第35話

 びーびーびーびーびーびーびー

 けたたましい音にハッとした。慌てて頭を動かしたせいか、目が回る。

「クルっ?!」

「ここにいる」

 声の方を見たら、クルはダイニングに据えられているモニターを見上げていた。立ち上がろうとしたらやっぱり目眩がしたから、四つん這いでクルに近づく。けたまましい音はまだ続いている。

「これ、緊急連絡の音とは違うよね?!」

「侵入者あり、の警報みたいなんだけど」

 侵入者? そう言えばロシュアは?

「まだ戻ってない。標準時間でもう八時間近く経つ。もしかしたらロシュアになにかあったのかも」

 クルの固い声から、その緊張が伝わってくる。

「侵入者──ってことは、ロックは強制的に解除されたってことかな」

 クルはモニターを睨むように見上げたままで続ける。

「解んない。侵入者追尾システムが動いてて、さっき操舵室を調べたみたい。そこから各部屋を確認しながら、どうやらダイニングに向かってるっぽい。さて──どうしよう?」

 聞かれてもあたしもどうしたらいいのやらさっぱりだ。

「あっちのドアから向こうの廊下を回れば、侵入者からは逃げられると思う、けど、僕たち、このポートの作りも知らないしコロニーがどんな風になってるかも知らないし、逃げたところですぐに捕まっちゃう可能性の方が高いと思うんだ」

 確かにクルの言う通りと思った。

「だから──ここは抵抗せず、僕たち何も知りません──で、通してみない? うまく行くか解んないけど」

「そ──だね、そうしよう」

 あたしは左手でクルの頭を撫でていた。

「えっと。何も聞こえない、けど?」

「うん。イリューア、移動に集中したいみたいで。だからこっちを気にかけてる余裕なんて全然ないだろうし、クルとやりとりもできないだろうけど。でもね、左手でクルを撫でておきたかったの」

「……そっか」

 クルはモニターを見上げていた顔を下げて、その場に身を低くした。あたしはクルの首に腕を回してクルに身体を預けて、ダイニングのドアをじっと見ていた。クルの話の通りなら、侵入者はあのドアから入ってくるはずだ。しばらく鳴り続けていたせいか、警報は少しおとなしくなった。時間にするとどれくらいだろう。音もなくドアが開いて、ニンゲンがふたり、ダイニングに踏み込んできた。ひとりは手に長い棒を持っていて、もうひとりはおそらくタブレットと思われる板状の物体を持っていた。ふたりともヘルメットを被った顔をこちらに向けていた。クルを抱き締める腕にぎゅうと力が入る。

「あなたはクルナルディク、ですね?」

 タブレットを持っている方に聞かれて、クルがはい、と返事をした。

「人語を解するドラゴン。報告通りです。そしてあなたが、シェアルタ=リオレイティス」

「はい」

 おとなしく返事をした。

「自然妊娠により生まれた──というのは本当ですか?」

「そう──聞いています。真実かどうかは知りません」

 余計なことを言ったかもしれない。相手はヘルメットをしたままなので、表情が見えず感情が読み取れない。

「イーシンとウユラの姿が見えませんが、ふたりはどこに?」

「──────解りません」

 たっぷりの間を置いて、クルが答えた。ヘルメットのふたりはお互いを見て頷きあった。

「ロシュアの報告では──、イーシンがウユラを拐い子機で遁走した、とのことですが?」

「知りません」

 クルが応える。長い棒を持った方がクルに近づいてくる。クルが身を固くした。

「知っていることは話した方が賢明だよ」

 そう言ったかと思うと、その長い棒の先で軽くクルを突いた。クルが小さく呻く。

「ドラゴンの力を封じるカラル石が先端に埋め込まれている。さあ、知っていることを話しなさい」

「僕はロシュアに、僕が管理するにふさわしいコロニーを見つけるまで、行動を共にするように言われただけです」

 クルの答えに満足しなかったらしい。そのひとは今度は少し長く、その棒をクルの背中に押し付けた。

「──っ、……!!」

 クルは歯を食い縛り、声が漏れるのを堪えている。目の前がぐらりと大きく揺れて、気がつくとあたしはその棒を手で払い除けていた。

「何を──」

「知らないものは知らないんです、クルを傷つけるようなことはあたしが許さない」

 どうしてそんなことを言ったのか。棒を手にしたひとはあたしの反撃を受けて少し怯んで、直後にそれをあたしに向かって振り上げた。世界がまた大きく揺れる。

「やめなさい。私たちの目的を忘れたか」

 もうひとりの鋭い声が飛んで、結局その棒が振り下ろされることはなかった。内心で大きく息をついて、クルの背中に左手を伸ばして、指先で触れようとして思い止まった。触れたら痛いかもしれない。

「おふたりには、我々と一緒に来ていただきますね」

 タブレットを持った方が言って、それにクルがこう応じた。

「レイは長旅が祟って体調を崩していて。僕はどこへでも行く。レイはここに残っても問題ないでしょう?」

 ヘルメットの表面が、無機質に光を反射した。

「聞こえませんでしたか? おふたりには、我々と一緒に来ていただきます、そういったはずですが? 万が一のために移動用カートを用意してあります。そこまでは私が手を貸しましょう。これ以上の危害は加えませんよ、こちらに従ってくださる限りは」

 これ以上反抗的な態度を取ってもいいことは無さそう。クルもそう思ったんだろう、あたしに小さく「行こう」と言って、あたしは「うん」と返事をして、クルの首に巻いていた腕をほどいた。言葉通り、タブレットを持った方があたしの腕を掴んで立ち上がらせてくれた。立ち上がった瞬間、酷い目眩がしてふらついたところで腰に腕を回された。背筋がぞわりとした。ウユラ以外のひととこんなにくっついたことないし。離してほしい、けど、そうしたらきっとその場でへたり込んでしまうことも解っていたので、いやいやながら支えてもらったままでスタアシップの中を移動した。

「ところでこの警報だが、私たちがここを出れば止まるのだろうか?」

 あたしが聞かれたんだろうか? 首を振る。

「──解りません。スタアシップのことは何も知らない」

「そうか」

 そのひとはそれだけ答えた。ゆっくりと時間をかけて廊下を進む。ホールに着いて、先にあたしとタブレットをもったひとからエレベータで降りた。ドアが開いてポートに降り立った。

 大きな金属製の建物の中に紛れ込んでしまったみたいだった。

 右も左も、金属製の壁だった。もちろん床も。世界が揺れていてはっきりとは見えなかったけど、天井はものすごく高いみたいだった。

「これに乗りなさい」

 気がつくと目の前に、スリープポッドをうんと大きくしたような物体があった。縁に手をかけてすがりつく。乗るって、どうやって? この柵みたいなのを乗り越えろと? そんなことを考えていると、すう、とすぐ脇の壁がずれた。乗り口のようだ。促されたのでそこから乗り込んだ。内側は残念ながらスリープポッドみたいにふかふかではなかった。ほっと息をついてその場に座り込む。程なくクルも乗り込んできて、あたしはすぐにクルに寄るとまたぎゅうとしがみついていた。

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