が固いのなんて当たり前で、だからその固いベッドに横になっていると、全部が全部夢なんじゃないか、って気持ちになってきた。
本当にこれが、全部夢だったとしたら。次に目覚めたらあたしはあの小さな家の固い寝台に横になってて。父さんと母さんと一緒に朝ごはんを食べて──それから。
「おはよう!」
ウユラの笑顔が脳裏に広がる。そうだあの頃は、毎朝のようにウユラが家に迎えに来てくれたっけ。勉強が嫌いなあたしが嫌々ながらも学校に行ったのはウユラのお陰だった。なんてことない毎日だったけど、今思えば幸せな毎日だった。もし戻れるなら──いや待って。全部が夢だったら──あれも夢ってことになっちゃうんだ。それはダメだ、惜しい。つらつらとそこまで考えて、あたしはあたしにあきれていた。なんて勝手なんだろうあたしって。勝手と言えばみんな勝手だ。こんなことに巻き込んで。でも巻き込まれていなかったら「今」はなかった。確実に。そしてこの「今」に繋がってよかったと思えるのは──きっどまだまだ、先の話で。
いつか「これでよかった」って思えるように、今を乗り切らないと。何ができるのかは解らないままに、それでもあたしはそんな決意を胸に抱いた。
固いベッドでも、こんな状況でも、あたしは少し、眠ったようだ。横になったままでモニターを見上げてみる。特に変化はない。身体を起こすと首とか腰とかが微妙に痛い。スリープポッドのふかふかに慣れてしまったせいだろう。肩やら首やらを回してから大きく伸びをした。そこではたと気がついた。揺れている世界にあたしはどうやら、すっかり順応したらしい。味気ないものではあったけど、食事をしたのもよかったのかもしれない。左手に意識を集中してみたけれど、これといった変化もなくて、あたしはそのままぼふん、とベッドに腰を下ろした。
クル、どうしてるだろう。ちゃんと食べたかな。
「クル?」
声を張り上げてみた。返事はない。寝てるのかな。──クルが? そこで小さな不安が生まれた。
「──クル?」
やっぱり返事がない。どうして?
「クル! ねえクルってば!! いないの?」
間抜けな問いかけだった。でもそうと気づかないくらい焦っていた。どうしよう。クル。何があったの?
「ねえ! 誰か! 聞こえてるんでしょ、クルをどうしたの?!」
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